第172話 龍との戦い!!

 先程した咆哮は、あれから何度か聞こえてきている。それは、段々と近づいて来ていた。


「もう目の前にいてもおかしくはありません。いつでも動けるように準備を」


 シルヴィアさんがそう言った直後、メレが聖歌を歌い、シエルがプティを纏って、ガーディ達を大きくする。ソルは、まだ鳴神を纏わないみたいだ。相手によっては、雷が効かないということもあり得るので、そういう判断だと思う。

 全員の準備が整ったのを見て、シルヴィアさんが扉を開いた。私達は、素早く外に出て行く。私が出た瞬間、さっきの咆哮が響き渡る。その方向を見ると、空から巨大なモンスターが羽ばたいてきていた。

 それは、筋骨隆々の巨躯をしており、その背中から巨躯以上の皮膜の張った羽を生やしている。どこからどう見てもドラゴンだ。恐らく、炎も噴き出すだろう。

 そんなドラゴンが、こちらを見て咆哮していた。完全に、私を敵視している。


「ドラゴンですか」

「倒せませんか?」


 さすがのシルヴィアさんも、ドラゴンは倒せないかと思っていると、


「いえ、騎士団時代に、何頭か倒しました。ですが、多少手こずりましたね」


 一応、倒してはいるらしい。ただ、シルヴィアさんでさえも手こずるということは、かなり厳しい戦いになる可能性がある。


「ドラゴンの攻撃は、基本的に強烈です。受ける事は考えず、避けてください。もう一つ、相手は炎を噴き出す可能性があります。必ず範囲外まで避難してください」


 シルヴィアさんの注意に、私達は頷いて返事をする。直後に、遠くからドラゴンが火の球を吐き出してきた。先制攻撃という事だろう。

 私は黒闇天を抜き、火の球に向ける。


「銃技『精密射撃』」


 私の撃ち出した氷結弾が、火の球にぶつかり、完全に打ち消した。正直、勢いが落ちれば良いなって思って撃ったのだけど、まさか打ち消すとは思わなかった。

 それに苛ついたのか、ドラゴンは、今までで一番大きな咆哮をして、地面に降り立った。その視線が私を射貫いてきている。ほぼ確実に、私を狙っているのは間違いないだろう。


「このままだと、神殿とかに被害が行くだろうから、私は、囮になって逃げるよ」

「分かりました。十分にお気を付け下さい」


 私は、月読を取り出して、走り出す。ネザードラゴンは巨体なので、ここから少し離れても、皆も見失わない。そのため、月読による移動をしても問題は無い。

 ネザードラゴンは、低空飛行で私を追ってくる。


「やっぱり、空を飛ぶ方が速いんだ。なら、まずは、あの羽を無力化させる方が良いよね」


 私は、月読の後部から銃弾を撃ち出す。撃ち出されるのは、通常の弾であるため、相手の鱗に弾かれてしまう。


「龍の鱗には、通常弾は効かないか。それに、皆の攻撃も効いていない。いや……」


 皆が付けた傷をよくよく見てみると、二つある五本線の傷の内の一つは、少し深い傷になっている。


「シエル……いや、ネロだ。実体のある攻撃じゃなくて、魔法系統による攻撃の方が効くんだ。なら、ミザリーを中心とした……まぁ、そうなるよね」


 ミザリーを中心とした戦いを考えようとした私だったけど、ネザードラゴンのさらに上を見て、その考えを捨てた。

 晴天であるのにも関わらず、雷が降ってくる。文字通り、青天の霹靂だ。

 低空飛行をしていたネザードラゴンは、雷によって、再び地面にめり込むことになった。


「やっぱり、硬いなぁ」


 私の横に着地したソルは、そうぼやいた。


「私が囮になっている間に、対抗策を考えて欲しかったんだけど」

「私が対抗策。ネロちゃんだけ、敵を攻撃した感触が違うみたいだったから、魔法系統の攻撃なら効くんじゃないかって事になったの。なら、鳴神がよく効きそうでしょ?」

「メレの聖歌無しで、どのくらい?」

「三分。今、ガーディちゃんに乗って、こっちに向かってる。もうすぐ到着するはず」

「じゃあ、メレが到着するまでの間、ここで戦い続けるって事だね。もう十分に離れただろうし」

「そういう事。鳴神が切れたら、頼むね」


 ソルがそう言った直後、ネザードラゴンが地面から身体を起こした。そして、その口が赤熱し始める。その顎に、雷となったソルが接近し、鳴神の柄で打ち上げ、強制的に閉じさせた。

