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 「あー、初回は失敗か。でも、丸っきり失敗でもないな。ま、食われなくてよかったということで……」


 しゅるしゅると白蛇が近づいてきた。

 勝手なことを言っている。


「完全な失敗だったら、あなた方をここに置き去りにして……」



「しっ! ごらん、マフラが、戦いを挑んでいる」

圭太は、叫んだ。



 森を出たマフラは、真っすぐに、恋がたきの前へと歩いて行った。


 二頭の雄のトリケラトプスは、むきあったまま、びくともしない。お互い、目に殺気をみなぎらせて、睨み合っている。


 争いのもとである、雌のトリケラトプスは、とっくに避難していた。圭太があきれたことに、彼女は、別の場所で、仲間と一緒に葉っぱを食べていた。



 「自分の為に、男の子が決闘しようとしてるのに、あれはないよね」

おねえちゃんが、あきれたようにつぶやいた。



 「体の大きな植物食の恐竜にとって、食事は、大変なことなんです。なにしろ、たくさん食べなくてはいけませんから」


 伸びあがってみていた白蛇が振りかえって説明する。


「それに、どっちが勝とうが彼女、近く子どもを産まなくてはいけませんからね、とにかく体力をつけておかなくてはいけないわけです」



 ぶううと、おねえちゃんが鼻を鳴らした。

「なーんか、ロマンチックじゃないの!」


「ロマンなんて、安全でいつも腹がいっぱいにならなければ、出てこないもんですよ」

白蛇が諭すように言った。



 「あっ、マフラの襟飾りが!」

また、圭太が叫んだ。



 マフラは、相手の回りを回り込んで、圭太たちのいる森の方を向いて立っていた。マフラの頭から首を覆っている大きな襟飾りが、今、ゆっくり、ゆっくり赤く変色していったのだ。



 「あ、相手のトリケラトプスも!」



 相手の襟飾りも、次第に赤く染まっていく。相手の襟飾りは、マフラのそれよりも、幾分、小さいようだった。角は、マフラと同じくらい立派だったけれども。


 今や、マフラの襟飾りは、緑色と赤の入り交じったような、それは恐ろしい色に変色していた。


 幼稚園の頃、絵本で見た地獄の絵を、圭太は思い出した。地獄の釜の火が、ちょうどこんな色だった……。



 恐ろしい色に染まった襟飾りを、マフラが、ゆっくりと縮め、また、開いた。ちょうど、巨大な扇子を少し縮めて開いたような感じだ。


 相手も、同じことをした。でも、どこか、力がないように、圭太には感じられた。


 マフラの回りの空気が、熱くなったような気がする。熱い空気が、相手に送られている。

 頑張れ、マフラ。圭太は思った。


 マフラがゆっくり、頭を下げた。



 「まずい。頭突きする気だ」

白蛇がつぶやいた。

「まだ、くっつけたばかりですよ。いくら瞬間接着剤といったって……」


「値段の高いの、買ってきたんでしょうね。あんまり安いのは、すぐ取れちゃうのよ」

おねえちゃんも、気が気ではないようだ。


「いえ、スーパーの特売品を……」

白蛇の言葉の端が消えた。



 二頭のトリケラトプスは、頭を低く下げた姿勢のまま、お互いじっと睨み合っている。あのまま、角で突き合うつもりか? 圭太ははらはらした。


 ふと、相手のトリケラトプスの回りの空気が、青くなった気がした。

 相手は、微妙に視線を、マフラの目からそらした。


 しめた、圭太は思った。


 マフラが一歩進む。相手が一歩下がる。

 マフラが二歩進む。相手が二歩下がる。


 とうとう、相手は、マフラに背を向け、群れの中心に向けて走り去って行った。



「やれやれ」

ほっとしてように、白蛇がつぶやいた。


「あんな風にケンカするんじゃ……。接着剤でつけただけじゃ、いっぺんで折れちゃうよ」

おねえちゃんが、ひとごとのように言う。


「そしたら、マフラはどうなるの?」

圭太も心配でならない。


「何かないの?」


「うーむ」

白蛇がうなる。

「うーむ」


「うなってばかりいないで、教えなさいよ!」

おねえちゃんがせまる。


 白蛇がのびあがって、抗議した。

「だって、私はへびですよ? 人間の文明については、あなた方の方がくわしいでしょうが! 人間の世界には、便利なものがいろいろあるじゃないですか。考えなさい、あなたが!」


「だって……。そうだ、歯が折れたら歯医者さんに行く」

苦し紛れに、おねえちゃんが叫んだ。


「じゃ、『現代』へ行って、腕のいい歯医者でもさらってきますか?」


白蛇が物騒なことを口にした、その時……。







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