第54話 地下室へ……

 私は、リリさん率いる戦乙女騎士団の人達と一緒にミリアの屋敷前までやって来た。その正面には、多くの黒服が集まり、私達の進路を妨げている。


「家宅捜索です。大人しく、その場をどいてください」


 リリさんがそう言うが、黒服達は、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。


「この場からどかないというのなら、実力行使に出ますよ」

「はっ! やってみろ! 女子供ごとき負ける俺達ではないわ!!」


 黒服達が剣を抜いて構える。その中には、私によって眠らされていた男もいる。


「仕方ありません。総員、抜剣。速やかに制圧しなさい」

『はっ!』


 戦乙女騎士団の皆が、剣を抜き、黒服達に突撃する。黒服も応戦するために走り出した。

 私も吉祥天を抜く。黒闇天だと、必ず殺してしまうからだ。今の状況での殺傷は、あまり有効じゃ無い気がする。リリさん達にも迷惑を掛ける事になるかもしれないしね。吉祥天の麻酔なら、死ぬことはないはず。量を間違えなければ……


「ルナさんは、下がっていてもいいんですよ?」

「いいえ、私も手伝います。今の私は、関係者ですから!」


 休んでいてもいいと言ってくれるリリさんに、首から下がっている紋章を見せて、そう言った。皆さんが戦っている時に、黙ってみているなんてしてられない。


「分かりました。無理はしないで下さいね」

「はい!」


 乱戦となっている中には入らず、外側から、敵を眠らせていく。得に、騎士団の人の背後から狙おうとしている黒服を狙っていった。

 最初に、女子供には負けないと言っていた黒服達だったけど、あっさりと倒されていった。黒服の予想よりも騎士団の人達が強すぎたみたい。


「リリさん達って、すごく強いんですね。大規模侵攻の時も一番危険な場所に立ってましたし」

「伊達に戦場の最前線で戦っていませんよ。それに、私達には、師匠直伝の修行法がありますから」

「シルヴィアさんの?」

「はい。取りあえず、全力で戦い合うという修行方法です」


 そういえば、体術の修行の時も、最初から拳でのぶつかり合いだった気がする。多少の加減はしてくれるけど、辛い修行なのは変わらなかった。


「互いに相手の戦法は分かっているので、どれだけ裏を掛けるか、新しい戦法を手に入れられるかが重要になりますね」

「意外と考えられた修行法なんですね」

「……どうでしょう。師匠のことですから、戦っていれば強くなると考えていたのかもしれません」


 リリさんの中のシルヴィアさんは脳筋みたいになっているのかも……シルヴィアさんには、内緒にしておこう。


「さて、捕縛も済んだことですし、中に入りましょう」

「はい」


 私達は、ミリアの家に入っていく。


「お邪魔します」


 一応、そう言って中に入ったけど、中には人の気配が一切ない。


「ミリアの家族って、父親だけなんですか?」

「いえ、母親がいるはずですが……」


 リリさんも訝しんでいる。ミリアのお母さんは、一体どこにいるんだろう?


「まずは、ミリアさんが監禁されていた檻のところまで行きましょう」

「分かりました。多分、こっちです」


 記憶を頼りにミリアが閉じ込められていた地下まで案内する。二階から降りていくと、少し鉄臭い匂いがしてきた。


(この前は感じなかったけど、檻の匂いって事なのかな?)


 そんな風に思っていると、リリさんが私の肩を掴んで歩みを止めさせた。


「ルナさん、ここで待っていてください。ここからは、私達が行きます。ルノアは、ルナさんに付いて、ここに待機を」

「はっ!」


 私の横にいた騎士、ルノアさんが胸に手を当てて敬礼する。そして、部下の皆さんを連れたリリさんが先に進んで行った。一緒にいるルノアさんは、青みがかった黒い髪を肩口まで伸ばしている。その目は綺麗な碧色だった。


「初めまして、ルノア・シャロンと申します。以後お見知りおきを」

「初めまして、ルナです。よろしくお願いします」


 ルノアさんが挨拶をしてくれたので、私もきちんと返す。すると、ルノアさんが口元に手を当てて、小さく笑う。


「ふふふ、実は、初めまして、ではないんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。とは言っても、お話ししたわけではありませんが。ユートリアのギルドでの揉め事の際、犯人を連れて行ったのは、私なんです」

