第250話 幻想的で理想的な現実の世界!!

 私は、天照を取り出して、照準を近衛洸陽らしき男に合わせる。そして、躊躇いなく引き金を引いた。どうせ会話にならないのだろうから、ここで黙らせた方が何かと早いと判断したからだ。首謀者を消したと思ったが、私の天照の弾は、近衛洸陽の目の前で弾かれた。


(あれは……バリアか何か? この世界をゲームにしたくらいの人だ。自分に遠距離攻撃無効のバリアを付与する事くらいお手の物って事?)


 相手はユートピア・ワールドのゲーム開発者だ。この世界をゲームとして落とし込み、色々なシステムを入れたのだから、自分に無敵のチート能力を付けていてもおかしくない。私達のような叛逆者の想定もしていたのだろう。

 天照を撃った事で、私の存在もバレる。男は、まっすぐこっちを向いた。


「そんなところにいないで、降りてきて姿を現したらどうだ?」


 誰もいない広い場所だから、声が響き渡ってきた。


(どうするか……でも、ここからじゃ、何も出来ないし、素直に降りて策を練る方が堅実か)


 私はそう判断して、ハープーンを壁に刺し、ゆっくりと降りていった。


「こんな馬鹿げた事はやめて」


 考える時間を稼ぐために、会話を試みる。


「馬鹿げた事? ふっ、馬鹿げてなどいない。これは、全人類の夢なのだから」


 これで、相手が近衛洸陽だと確信が出来た。計画を知っている人だとしても、ここまで入れ込むのは本人くらいだろう。


「全ての人間が同じ夢を見るなんて事はあり得ない。皆、それぞれの理想と夢を持っている。あんたのそれは、大昔の誰かが考えた自分勝手な願望……いや、妄想に過ぎない」


 この言葉を言っている間も、周囲を観察して何か無いかを探す。取り敢えず、正面にある装置は、高さが二階分くらいある。そして、この周りには、その装置以外には何も存在しない。


「ふむ。君との話し合いは無駄のようだな。互いに平行線だ」

「そんなの最初から分かっている事でしょ」


 少しイライラとしながらも観察を続けると、装置の中央に何かが填められているが見えた。その形は、何かの箱のようだ。それを見て、私は、ソル達が常夜の遺跡で見たという壁画などの報告を思い出す。


(あれが、メメントモリ。まずは、あれを破壊して、私達を完全にこの世界の住人にする事を防ぐ)


 私は天照を構えて、メメントモリに照準を合わせる。


「待て!!」


 私の動きを見て、近衛洸陽が慌てて制止した。


「メメントモリを破壊する事はおすすめしない。これには、本来の不死者を生者と同じにする機能に加えて、破壊した者をこの世界に留めるという機能を付け加えた。言いたい事は分かるだろう?」


 つまり、あれを破壊すれば、私だけはこの世界に囚われて、皆は解放されるという事だ。誰かが破壊しに来た時に、それを辞めさせるために付けた機能だろう。この世界から元の世界に戻るために破壊しに来たというのに、破壊した者は、その目的を果たせなくなる。自分の目的と矛盾した結果を受ける事になるのだ。

 私の中にも迷いが生じる。あれを破壊すれば、ほぼ確実に近衛洸陽の計画を狂わせる事が出来る。でも、その結果、私はこの世界の住人になってしまうのだ。

 私に迷いが生じたのを見て、近衛洸陽はにやりと笑う。


「……」


 それを見た私は、即座に引き金を引いた。天照から放たれた弾は、メメントモリを粉砕した。後ろの装置も貫通したけど、装置が止まった様子はない。そこまで重要な機関を損傷させる事は出来なかったのだ。これ以上の装置への攻撃は控えた方が良いかもしれない。

 下手に壊して、装置が作動してしまうのは、一番避けた方が良い未来だからだ。


「なっ……何故……」


 たった一度の迷いだけで、あっさりとメメントモリを破壊した私を、近衛洸陽は唖然として見ていた。そして、次の瞬間、その表情が怒りに染まる。ここまで感情が表情に出やすい人だとは思わなかった。あの着ぐるみを着ていたのも、実はこれが原因だったのかもしれない。

 そして、近衛洸陽が片手を振り上げると、周囲の壁が開き、大量の機械人形が出て来た。外でもあれだけ機械人形が出て来ているのに、こっちにも大量につぎ込むという事は、それだけ余裕があるという事だろう。この事から、ディストピアには、無限に機械人形を生み出す古代兵器があると考えられる。

