第九十三話 五対一の訓練
放課後――訓練所に向かった俺は模擬戦用のロッドを借り、装備は学園で購入できる中級の防具に変えた。
呪紋という防御手段があるのだから、仲間の防具を優先して強化したい。そして俺の『筋力』自体はクラスでは高くても怪力というほどじゃないので、装備の重量は軽くなくてはならない――防御力と重量条件、双方を満たす防具素材が欲しいところだ。
「お待たせしました、神崎君」
「神崎先生、今日はよろしくお願いしまーす」
伊那さんと
「神崎先生って、後衛職……ですよね? 近接戦闘も得意って、何か経験されてたんですか?」
「社さん、その先生っていうのは……」
「神崎君は杖術のようなものを習っていたのですか? それなら、私も打撃武器ですから通じるものがありますわね」
伊那さんは嬉しそうに三節棍を構える――トリッキーな武器なので
「遅くなってごめんなさい」
「神崎様、準備運動はお済みですか?」
雪理の声が聞こえて、彼女と坂下さん、黒栖さんの三人が入ってくる。
「……あっ、あの……今日は女の子しかいないので……い、いえ、玲人さんの他にはということで……」
黒栖さんは完成した『ワイバーンレオタード』をファクトリーから届けられ身につけていた。翼竜のひげで作った『ワイバーンリボン』は実戦用武器ということで持っておらず、模擬戦用のリボンを持っている。
「……いや、言葉もないくらい似合ってるというか……黒栖さんは新体操を、そんな感じの衣装でやってたのかな」
「い、いえ、もっとシンプルなもので……このレオタードは着心地がすごくいいです、上部なのに動きを阻害しないんです」
「黒栖さんにとても似合っているわ。私のスーツはいかにも戦闘用という感じがするわね」
「どこかの組織のエージェントのようですわね。私も人のことは言えないのですが」
「私みたいに軽装もいいですよ、二人とも。肌が出てるところに攻撃されると痛いですけどね」
社さんは短剣を構えてくるりと回って見せる――短いおさげも追従して、何というかダンサーのようだ。
「玲人も社さんのようなスタイルに興味があるみたいね……私ももう少し装備を軽量にした方がいいのかしら」
「坂下さんもナックル使いなので、だいぶ軽量にこだわってますよね」
「はい、スピードが生命線ですので。一撃のパワーを生み出すために体幹も鍛えております」
「あ、いいなー、体幹って鍛え方わかんなくて、自己流でやっちゃってるので」
「それは俺も鍛えてみたいな。後衛職が興味を持つのは良くないか」
「そんなことはないわ、あなたも興味があるなら……そうね、坂下がいつもしているトレーニングとなると、家に来てもらう必要があるけれど……」
「っ……お、お嬢様。それは、神崎様をお屋敷にお招きするということですが……」
女子四人、そして俺の視線が雪理に向けられる――いいのだろうか、そんな流れで家にお邪魔してしまっても。
「……トレーニングだけで帰ってもらうのも何だから、お茶くらいは用意するわ。それより、これからどうするの? 二人同士で軽く組み手からかしら」
「そうだな。よし、みんな俺に打ち込んできてくれるかな」
「えっ……ご、五人もいるのに、神崎君、いいんですか……?」
「ああ。それくらい捌けなきゃ『先生』とは言えないしな……なんて。黒栖さん、『転身』はしておいた方がいいな。行くよ」
《神崎玲人が強化魔法スキル『マキシムルーン』を発動 即時遠隔発動》
「あっ……そ、その、心の、準備を……」
黒栖さんに『マキシムルーン』を使ったときの反応は、やはり艶めいているというか――みんな顔が真っ赤になっている。天真爛漫そうな社さんが、むしろ一番恥ずかしがっているようだ。
「いつもこんな感じなんですか? 神崎先生のバディになると……え、えっち……!」
「エ、エッチとかそういう言葉は控えめにするべきですわ。神崎君のような紳士に対して……そうですわよね?」
聞かれてもなんとも答えにくい――俺が人から魔力をもらったらどうなるか、体験したことがないからだ。なんていうのは言い訳だとわかっているが。
「……社さんの言うことも分からなくはないけれど。玲人に魔法を使ってもらうと、そういう感覚はあるものね……」
「お、お嬢様……そのように赤裸々な……」
「で、では、いきます……『
《黒栖恋詠が特殊スキル『オーバーライド』を発動》
《黒栖恋詠が魔装形態『ウィッチキャット』に変化》
黒栖さんの足元から光の輪が現れ、彼女の姿が変化していく――猫耳に尻尾、そして猫の手。すでにみんな見たことがあるが、固唾を呑んで見守っている。
「……準備、完了です」
