カツオと梅とキャベツ

犬丸寛太

第1カツオと梅とキャベツ

 私には毎週末密かな楽しみがある。

 私の目の前の卓にはカツオのたたき、塩こぶであえたざく切りのキャベツ、そして梅酒。

 仕事を終えて近所のスーパーへ向かい小一時間ほど吟味して選んだ他愛もない酒と肴。

 傍目から見ればこだわりの感じられない普通の光景だろう。しかし、私の楽しみは卓の上のお手頃晩酌セットではないのだ。

 私はいつものように卓の上をひとしきり眺め目を閉じる。簡単には手を付けない。

 イメージを終えた私は静かに目を開き、独り言をつぶやく。

 「群馬、高知、和歌山。今日は長旅だな。」

 そう、私の楽しみとは、卓の上の酒と肴から連想される土地を想像で巡る。

 題して「ほろ酔い妄想一人旅」

まずは群馬産のキャベツを一口。キャベツの甘味と塩こぶの塩気、曖昧模糊とした味が山間に佇む町と冷えた曇り空を見上げる私をイメージさせどうにも切なくどこかへ動き出したくなる。

 そうと決まれば善は急げだ。カツオのたたきを口に放り込む。脂の乗ったカツオのねっとりとした食感、焦げのどうにもならぬ煙たさ、それらをさっぱりと洗い流すポン酢のさわやかで刺激的な香り。

 群馬の寒村に一人佇む私は矢も楯もたまらず高知へ繰り出す。私の足は自然とひろめ市場へと向いた。地元の人間たちはいったいいつから飲んでいるのか夕暮れに訪れた私をつくや否やビールケースに座らせショットグラスを目の前に差し出してきた。

 少し濁りがある薄黄色の液体。

 鬱屈とした気分を晴らすべく私は一息にグラスを開けた。するとどうしたことか先ほどまで私の頭上を覆っていた厚い雲は心地の良い初夏の風に吹かれてすっかりとなくなってしまった。風に紛れて鼻をくすぐる香りは柚子だ。私が飲み干した液体はどうやら柚子酒らしい。

 雲の晴れたのはよかったがどうにも土佐の酔っぱらいは絡み酒だ。そそくさとひろめ市場を後にした私は心地よさを求めた。

次は梅酒をくびりと煽る。

 柚子では流しきることのできなかったカツオのともすれば生臭い脂が梅酒の甘さと溶けて何とも言えぬ満足感が口の中を占拠した。

 ひろめ市場で感じた風を忘れぬうちに私は次の場所へと向かった。そこは私が少年時代を過ごした和歌山である。

 空港から随分と離れた海沿いの町、私は久しぶりに鳥羽水族館を訪れた。

 私の知っている様子とはすっかり変わってしまっているが、ところどころに当時の面影を感じ私は両親との思いでをかみしめていた。

 しかし、ここはもはや私の場所ではなく私には帰るべき場所がある。

 幼き日の思い出と町の空気を胸に感じ、私は満たされて長い旅の帰路へと着いた。

 「ほろ酔い一人妄想旅行」を満喫した私は旅の思い出に浸りながらいつも通り卓の上を平らげた。

 後片付けをするため台所へ向かう途中ふとゴミ箱に目をやった。

 私は、愕然とした。あまりのショックにもはや酔いも覚め原因のゴミを手に取る。

 「このカツオは静岡産か…」

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カツオと梅とキャベツ 犬丸寛太 @kotaro3

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