 結果、ネザードラゴンは、空を仰いだ。

 私はハープーンを使って、ネザードラゴンの身体に乗る。そして、首を足掛かりに、高く跳び上がって、ネザードラゴンの顔の真上にいる。ここからなら、ネザードラゴンの眼が見える。


「これは通用する?」


 私は、棒手裏剣を取り出して、ネザードラゴンの眼に向かって、勢いよく投げつけた。棒手裏剣は、少しの抵抗を受けたが、ネザードラゴンの眼に突き刺さった。いきなり眼球への攻撃を受けたので、ネザードラゴンは、藻掻き苦しむ。


「『鳴神・一突』」


 ソルの攻撃は、棒手裏剣に吸い寄せられる。ネザードラゴンの眼球が破裂する。


「鱗がなければ、通常の攻撃でも通用する。でも……」


 ネザードラゴンは、基本的に全身を鱗で覆っている。攻撃出来るのは、眼や口、後はお尻かな。通常の状態であればだけど。


「銃技『一斉射撃』」


 ソルが鳴神で付けた首付近の傷に、雷光弾を十発撃ち込む。あまり深くない傷だったけど、鱗が剥がれているので、まともに攻撃を受ける事になった。

 ネザードラゴンが、激しく痙攣する。私は、落ちないようにしがみつく。


「ソル! さっきの傷!!」

「分かった!!」


 痙攣しているネザードラゴンの首に、ソルが飛びつく。


「『鳴神・一閃』!!」


 ソルの攻撃で傷を広げる。鱗が剥がれた範囲が広がる。私は、そこに威力を大に、範囲を中にした爆弾を精製し、傷口に付ける。


「三秒!」


 そう言って、ネザードラゴンから飛び降りる。ソルも同じように、ネザードラゴンから離れた。きっかり三秒後、ネザードラゴンの首で爆発が起こる。少しだけ首を抉ることが出来たけど、まだネザードラゴンは生きている。

 それに、そろそろタイムリミットだ。今までのような戦い方は、しばらくお預け……そう思った私の耳に、歌が聞こえる。

 つまり、メレが近くまで来ているということだ。


「ソル! 首の傷を狙い続けて!」

「分かった!」


 威力を大にした爆弾でも、少し抉ることしか出来ないのであれば、極大にしても、首を落とすことは出来ないだろう。なら、決定打は、私じゃない。ソルかシルヴィアさんになるだろう。そんな私の横に、白い毛皮の服を着たネロが着地する。


「どうするにゃ!?」

「ネロなら、鱗を剥げると思う。弱点を増やして」

「にゃ!」


 ソルの攻撃で、鱗を剥ぐことが出来るのであれば、ネロでも出来るはずだ。同じ魔法系統の攻撃だからだ。

 私の考え通り、ネロの攻撃はネザードラゴンの鱗を剥ぎ取ることが出来た。これで、攻撃が通る箇所が増える。ネロが来てから、少しすると、シエル達も合流出来た。


「ルナ! 私はどうすれば良い!?」

「今、ソルとネロが鱗を剥いでる。そこなら、私達の攻撃も通るから、そこを狙って。ミザリー、動きを止められる?」

「やってみる!」


 私の指示に従って、シエルとミザリーも行動を開始する。ミザリーによって、光の鎖と杭がネザードラゴンを縛り付けていく。魔法系統の攻撃が効くのであれば、こっちも効くと考えたけど、当たっていたみたいだ。


「シルヴィアさんは、狙えるときにトドメを刺してください」

「多少強引でもよろしいですか?」

「シルヴィアさんが無理をしない範囲内であれば」


 シルヴィアさんは、こくりと頷くと、駆け出して行った。


「傷が増えれば、私の銃弾も効くようになるはず……痛っ!」


 突然、頭に痛みが走る。脈動するような痛みは、頭だけでなく、心臓にも走っていく。強すぎる痛みに、立っている事も出来ず、膝を突く。


「痛覚耐性があるのに……」


 痛覚耐性を突き抜ける痛み。かなりやばい。


「ルナさん!」


 ミザリーとメレが駆け寄ってくる。メレは、聖歌を歌うのをやめずに来ていた。こういうとき、歌うのをやめないのは、さすがの判断だ。

 私は、手振りで二人に大丈夫と伝える。それでも、二人の心配そうな顔は変わらない。ミザリーは、私に回復魔法を使おうとしてくるが、私はそれを制止する。ミザリーには、ネザードラゴンの足止めに集中して貰わないといけない。シルヴィアさんとソルで、羽の皮膜に傷を付けているから、そろそろ飛べなくなるとは思うが、それでも縛り付けておくのと自由に動かれるのとでは、大きな違いがある。


(何なの……この痛み……ネザードラゴンの攻撃……? いや、多分違う……それならもっと早くやっているはず……他に考えられるのは……)


 痛みに耐えて、どうしてこんなことが起こっているのか考えていると、不意にお爺さんが言っていた言葉を思い出した。


(「鬼の因子……気を付けろ」……これって、鬼の因子を持っているから、狙われるぞって事だけじゃなくて、鬼の因子そのものに気を付けろという意味も含まれていた?)