「あぁもう、可愛すぎませんかこれ!? 黒栖さんって変身ヒロインなんですか!? いいなー、私もそれやりたーい!」
「社、願望に正直すぎますわ。彼女はそういったスキルを覚える職業なのです」
「それは分かってますけど……あ、そろそろ切り替えないとですね」
社さんの空気が変わる――まだ短剣を抜いてはいないが、その間合いは見た目よりも広いと感じる。瞬時に俺まで攻撃を届かせる、そんなスキルを持っているのだろう。
(こういう『勘』も、ゲームでの経験が役に立ってる。他プレイヤーの射程は、何となく気にして見てたからな……)
「タイマーのスイッチを入れたら、十秒後から始めるわよ」
貸し切り状態なので、訓練所全体を広く使える。五人は隊列を組むわけではなく、横一列に並んで俺と対峙した――さて、誰から来るか。
《神崎玲人が強化魔法スキル『マルチプルルーン』を発動》
《神崎玲人が強化魔法スキル『ウェポンルーン』を発動 即時発動》
《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動 即時発動》
「こ、これ……っ、魔法とかのスキルって詠唱とか普通しますよね? 先生、何もしてないのに光る文字みたいなのが出てるんですけど……っ」
「身体が軽い……神崎君の魔法なんですの……?」
呪紋の発動に必要な魔力文字や図形は隠蔽することも可能だが、普段とくに隠したりはしていない。隠蔽するとオーラの消費が多くなるのと、威力も小さくなる――
「俺の詠唱は、指で描くことでも発動する。魔力は空間に軌跡を残すから、空中に描くこともできる――それを何度も繰り返していると、『描く』というイメージだけでスキルが発動するようになる、んだけど……」
自分でもふわっとした説明だと思ったが、皆は感心してくれているようだった。世が世なら中二病と言われているところだろう。
「それって無音詠唱ってやつですよね……じゃなくて、無文字詠唱?」
「まったく、感嘆するしかありませんわね。私たちと同い年で、どれほどの研鑽を……」
「そう……だから、五人を相手にするというのも本気で言っているのよ。こちらも少しでも、彼の本気を出させないと」
こうして雪理と対峙すると、改めて思う――可憐にして高潔、そんな彼女に強者として認められていることは、光栄でしかないと。
雪理が言っていたタイマーのスイッチが入る。電光掲示板にカウントダウンの数字が表示され――それがゼロになった瞬間。
「――っ!!」
《折倉雪理が剣術スキル『ファストレイド』を発動》
瞬時に距離が詰まったかのように錯覚する、そんな速度の踏み込み。俺は魔力を帯びたロッドで受けるが、雪理は立て続けに技を繰り出してくる。
「――そこっ!」
《折倉雪理が剣術スキル『コンビネーション』を発動》
受けるたび剣戟の音が鼓膜を震わせる。目にも留まらぬ三連――前に見せた技はそのはずだが、最後の一撃は前よりも大振りで、見逃せない隙ができる。
(――違う、これは……!)
「はぁぁぁっ!!」
《坂下揺子が格闘術スキル『コンボカウンター』を発動》
雪理の
「おぉぉっ……!!」
《神崎玲人が強化魔法スキル『プロテクトルーン』を発動 即時発動》
「なっ……!」
確実に入ったという手応えがあったのだろう、しかし坂下さんの拳を俺は左手――ロッドを持たない素手で受けた。
《神崎玲人が特殊魔法スキル『フェザールーン』を発動 即時遠隔発動》
「くっ……!」
坂下さんの足元の床が羽毛のように変化する――軸足のバランスを崩せば、電光石火で繰り出される彼女の連撃を防ぐことができる。
「やぁぁぁぁっ!」
だが坂下さんに追い打ちはできない、伊那さんと――社さんが気配を殺して俺の死角に回っている。
(だが、それは間に合う……!)
《伊那美由岐が棍棒術スキル『飛翔棍』を発動》
ロッドを繰り出し、伊那さんの遠い間合いから繰り出される三節棍を弾き飛ばす――死角からの攻撃を防がれることは予想外だと、彼女の眼が言っている。
「――ふっ!」
《社奏が短剣術スキル『クァドラブレード』を発動》
(これは前に見た『クロススラッシュ』以上の技……さすがだな……!)
二刀流の短剣から繰り出される四連撃。通常ならば受けることは至難だ――だが。
《神崎玲人が特殊魔法スキル『イミテーションシェイプ』を発動》
「えっ、ちょっ……!!」
相手の動きを『図形』と解釈し、模倣する魔法。ステータス差がなければ押し切られるが、『クァドラブレード』をロッド一本で返し切る。『スピードルーン』を入れた速さが社さんの倍でなければ失敗する、そんな賭けではあった。
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