「そういえば、あの時にいた気がします」


 私は、ギルドでの揉め事で、リリさんに助けてもらった時を思い出す。


「団長の印象が大きいからでしょうね」

「それは、あるかもしれませんね。そういえば、なんでリリさんは、私をここに置いていったんでしょうか? ミリアの檻がどこにあるか知ってるのは私なのに」

「ここからは、何が起こるか分からないからでしょう。地下室は危険な事が多いですから」

「なるほど」


 私は、この時気が付いていなかった。さっきの鉄のような匂いの正体も、ここで起きていた惨劇も……


 ────────────────────────


 少しすると、リリさんが帰ってきた。


「ルノア、先に上に行って二階を調べてきてください。ルナさんも一緒にお願いします。私達は、もう少し地下室を調べますので」

「はい、分かりました」


 取りあえず、私はそう返事をしておく。


「ルノア、少しこちらへ」


 リリさんがそう言うと、ルノアさんがリリさんに顔を寄せていった。リリさんが、ルノアさんに耳打ちをする。一瞬だけ、ルノアさんの顔が険しくなったけど、すぐにさっきまでの柔らかい表情になる。


「では、行きましょう、ルナさん」

「はい」


 ルノアさんに先導されて、二階まで上がっていく。


「リリさんはどうされたのでしょうか?」

「少し調べないといけない事があるらしいですよ。時間が掛かるかもしれないので、私達に別の場所を探して欲しいと言っていました」

「そうですか……」


 多分、私には秘密にしておきたいことがあるんだと思う。聞き耳を持つ私でも聞こえない声だったから、それが、何なのか分からないけど、問い詰めることはしない方がいいのかな。

 私とルノアさんは、二階の捜索を始めようとすると、別の騎士さんに出会った。この人は見た事がある。確か、アザレアさんだ。


「副団長!」

「ルノア、団長はどこに?」

「地下にいます。副団長も来て欲しいとおしゃっていました」

「分かりました」


 アザレアさんは、私に微笑みながら、頭を撫でて降りていった。何で私の頭を撫でたんだろう?


「さて、私達も頑張らないとですね」

「はい!」


 ルノアさんと一緒に二階を歩いていく。


「この部屋から調べます。アトランシア卿に関係ありそうなものを見つけたら、知らせてください」

「分かりました」


 私達が最初に入った部屋は、書斎だった。部屋自体はそれほど大きくないけど、本の量がえげつない。


「……頑張りましょう」

「……はい」


 ルノアさんも同じ事を思ったのか、声に元気が無くなっていた。とにかく、頑張って探さないとね。書斎にある本の背表紙を見て、怪しいものを手に取っていく。この作業が意外と大変だった。


 ────────────────────────


 ルナが階段からいなくなった後、リリウムは、険しい顔をしていた。


「死後、一時間程でしょうか?」

「恐らくそうだと思います。死因は、殴打による脳の損傷かと。凶器は、これですね」


 騎士の一人が、近くに落ちている棍棒のようなものを拾い上げる。その傍には、身体が鱗に覆われたがあった。


「こちらは、恐らくアトランシア夫人かと……」

「つまり、自分の妻と子供を殺したということですか……」


 リリウムがルナを地下室の中に入れなかった理由はこれだ。仄かに香ってくる血の匂いを感じ取ったので、ルナを近づけさせなかったのだ。


「向こうに置いてあるのが、ルナさんの言っていた檻ですね」

「証言は、正しかったということですね」

「ええ……」


 リリウムが、細かい調査を行おうとする直前に、アザレアが地下に降りてきた。


「団長」

「アザレア、ということは、ルナさんに会ったということですね」

「はい」

「ルナさんは、どうでしたか?」

「少し怪しんではいましたが、気が付いてはいません」

「なら、良かったです」


 アザレアが来たということは、伝言を頼んだルノアと会ったということ。それは、一緒にいるルナにも会ったことを指している。


「少し過保護では?」

「まだ、ルナさんがどのような方かを、全て把握したわけではありません。これで精神的にショックを受ける可能性もあるでしょう」

「それは、そうですが……」

「それよりも、これをどう見ます?」


 リリウムは、二人の遺体を見ながらそう言う。アザレアもその惨状を見て、顔を歪める。


「安易に考えるなら憂さ晴らしかと」

「変異している方を子供だとすると、子供を憂さ晴らしで殴りつけ、母親が庇いにいった。それも構わず、殴り続けた結果、というわけですか……」

「あくまでも、想像に過ぎませんが。これは、アトランシア卿に直接確認を取った方が良いかと」

「そのために、アザレアを呼んだのです。すぐに確認を取りに行って下さい」

「はっ!」


 アザレアは、地下室から出て行き、取調室がある駐在所に走った。


「はぁ……困ったことになりましたね……」


 リリウムは、そう呟くと、地下室を隅々まで見に行った。他にも隠されたものがあるかもしれないからだ。その足取りは重い。

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