タバコの灰に私は似ている。

栗音

第1話【タバコの灰に私は似ている。】

「スゥーーーー。

はぁ~~~」


右手の人差し指と中指の間に挟んだ細めで少し長い煙草を吸い、ベランダの手すりに体重をかけながら夜空を見上げる。


「……私、何やってんだろ」


私は誰に言うわけでもなくポツリと呟く。


朝起きて仕事に行き、上司に文句を言われながらも淡々と仕事をこなす。

そして、夜家に帰宅してからもビール片手に野球中継を見て寝るだけ。

こんな生活を始めてはや6年、もうすぐ三十路になってしまう。

特に趣味もなく貯金だけ溜まっていく日々。

別にこの生活が嫌な訳では無い。

だが時々、私ってなんで生きているんだろう?という虚無感に襲われる。


『何にも興味が持てないのは、何も始めないからだ』


これは、以前大学からの友達である由美子と久しぶりに飲みに行った時に言われた言葉だ。

由美子は所謂オタクという人種で、給料のほぼ全部をアニメグッズやライブチケット、ゲームの課金に回している。

その為、貯金は無く、毎月ギリギリの生活を送っているというのに由美子はとてもいい顔で笑っている。


「わかってるよ」


私は、由美子に言われた言葉をか頭の中で再生する。

当たり前のことを言われただけなのにも関わらず少しイラッとしてしまい、自分の心の弱さを実感する。


「スゥーーーー。

はぁ〜〜〜」


煙草をもう一度大きく吸い。

煙をめいいっぱい肺に入れた後、大きく吐き出す。


「……わかってるよ」


私はこれまで行ってきた行動に強い意志を持ったことなんて一度もない。

皆が学校に通ってるから学校に通い。

高校や大学も親や先生の言われるがまま受験をし、通った。

就活も友達や親の言う通りに受け、一応大企業と呼ばれる会社に就職することが出来た。

それだけじゃない。

友達と遊ぶのだって私から誘う事はあっても絶対にここに行きたいと強い意志を持って誘ったことなどない。

そうやって、自分のこれまでの人生をほぼ全て他人に任せてきたのだ。

そんな人生を約28年間続けてきた奴に新しい事を始める勇気が出るはずもない。


「……しょーもないなぁ〜。

私って」


ジリジリと私の指元に向かって進む灰の進行に目を向ける。


「お前はいいよな……。

全部が自然の摂理と私たち人間の手によって全てが決められ完結する。

始まりも終わりも決まっていて、そこに自分の意志など存在しない。

ただ、火をつけられ灰に還るだけ……」


私は一度の人生なのだから楽しまないとと言う奴が大っ嫌いだ。

そういう奴こそ他人に迷惑をかける。

自分を特別な人間と勘違いし、奇跡は必ず起きると信じて疑わない。

何か問題が起こればそれは全て理不尽な事とし、悪いのは自分ではないと自己肯定を始める。


「大っ嫌いだ……。

……だけど、凄く羨ましい」


私は煙草から目を離し夜空に目を向ける。


「綺麗だなぁ〜。

私も勇気を出して何かを始めてみたら由美子みたいに心から笑えるようになるのかな?」


私は誰かに問いかけるように呟くが当然一人でいるので返事が帰ってくる事は有り得ない。


「きゃっ!」


ビューーーンと下から上に巻き上げるようなすごい風が吹いた。

肩甲骨辺りまで伸びた綺麗な黒髪がバサバサと乱れる。


「あっ……」


その風に乗り煙草の先についていた灰が夜空へと舞い上がり散っていく。

相当風邪が強かったため、煙草の火も消えてしまった。


「…………」


私はその舞い上がって消えていく灰をボーッと見つめる。


「よしっ。

私も明日から何か探してみるか〜。

例え今の灰のように儚く散ったとしても……。

煙草の灰程度が舞ったのに私が同じ所にとどまってるのは私のちっぽけなプライドが許さないもんね」


私はそう独り言を呟き煙草の火が完全に消消えているかを確認し、携帯灰皿の中に押し込み部屋に戻るのだった。

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タバコの灰に私は似ている。 栗音 @snarou

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