第五十三話 レイドボス
スライム退治でエアのレベルを上げられるだけの経験点が貯まると、次の行き先が示された。基本操作は俺が知っている通りだったので、エアが練習しているところを見守りながら進んでいく。
やがて、石作りの巨大な門が見えてきた。俺が知っている『アストラルボーダー』とはオブジェクトの位置や造形が違うように思うが、おおむね雰囲気は一致している。
《始まりの都市ネオシティにようこそ》
ネオシティはアストラルボーダーの初期拠点となる都市の一つだ。全てのプレイヤーが同じ街の近くからスタートするわけではなく、ランダムに10個の拠点のいずれかが選ばれる。俺とエアはログインする前にアカウントをリンクしたため、同じ場所に出られた。
「お兄ちゃん、レベルってどこで上げたらいいの?」
「レベル10までは、この町にいる
「そうなんだ。私の職業は『初心者』ってなってるけど、お兄ちゃんは?」
「俺は『経験者』だけど……一応、特典はあるみたいだな」
レイト 男 レベル:1/100
ジョブ:経験者
HP:98/100
OP:50/100
筋力:70(F)
体力:70(F)
教養:90(F)
精神:90(F)
魔力:80(F)
速さ:70(F)
魅力:80(F)
幸運:60(F)
通常スキル
なし
SPスキル
なし
残りスキルポイント:10
ステータスの初期値はある程度ランダムだが、最低で50なので、レベル1でこの値は決して低くない。魔法系が高いのは、俺の適性を見てくれているのか何なのか――それにしても、ステータスだけで無双はできない値だ。
スキルの欄にも何もないのに、使うことができたのは何故か。クローズドテストの参加特典ということか、それともバグのようなものなのか。後者だとしたら、バグ報告の必要があったりしないだろうか。
『呪紋創生』を試してみたらどうなるか――エラーが起きそうな気がするし、運営に感知されたらどうなるか分からない。
あえて自分の特異性を主張することで運営と接触できる可能性はあるが、問答無用でBANされるということもありえる。
(まあ、通常スキルの範囲なら使っても大丈夫か……? 問題があったら、運営が何か言ってくるよな)
「お兄ちゃん、見てみて。ラクダ……? みたいな動物が歩いてる。可愛いよね」
考えごとをしながら歩いているうちに、町の外から行商人が騎乗用の動物に乗って入ってきていた。あれはパカパカというやつで、歩く時にもパカパカと
「アルパカがモデルらしいけどな。あの種類だとそんなに早くないけど、乗って移動するぶんには便利だぞ。荷物持ちも得意だしな」
「そうなんだ、私も乗ってみたいな」
「多分クエストで一頭手に入るから、それで乗り心地を試すといいかもしれない」
「本当? わー、早く乗ってみたいな。初めてでも乗れるかな」
「あまり先のことを色々教えすぎない方がいいか? ネタバレって感じもするし」
「ううん、教えてもらうのも楽しいよ。お兄ちゃんと一緒だから」
自分が経験者だからと得意になっていないかと自省したが、妹はそんなことは全く気にしていなかった。
「……できればお兄ちゃんが良かったら、毎日一緒にしたいな。駄目?」
「駄目ってことはないが、今日のところはレベルを上げるまでにしないか。もう十二時近いしな。宿題とか終わってるか?」
「ゲームする前に終わらせちゃったよ。お兄ちゃんは?」
「今日は課題自体が出てないな。次回の授業からって言われたけど」
「じゃあ、もうちょっとだけ。あと三十分だけだから。お願いお願い」
「分かった分かった。二回言わなくても大丈夫だ」
「お兄ちゃんも二回言ってるよ」
エアはしてやったりという顔で言うと、町に入っていく――ゲームとはいえ体力の減少があるので、走りすぎるのは良くないのだが。
俺の『ヒールルーン』が使えるといっても、OPの限界が低いので、あと一回使うと疲労感が出てくるだろう。デスゲームと今のような普通のゲームでは、疲労の感じ方には違いがありそうだが。
《
《
(草原の暴走者……あのモンスターのことか? あれも立派な初見殺しのはずだが……)
「お兄ちゃん、ぜひご参加くださいって。まだ私たちには早いかな?」
βテストが始まってからまだそれほど時間が経っていないが、効率重視のプレイヤーはすでにレベル5以上まで上げているように思う。
俺と同じように『クローズドテストを経験した』とされているプレイヤーは、このゲームの序盤について情報を持っていてもおかしくない――デスゲームからログアウトしてここに至る、という人がそうそう他にいるとも思えないのだが。