 私は、すぐに韋駄天を取り出して、爆破弾を装填する。銃技は使わず、このまま適当に狙いを定めて、機械人形達を撃っていく。爆破弾によって、着弾した機械人形の周囲にいる機械人形にも被害が出る。

 それでも機械人形の数は、全然減らない。無限に出て来ているかのように感じる。本当に、そういう古代兵器があるのかもしれない。

 爆破弾で複数体を倒せているとはいえ、数の暴力によって、距離を詰められてしまう。


「ちっ……」


 私は鬼の力を解放して、近づいて来た機械人形にただの蹴りを打ち込む。それだけで、機械人形を凄い勢いで後ろの機械人形達に突っ込んでいき、互いに身体を壊していた。同時に、韋駄天から須佐之男に入れ替えて、散弾を撃ち込み近くにくる機械人形達を倒していく。爆破弾を使うと私にも被害が出てしまうので、この方法が一番楽に倒せる方法なのだ。

 私が、機械人形と戦っている間に、近衛洸陽は装置を操作している。さっさと機械人形を超えたいのだが、数が増えすぎて、前に進めない。鬼の力を使っても、数の暴力には勝てない。少し距離を取って、韋駄天で数を減らそうとするが、それでも 無理だ。


(一度上に戻って……)


 そう考えて上を確認すると、そこには大量の機械人形が待機している。上への避難も防がれていた。相手も馬鹿ではない。このままじゃ、あの装置を止められない。


「ここで諦めたらどうだ」


 近衛洸陽は、装置の操作をしながら、唐突にそんな事を言い出した。こっちが不利になったと見て、交渉を始めたのかもしれない。


「君が望むのであれば、この世界の一部を君の理想的な世界に染めても良いぞ。君もこの世界が好きだから、プレイし続けたのだろう? どのみち、君は、元の世界に戻れないのだ。こっちの世界で家族や友人と一緒に暮らしていけば良いだろう?」


 普通に考えれば、魅力的な提案なのかもしれない。でも、私には全くそう聞こえなかった。


「私は、この世界に住んでいる人達も含めて、この世界が好きなんだ! だから、あんたのやり方は気に入らない! この世界の人達を犠牲にするなんて事、私の理想なんかじゃない! だから、全力で止めてやる! たとえ! 私が使いたくないものを使っても!!」


 この言葉に、近衛洸陽は眉を顰める。それもそうだろう。私の最後の言葉は、きっと誰も意味を理解出来ない。次の瞬間を見るまでは。


「『焦炎童子』!!」


 私の背後で大きな火柱が立つ。そして、その中から、赤い肌に二本の角を生やし、炎の髪の鬼が出て来る。同時に、私の身体からも青白い炎が上がった。


「はぁーっはっはっは! ようやく我を喚んだか!!」


 焦炎童子を倒した時に手に入れたユニークアイテム『焦炎の魂』。これを使用すると、五分間焦炎童子を使役出来る。ただし、一度使うと二十四時間のクールタイムが必要になる。カエデを死なせる原因になった焦炎童子を使役したいなんて思わなかったので、捨てようか何度も迷ったけど、ユニークアイテムなので捨てるに捨てられない。誰かに見られて、説明するのも嫌なので、アイテム欄の奥に仕舞っていた。


「うるさい! 良いから、この機械人形を倒して!」

「はぁーっはっはっは!! 相変わらずな奴だ!」


 そう言いながら、焦炎童子は私を掴む。


「はぁ!? 私を掴めなんて言ってないけど!?」

「向こうに行きたいのだろう? これが最短だ!」


 そう言って、焦炎童子は私を近衛洸陽に向かって投げ飛ばした。機械人形達の上を高速で流れていき、ちょうど近衛洸陽の前に着地する。


「ば、化物め……!」


 この時、近衛洸陽が言っているのは、焦炎童子の事だと思っていたのだけど、実際には私に向かって言っていたと後日分かった。何故なら、この時、私の頭には白い二本の角が生えていて、本当に鬼のようになっていたからだ。

 だけど、この時の私は、その事に全く気付かなかった。私の頭の中にあったのは、この装置を止める事。そのために、目の前まで来た近衛洸陽を無力化する。


「暗殺術『シャドウダイブ』」


 目の前の影に潜って、近衛洸陽の背後に姿を現す。この世界をゲームとして設計したとはいえ、この世界での戦闘経験などは少ないらしく、私が背後に現れた事を驚いていた。

 私は、固く握った拳を近衛洸陽の背中に叩き込む。その際、身体に纏っていた青白い炎が、拳に集中して、近衛洸陽の周囲にあったバリアを破壊し、近衛洸陽に攻撃を届かせる事が出来た。