 鬼の因子の暴走。それが、私が考え出した答えだった。こんなことが起こる変化を私は、鬼の因子しか思いつかなかった。


「ルナさん、髪が……」


 ミザリーがそう言ったのを聞いて、自身の髪を見てみると、虹色に明滅していた。鬼の力が引き出されようとしているのかもしれない。その証拠と言わんばかりに、焦炎童子の時にも感じた力が湧き上がる感覚がする。同時に、すぐにでも戦いたいという衝動にも襲われた。

 どういう条件でそうなっているのか分からないけど、少しまずい状況かもしれない。どうにか抑えつけないと。

 感覚的に、力が内側から溢れて来ている事が分かる。だから、これをまた内側に戻せば元に戻るんだと思う。

 私は、溢れてくる力を外側から内側に抑えつけるイメージをする。それだけで、抑えられるかどうかは賭けだったけど、何とか上手くいっている。頭と心臓の痛みが、少しずつ治まっていった。


「はぁ……はぁ……」


 どうにか落ち着く事が出来た。


(皆が一緒の時になって良かった。これが一人の時だったら、この間に倒されていてもおかしくなかったわけだし……)


 改めて、今の状況を確認する。ネザードラゴンは、ソルとネロの攻撃によって、鱗のほとんどを剥がれている。さらに、シエルの攻撃で、かなり消耗させられていた。シルヴィアさんも、シエルと同じように攻撃をして、消耗させつつ、トドメを刺せる機会を窺っていた。


「……ミザリー、拘束から攻撃に移行して。狙いは、首」

「分かった! 『破城の光槌』!」


 直径一メートルの光の柱が、ネザードラゴンの首に命中する。その一撃で残っていた鱗が、全て剥がれた。それを見たシルヴィアさんとソルが、ネザードラゴンの首に接近する。素早さでは、雷になれるソルが上なので、先に攻撃したのは、ソルの方だった。


「『鳴神・一閃』!」


 鳴神の一撃が、ネザードラゴンの首を半分まで削いだ。鳴神の一撃を受けても、両断までいかないあたり、ネザードラゴンの耐久性が垣間見える。

 なら、それ以上の攻撃をする人がいれば倒せる。それがシルヴィアさんだった。シルヴィアさんが剣を振うと、ネザードラゴンの首が、ずるりと落ちていった。それっきり、ネザードラゴンは動かなくなった。

