17
「あー、初回は失敗か。でも、丸っきり失敗でもないな。ま、食われなくてよかったということで……」
しゅるしゅると白蛇が近づいてきた。
勝手なことを言っている。
「完全な失敗だったら、あなた方をここに置き去りにして……」
「しっ! ごらん、マフラが、戦いを挑んでいる」
圭太は、叫んだ。
森を出たマフラは、真っすぐに、恋がたきの前へと歩いて行った。
二頭の雄のトリケラトプスは、むきあったまま、びくともしない。お互い、目に殺気をみなぎらせて、睨み合っている。
争いのもとである、雌のトリケラトプスは、とっくに避難していた。圭太があきれたことに、彼女は、別の場所で、仲間と一緒に葉っぱを食べていた。
「自分の為に、男の子が決闘しようとしてるのに、あれはないよね」
おねえちゃんが、あきれたようにつぶやいた。
「体の大きな植物食の恐竜にとって、食事は、大変なことなんです。なにしろ、たくさん食べなくてはいけませんから」
伸びあがってみていた白蛇が振りかえって説明する。
「それに、どっちが勝とうが彼女、近く子どもを産まなくてはいけませんからね、とにかく体力をつけておかなくてはいけないわけです」
ぶううと、おねえちゃんが鼻を鳴らした。
「なーんか、ロマンチックじゃないの!」
「ロマンなんて、安全でいつも腹がいっぱいにならなければ、出てこないもんですよ」
白蛇が諭すように言った。
「あっ、マフラの襟飾りが!」
また、圭太が叫んだ。
マフラは、相手の回りを回り込んで、圭太たちのいる森の方を向いて立っていた。マフラの頭から首を覆っている大きな襟飾りが、今、ゆっくり、ゆっくり赤く変色していったのだ。
「あ、相手のトリケラトプスも!」
相手の襟飾りも、次第に赤く染まっていく。相手の襟飾りは、マフラのそれよりも、幾分、小さいようだった。角は、マフラと同じくらい立派だったけれども。
今や、マフラの襟飾りは、緑色と赤の入り交じったような、それは恐ろしい色に変色していた。
幼稚園の頃、絵本で見た地獄の絵を、圭太は思い出した。地獄の釜の火が、ちょうどこんな色だった……。
恐ろしい色に染まった襟飾りを、マフラが、ゆっくりと縮め、また、開いた。ちょうど、巨大な扇子を少し縮めて開いたような感じだ。
相手も、同じことをした。でも、どこか、力がないように、圭太には感じられた。
マフラの回りの空気が、熱くなったような気がする。熱い空気が、相手に送られている。
頑張れ、マフラ。圭太は思った。
マフラがゆっくり、頭を下げた。
「まずい。頭突きする気だ」
白蛇がつぶやいた。
「まだ、くっつけたばかりですよ。いくら瞬間接着剤といったって……」
「値段の高いの、買ってきたんでしょうね。あんまり安いのは、すぐ取れちゃうのよ」
おねえちゃんも、気が気ではないようだ。
「いえ、スーパーの特売品を……」
白蛇の言葉の端が消えた。
二頭のトリケラトプスは、頭を低く下げた姿勢のまま、お互いじっと睨み合っている。あのまま、角で突き合うつもりか? 圭太ははらはらした。
ふと、相手のトリケラトプスの回りの空気が、青くなった気がした。
相手は、微妙に視線を、マフラの目からそらした。
しめた、圭太は思った。
マフラが一歩進む。相手が一歩下がる。
マフラが二歩進む。相手が二歩下がる。
とうとう、相手は、マフラに背を向け、群れの中心に向けて走り去って行った。
「やれやれ」
ほっとしてように、白蛇がつぶやいた。
「あんな風にケンカするんじゃ……。接着剤でつけただけじゃ、いっぺんで折れちゃうよ」
おねえちゃんが、ひとごとのように言う。
「そしたら、マフラはどうなるの?」
圭太も心配でならない。
「何かないの?」
「うーむ」
白蛇がうなる。
「うーむ」
「うなってばかりいないで、教えなさいよ!」
おねえちゃんがせまる。
白蛇がのびあがって、抗議した。
「だって、私はへびですよ? 人間の文明については、あなた方の方がくわしいでしょうが! 人間の世界には、便利なものがいろいろあるじゃないですか。考えなさい、あなたが!」
「だって……。そうだ、歯が折れたら歯医者さんに行く」
苦し紛れに、おねえちゃんが叫んだ。
「じゃ、『現代』へ行って、腕のいい歯医者でもさらってきますか?」
白蛇が物騒なことを口にした、その時……。
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