 近衛洸陽は、そのまま吹き飛んでいき、正面にあった柵に激突する。


「がはっ……!」


 苦悶の表情で横たわっている近衛洸陽の首に、吉祥天の銃口を突きつける。


「銃技『零距離射撃』『夜烏』」


 念には念をいれて、零距離射撃と夜烏を使い、麻酔弾を撃ち込む。すると、バリアに弾かれる事もなく、麻酔弾が刺さった。先程のパンチで、バリアそのものが完全に消え去っていたみたいだ。

 近衛洸陽は、力なく横になっている。だが、目や口は動くようでニヤリと笑っていた。恐らく、これも設計者権限のようなもので、意識は残るようにしているのだろう。身体が動かせないだけマシと、ポジティブに考える事にする。


「お……ま……え……には……うご……か……せな……い……」


 笑いながら言った言葉は、それだけだった。それ以降はうまく喋られなくなったみたいだ。どういう意味なのかを知るために、装置と向き合う。ディスプレイを見てみると、そこに書いてあったのは、長い間私達を悩ませた天界言語だった。

 恐らく、この天界言語は、近衛洸陽など計画の中心人物やそれの信奉者達が使う言語で、叛逆者などに読めないようにしていたのだろう。


「そう。でも、天界言語なら問題無い」


 私がそう言うと、近衛洸陽から表情が消えた。

 本当に、生体認証とか色々と必要なら、お手上げだったけど、これなら私でもどうにか出来る。何故なら、天界言語を完全解読したメアリーさんから、この二ヶ月で天界言語を叩き込まれている。これには、アーニャさんも唖然としていた。


「こっちの世界の人を舐めすぎ」


 私は装置を操作し、機能の停止とシャットダウンを行う。近衛洸陽が絶望を感じている表情になっていた。そして、憎悪の目で私を見てくる。


「これでこの世界の人達は無事で、皆も元の世界に戻れる。これが、私の理想であり、私の夢だよ」


 それだけ伝えて、黒闇天で近衛洸陽の頭に十発の銃弾を撃ち込む。ちらっと、焦炎童子と機械人形達の戦闘を確認すると、既に全滅させた後で、焦炎童子は退屈そうに座っていた。それを確認したところで、装置に爆弾を付けて爆破し、完全に破壊する。

 これで完全に私の戦闘は終了した。その事に安堵したのと同時に、焦炎童子が灰になっていく。


「むっ……これで終わりか。まぁまぁ楽しめたが、消化不良だな。またいつでも喚んでくれ」

「嫌だ」


 私の返事を聞くと、焦炎童子は肩を竦めながら、自嘲気味に笑って消えていった。同時に、近衛洸陽も光に包まれる。でも、私には何も起こっていない。近衛洸陽だけの何かかと思って警戒していると、


「ルナちゃん!!」


 ソルの声が聞こえてきた。建物の中に入って来たソル達の身体も近衛洸陽と同じように光に包まれている。ここから考えられる事は、一つ。皆のログアウトが始まったのだ。そして、メメントモリを破壊した私はその権利がない。近衛洸陽が言っていた事は、本当の事だったのだ。

 私だけ光に包まれていないのを見て、ソルの表情が固まる。そして、走ってきた勢いそのままに私の肩を掴む。


「どうにかならないの!?」


 私の状態を見ただけで、状況を察したソルはそう訊いてきた。私は首を横に振る。


「どうしようもない。この状況からじゃ、何かがあったとしても間に合わないよ」

「そ、そんな……」


 私の肩に置いた手が滑り落ちる。ショックで力が抜けてしまったのだろう。私は、一度ソルのことを抱きしめてから、ネロの元に向かう。ネロもぽろぽろと涙を流していた。私とソルのやり取りから、私が帰られないと察したみたい。そんなネロの事を抱きしめてあげる。