 それを見届けたシルヴィアさんは。すぐに私の元に戻ってくる。


「体調は戻りましたか?」


 シルヴィアさんは、戦いの最中でも、私が体調を崩していた事に気が付いていたみたい。


「はい。今のところは、大丈夫です。色々と考えないといけない事がありますけど」

「それは、私にも共有して頂けるのでしょうか?」

「もう誤魔化せませんし、そのつもりです。っ痛……!」


 また一瞬だけ痛みがぶり返した。いや、どちらかというと、残っていた残滓が顔を出した感じだろう。

 シルヴィアさんは、私を抱きしめる。この症状じゃ、シルヴィアさんに出来る事はないから、せめてもと思ったのだろう。少し落ち着くので有り難い。


「ルナちゃん! 大丈夫!?」


 ネザードラゴンの様子を確認しつつ、こっちに戻ってきたソルが心配そうな顔をしていた。


「大丈夫。鬼の力だと思う。何が条件か、まだはっきりしていないから、ちょっと検証が必要かな」

「ドラゴンが条件じゃないにゃ?」

「違うと思う。何となくだけどね」


 私はそう言って立ち上がる。また力が引き出されない限り、痛みに襲われることもないだろう。


「取りあえず、今日は解散した方が良いかな。時間も遅いし」

「そう……だね……ルナちゃん達は、元の場所に戻るんだよね?」

「うん。シャルに報告しないとだし」

「じゃあ、取りあえず、ここで解散だね。検証に手伝いが必要だったら、言ってね。私も手伝うから」

「ありがとう、ソル。取りあえず、自分に出来るところから始めるよ。必要になったら呼ぶよ」


 私達は、ここで解散することになった。私とシルヴィアさん、ソル達に別れた。そして、私は今、シルヴィアさんに背負われていた。


「あの……別に動けないわけではないですよ?」

「体調が悪くなったのは事実でしょう。鬼の力でしたね? 今までは、何も影響はなかったようですが、今回の戦闘で、その力が顔を出したという事でよろしいですね?」

「はい。本当に何故こうなったのかは分かりません」

「ですが、検証をする必要があるという事は、ある程度の心当たりはあるという事では?」


 シルヴィアさんの指摘に、少し固まってしまった。確かに一つだけ、心当たりみたいなものはある。


「あるのですね」

「はっきりとはしていないので、検証をしたかったんです。焦炎童子は、強敵との戦いを楽しんでいました。つまり、強敵との戦いが条件なのではないかと思ったんです」

「強敵との戦いですか。それにしては、戦い始めてから少し経った後に、体調を崩したようですが」

「強敵認識の一つが、戦闘時間とかなのかもしれません」

「それを検証するという事ですね。出来れば、私が見ているところで検証して頂けると安心なのですが」

「じゃあ、スノーフィリアの近くでやるときには呼びますね」


 今回の戦いで、シルヴィアさんがいても、鬼の力は発動する事が分かった。だから、シルヴィアさんに手伝って貰っても問題はないはずだ。ここで問題となるのは、スノーフィリア近くに強敵認定されるモンスターがいるかどうかになる。

 これは、他の場所でも同様の問題があるけどね。


「そうして下さい」


 そんな話をしている間に、花畑に辿り着いた。シルヴィアさんの方向感覚は、かなり優れているようで、全く迷わなかった。


「このまま魔法陣に乗れば、戻れると思います」

「分かりました」


 シルヴィアさんが魔法陣の上に乗ると、私の右手が光り、滅びた街へと戻ってくる。


「シルヴィアさん、シャルへの報告を任せても良いですか?」

「先に元の世界に戻りますか?」

「いえ、メアリーさんのところに行こうかと思います。ソル達から貰った本やお爺さんから貰った本を渡しておきたいので」

「分かりました。では、噴水広場までは、このままで行きましょう。その間に、体調が悪くなりましたら、言って下さい」

「分かりました」


 私は、スノーフィリアの噴水広場まで、シルヴィアさんに背負われて移動した。その間に私の体調が変化することはなかった。まぁ、戦う事自体なかったから、当たり前と言えば当たり前なんだけどね。


「ルナの仮説は、本当に合っていそうですね。私の付き添いは、ここまでとなりますので、ここからは自身で管理して下さい」

「はい。じゃあ、また明日」

「また明日」


 シルヴィアさんと別れて、王都へと転移する。そして、まっすぐメアリーさんの元に向かった。


「いらっしゃい、ルナちゃん。今日はお勉強しに来たわけじゃないわよね?」


 古代言語の勉強をするには、少し早い時間だったので、メアリーさんも別件だという事が分かったみたいだ。


「はい。ちょっと調査した場所で、沢山の本を見つけたんです」


 私は、まずソル達から貰った大量の本を取り出す。本の山がどんどん出来上がっていく度に、メアリーさんの顔がげんなりとしていくのが分かる。まだ、私が渡した黒騎士のところなどから持ってきた本の解読も終わっていないのに、更に調べないといけない本が増えていっているからだ。だけど、それも次の瞬間には、興味深そうな顔に変わっていった。


「全部天界言語の本だね。これまでのアナグラムの本とは違いそう。装丁もしっかりとしているし。でも、これも解読するのは一苦労かな」

「やっぱり、数があるだけじゃ、解読は無理ですよね。実は、その場所にいたお爺さんにも本を貰ったんです。その場には、ソル達もいたんですけど、ソル達が来た時には渡されなかったって」


 私は、お爺さんから貰った本をメアリーさんに渡す。


「ルナちゃんが、何かしらの条件を満たしていたって考えるのが普通よね。これも天界言語……」


 メアリーさんは、受け取った本の表紙を見て固まった。


「どうしました?」

「うん。この本なんだけど、見たことがあるんだよね。確か、別の古代言語の本の表紙と全く一緒だったと思う」

「別の言語の写本みたいなものがあるって事ですか?」

「そういう事。これで本格的に解読が進む。報告を期待して」


 今回得られた本によって、天界言語の解読がようやく進むみたい。


 問題も増えたけど、一番重い問題に光明が差し始めた。これで、黒騎士が言っていた答えに一歩近づくことが出来る。

 メアリーさんの解読が進むまでは、残っている問題を片付けていくことになりそうだ。

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