第六十六話 始まりと因子

「レイト、私に憑依していた魔物……悪魔デーモンはどうなったのデスか?」

「俺が持ってる錬魔石に、仮封印してあります。目的を聞き出すために、消滅させるわけにはいかないと判断を……」

「敬語は使わなくて大丈夫デス、レイトとセツリは私の恩人ですので」

「……そう言ってもらえるなら。悪魔は俺が封印したけど、話を聞くときは安全を確保してからになる。ウィステリアが立ち会いたいなら、同席してもらうこともできるよ」

「そんなことまでできるのデスね……封印した悪魔を従わせる、そんなスキルを持っているのデスか?」

「本職の魔物使いじゃないけど、近いことはできるっていうだけだ」

「……興味深いデス。でも、ライバル校の情報は、チームメイトには話さないデス。そこは安心してくれて大丈夫デス」

「この人は、そういう次元じゃないから。事前に話を聞いていたからと言って、彼に勝てる人はいないでしょう」


 あまりに雪理がはっきり言うので、横にいる俺が照れてしまう。ゲーマーなら『無敵』『無敗』という言葉に憧れることもあるだろう――無論俺もその一人だ。


 しかしおごるつもりはなく、自分が誰にも負けないとは思っていない。まだ、この現実リアルがどんな状況なのか、俺に何ができるのか、その全容が見えていない――ステータスは高くても、それだけで押し切れない局面もあるかもしれない。


『雪理様、そろそろ面会終了のお時間です」

「もうそんなに時間が……ウィステリアさん、あなたの今後については、ご両親とも連絡を取って考えましょう。愁麗山学園に戻ることが希望なら、そうできるように取り計らうわ」

「……私は魔物に憑依されていました。規則に従って、処罰を受けるべきデス」

「憑依されている間、他の誰かに危害を加えた……そういう記憶はあるの?」

「それは……私の意識はすぐ無くなってしまったので、分かりません。でも、私が知らない間のことも、私自身が責任を取って、償いをするべきデス」

「それは、違うんじゃないかな。俺たちの仲間の唐沢君も、魅了されて敵に回ったことを悔やんでいたけど……元はと言えば、悪いのは魅了を仕掛けてきた敵の方だ。ウィステリアの場合も同じだよ」


 これは俺の中ではっきりしていることなので、断定する。曖昧な言い方をしても、ウィステリアの自責の念を軽くすることはできない。


「……ありがとうございマス。ワタシずっと考えていて……身体を奪われているうちに、人を傷つけてしまっていたら。そうしたら私はもう、人のために魔物と戦うなんて言えないデス」

「あなたが憑依されているうちに何があったのか、その全ては分からない。けれど、悪魔に証言させることはできるかもしれない……私は、ウィステリアさんは被害者で、自分を責めることはないと思うわ」

「いえ、私が弱かったから、魔物に憑依されたのデス。もっと強くならないといけマセンね……レイトのようになんて、おこがましいことデスが」


 そんなことはない、と安易に言うことはできない。俺と同じ経験を人にさせるというのは、とても勧められやしない。


 この世界に難易度をつけるとするなら、客観的に見て壊れている。魔物が出てくることに人々は適応していて、けれど被害は確実にあり、魔物と戦うための学園では多くの生徒が学んでいる。魔物がいなかった俺の知る世界とは、根底的に違っている。


 だが、強くなることはできると思う。着実に経験を積み、生命の危険が及ぶような事態を避けてしたたかに生き延びる――そうでなくても、魔物と戦う以外でも訓練はできる。


「ごめんなさい、引き止めてしまって。今日は面会に来てくれて、ありがとうございマシタ」

「……退院の日までには、もう一度会って話しましょう。玲人、それでいい?」

「ああ。ウィステリア、最後に一つだけ……憑依していた悪魔が、何か言っていたことはあるか?」

「彼女が言っていたことは……それが、本当のことなのかは分かりマセンが。『これは始まりにすぎない』『ここに因子がある』というようなことを言っていました」


 その二つの言葉が意味するもの――少なくとも前者に関しては、朱鷺崎市、そして俺たちにとっては凶報としか言いようがなかった。


 市内全域における、複数箇所の特異現出。これが始まりに過ぎないというなら、あの悪魔の仲間がこの世界を脅かそうとしているというのか。


 病室を出て廊下を歩く間、しばらく俺たちは無言のままでいた。


 ロビーで坂下さんと唐沢と合流する前に、雪理は立ち止まり、俺を見る。


「……彼女も言っていたように、強くならないといけない。そうでないと、大切なものを守れないから」

「ああ……そうだな。強くなるにはどうすればいいか、考えながら毎日を過ごさないと」

「やっぱり私は、あなたに会いに行ってよかった。あなたと出会わなかったら、私はここにいられていないし……自分が強くなるための方法も、上手く見つけられなかったと思うの」

「……そうかな。雪理は俺に会わなくても、出会ったときから十分強かったよ。けど、俺がこれから教えられることも沢山あると思う。才能の塊みたいだからな」

「そういう恥ずかしいことを、真顔で言えるのが、あなたの一番の才能かもしれないわね……なんてね」

「っ……」


 珍しく雪理が冗談を言うから、思い切り不意を突かれてしまう。


「こんな状況なのに、不謹慎かもしれないけど……こう思ってしまうの。玲人と明日はどんな経験をすることができるのかって」

「……それこそ、勘違いをする言い方というかだな」

「なに? はっきり言ってくれないと聞こえないから、もう一度言って」


 言ったら多分怒られるのだろうから、俺は黙秘権を行使するしかなく。雪理はそれが不満のようで絡んできて、坂下さんと唐沢には、微笑ましいものを見る目で見られてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る