「黒江は、本当に私の妹みたいな子だよ。いつも甘えて来てくれて、嬉しかったよ」

「にゃ……私も朔夜がお姉ちゃんみたいだったにゃ。もっと甘えたかったにゃ」

「ごめんね。でも、黒江のお姉ちゃんは、私の他にもいるでしょ?」


 そう言って、私は皆の方を見る。釣られて、ネロも皆を見た。


「これからは、皆にも私みたいに甘えると良いよ。私の分までね。本当に大好きだよ」

「にゃ。私も大好きにゃ。大大大大大好きにゃ」

「ありがとう」


 私はネロの頬にキスをして、もう一度ぎゅっと抱きしめてから離れる。

 次に、ミザリーの元に来て抱きしめる。ミザリーもボロボロ涙を流している。


「出会い方は最悪だったけど、今では大切な友人だよ。美玲がいてくれたから出来た事があるし、一緒にいる時間は楽しかったよ」

「うん……私も朔夜さんといれて良かった。朔夜さんの事は絶対に忘れないから……」

「ありがとう。年長者として、皆をよろしくね。大好きだよ」

「うん。私も大好き」


 私は、ミザリーの頬にキスをして、もう一度ぎゅっと抱きしめてから離れる。

 次は、メレの元に来た。メレも抱きしめようとすると、向こうの方から抱きしめられた。見た事がないくらい涙を流したメレは、力強く抱きしめてくれていた。


「舞歌の歌、本当に好きだよ。毎日家事をするときに聴いていたんだ」

「それは、本当に嬉しいです。でも、それならこれからも聴いて欲しかったです……」

「うん。ごめんね。私も舞歌の歌をもっと聴きたかったよ。それに、本当にアイドルをしている舞歌を向こうの世界で見たかった」


 私がそう言うと、抱きしめてくるメレの力が強まる。メレも悔しいのだろう。私に、自分のアイドル姿を見せられなかった事を。


「アイドルとしての舞歌も好きだけど、友達としての舞歌はもっと大好きだよ」

「私も大好きです」


 私がメレの頬にキスをすると、メレも私の頬にキスを返してくれた。互いに力を込めて抱き合い離れる。

 次はシエルの元に来て、シエルを抱きしめる。普段シエルにそんな事をした事ないから、シエルも少し驚いていた。


「大空は、学校の友達の中でも、本当に接しやすい友達だったよ。互いに遠慮なんて無かったしね」

「朔夜は抜けているところもあるし、話しやすい友達だった。正直これからも一緒にいられると思っていたから、上手く言葉が出ないや」

「あはは、大空がそんなに泣いてるの初めて見たかも」

「うるさい。大切な友達と二度と会えないかもしれないのに、泣かないわけないでしょ。本当に馬鹿なんだから。馬鹿……」

「最後なのに、馬鹿馬鹿言いすぎ。でも、そんな大空が大好きだよ」

「私も」


 シエルの頬にキスをして、ぎゅっと抱きしめてから離れる。

 そして、最後にソルの元に行くと、メレの時と同じように向こうから抱きしめられた。


「日向は、私の親友だけど、それ以上に私の家族だよ。お母さん達がいなくても、寂しくなかったのは、日向が泊まりに来てくれたりしたからだから。本当に日向と離れるなんて思いもしなかった」

「私もさくちゃんは、家族だと思ってるよ。ずっと一緒にいると思ってた。離れ離れになんてならないって、絶対にずっと繋がったままなんだって思ってたのに……」

「ごめん。本当にごめんね」

「ううん。謝らないで。だって、さくちゃんは、皆のために世界にために行動したんだもん。私の誇りだよ」

「ありがとう。悪いんだけど、お母さん達にも伝えてくれる? お母さん達に愛されていた事知ってる。私も同じように愛してる。ごめんねって」

「うん。任せて」

「本当にありがとう。大好きだよ。本当に、小さい頃からずっと一緒にいてくれて、ありがとう」

「私も大好き。誰よりも何よりもさくちゃんが好き。愛してるよ」


 ソルからその言葉を聞いて、私はソルからシルヴィアさんと同じ意味の好意を持たれていた事に気付く。


「ずっと、私を見てくれていたんだね。ありがとう。こんなに想ってくれる人がいて、私は幸せ者だよ」

「うん……」


 私は、ソルの頬にキスをして一際力強く抱きしめる。すると、皆を包んでいる光が、一際強くなる。そして、まずネロが消えていった。五秒経って、ミザリーもログアウトしていった。


「さくちゃん……」


 私は、ソルの涙を拭う。


「最後くらい笑って別れよう」

「……うん」


 もうメレもシエルもログアウトしていった。順当にいけば、次はソルの番だ。ソルはニコッと笑った直後、私の唇にキスをした。私がびっくりして、ソルが悪戯に微笑んだ後、ログアウトして消えていった。

 誰もいなくなった場所で、ただ立っていると、シルヴィアさんがやってきた。シルヴィアさんは、私の姿を見て、目を見開いた。


「ルナ……?」


 私がいるとは想わなかったのだろう。それはそうだ。本来なら、外にいたであろう他のプレイヤーやソル達同様にログアウトしているはずなのだから。


「あはは、色々あって、こっちの住人になりました」


 私が笑いながらそう言うと、シルヴィアさんは、私の元まで走ってきてぎゅっと抱きしめてくれた。


「皆を安心させようとしていたのですね。自分は、この世界でもやっていけると。もう大丈夫ですよ。皆、この世界を去りました。あなたを見ているのは、私だけです」


 シルヴィアさんの言葉を聞いて、これまでソル達には見せなかった涙が溢れ出てくる。


「ひっぐ……えぐっ……うわあああああああああああああああああ!!!


 私はシルヴィアさんの肩に顔を押しつけて大声で泣き叫ぶ。


「私も皆と帰りだがった! お母さんとお父さんに会いだい! 皆と遊びだい! もっと、仲良くなれだのに! まだまだやれる事があるのに! どうしてこうなるの! 何でなの! こんなの私の理想なんかじゃないよ!」


 私はシルヴィアさんに抱きしめられながら、勝手に頭から出て来る言葉を吐き出し続ける。こんなのはただの八つ当たりだ。私は、これを覚悟してメメントモリを破壊した。だから、私にはこんな事を言い続ける資格なんて無い。だというのに、シルヴィアさんは、何も言わずに、私の頭を撫でながら、受け入れてくれていた。


────────────────────────


 ルナの叫びを、アーニャは、建物の入口の壁に隠れながら聞いていた。プレイヤー達が全員ログアウトした後、装置が完全に破壊されているかどうかを確認するために来ていたのだ。

 アーニャは、唇を噛みながら、爪を立てて自分の腕を握りしめていた。同然、どちらからも血が出て来る。それでもアーニャは力を緩める事は出来なかった。


(私のせいだわ……)


 ルナを先行させて、装置の破壊する作戦を立てたのは、アーニャだ。その場にルナしかいなかった以上、メメントモリの呪いをルナが受けるしかなかった。もし仮に、こっちの世界の人が一人でも付いてきていれば、呪いを引き受けて、ルナを元の世界に戻す事だって出来たのだ。アーニャは、この事に罪悪感を抱いていた。

 そして、これからもこの罪悪感が拭える事はないだろう。


────────────────────────


 泣きに泣き、もう涙も出なくなって声も出なくなった。シルヴィアさんの肩がかなり濡れてしまっていた。


「ごめんなさい……私、シルヴィアさんに言っても仕方のないことを……」


 鼻を啜りながら、私がそう言うと、シルヴィアさんが徐にキスをしてきた。十秒程口を塞がれる。


「ルナが謝る必要はありません。私には、元の世界に帰られなくなった気持ちは分かりません。ですが、両親や家族と会えなくなる気持ちは分かります。吐き出したい事があれば、全部吐いてください。私は、全部を受け入れます。私は、あなたの恋人ですから」


 その言葉を受けて、私はまた涙が出て来る。


「ルナの涙は、無限に出て来ますね。今出せるものは、全部出してしまいましょう」


 私はまたシルヴィアさんに抱かれながら涙を流し続ける。そうしながら、私は一つの決心をする。それは、こっちの世界で暮らしていくという本当の覚悟。


「シルヴィアさん……」

「はい。何でしょう?」


 私は、シルヴィアさんの肩から顔を離して、シルヴィアさんと向き合う。


「私と結婚してくれませんか?」

「はい。良いですよ」


 あまりに早い即答に、私は反応が遅れてしまった。


「うぇっ!? い、良いんですか?」

「ルナに結婚して欲しいと言われて、断るはずがないでしょう。あなたの恋人なんですよ?」

「それはそうですけど……」

「寧ろ、そう言ってくれて嬉しいです。いつまでも恋人のままでは嫌ですから」


 シルヴィアさんはそう言って、またキスをしてくれる。私からもシルヴィアさんにキスをした。互いの愛を確かめ合うかのように。

 決心は付いたけど、まだ完全に吹っ切れたわけじゃない。もし向こうの世界に戻れる方法が見付かれば、私は迷う事になるだろう。でも、それが見付かる可能性は低い。

 だから、私は、この世界で生きる。幻想的で理想的な現実の世界で、愛する人と共に。

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