「そうだな……せっかくだし、様子を見に行ってみるか」
「うん。あ、このあたりのマップが見られるんだ。この赤いのが暴走してるみたい……すっごく元気に走り回ってる」
「俺が知ってるのと同じなら、イノシシみたいなモンスターだからな。10レベル以下でタックルされると一発でアウトだが、β版で弱くしてあるならもう少しマシかな」
「一回当たっただけで駄目なの? ……避けるのって難しい?」
「俺が知ってる限りだと、かなり難しい。レベルが高くても、油断してたら当たるくらいだから」
「そんなのとどうやって戦うの? ちょっとずつ叩いてダメージを与えるとか?」
「その通り。レイドボスっていうのは、大勢で戦うのが前提のモンスターなんだ。ソロで倒せる難易度にはなってない……つまり、参加した全員で勝てばいいわけだ」
英愛は感心したように頷いている――しかし、やはり一撃死もありうるというのはプレッシャーがかかったようで、見るからに緊張してる様子だ。
俺としても、ゲームであることを確認しているとはいえ、VRMMO内で戦闘不能になることにはやはり抵抗がある。1パーティ限定ならいざ知らず、プレイヤー全員を対象にしたレイドボスとなると、戦闘途中で脱落者が出るのは無理もないのだが。
考えつつ、ネオシティの西側に広がっている草原に向かう――すると、『草原の暴走者』が出現したときに近くにいたプレイヤーが戦闘に入っていて、悲鳴じみた声がすでに聞こえてきていた。
「うぉぉぉぉ、めっちゃはぇぇぇ!」
「マジかよ、あのパーティ体当たり一発で吹き飛んだぞ!」
「こ、こっち来るっ、待って……きゃぁぁっ!」
《草原の暴走者が強化スキル『猪突猛進』を発動》
《草原の暴走者が攻撃スキル『パワーチャージ』を発動》
《プレイヤー累計23名が戦闘不能 ホームに転送されます》
(少し装備を整えて、レベルも上げただろうプレイヤーが一撃か。相変わらずだな……)
巨大なイノシシの姿をしていて『
《賞金首の
「お兄ちゃんっ、透明な壁ができて逃げられなくなっちゃった……!」
「今メッセージが出た通り、ある程度ダメージを与えないと逃げられないんだ。厳しい相手だが、チャンスはなくもない」
レイドボスのライフをレベル1のプレイヤー二人で削りきるのは現実的ではない。条件を満たして逃げることができれば、ダメージ順位によるMVP判定には参加できる。
「チャンスがあるなら、頑張ってみたいな……私にもできることがあったら教えて」
「エア、俺にあのイノシシの注意を向ける。突っ込んでくるだろうから、そうしたら後ろから思い切り攻撃してやってくれ」
「う、うん……でも、レベル1の私じゃ、ちょっとしか効かないんじゃない?」
「魔物には弱点がある。そこに弱点属性で攻撃をするとどうなるか……面白そうじゃないか?」
「……ドキドキするけど、面白そう。駄目だったらレベル上げしようね、お兄ちゃん」
「ああ。行くぞ!」
《レイトが攻撃魔法スキル『フレイムルーン』を発動》
「――グモォォォッ!」
イノシシの胴体に炎弾がヒットする――このイノシシの厄介なところは、頭部から腕、胴体などが装甲に覆われていて、なかなか攻撃が通らないところだ。
そして一度怒ると手がつけられない。俺の残りのOPは40、現実と違ってレベルの高いスキルは使えない――しかし。
《草原の暴走者が攻撃スキル『パワーチャージ』を発動》
《レイトが強化魔法スキル『スピードルーン』を発動》
「うぉぉぉっ……危ねぇ……!!」
覚悟はしているつもりだったし、死ぬような攻撃を回避するのも慣れているつもりだった――ゲームの中の方がステータスが低いこともあり、『スピードルーン』を使わなければ即死だった。さすが
しかしギリギリまで引きつけて回避に成功し、巨大イノシシは俺のすぐ傍を通り過ぎて、方向転換のために減速する。地面がガリガリと削られ、草が舞い上がっている。グラフィックは超をつけてもいい高品質だが、
(この一回で俺は気絶するかもしれないが……エアの攻撃でダメージがどこまで出せるか……!)
《レイトが強化魔法スキル『エンチャントルーン』を発動 付与魔法『フレイムルーン』 遠隔発動》
詠唱がゼロにならない――だが間に合う、高速詠唱レベル1が効いている。
「エア、攻撃をヒットさせたら逃げろっ!」
英愛の持っている木の枝が、炎の魔力を纏う。VRMMOはここで思いきれないことも多い――ここぞというときに、メンタルの影響が操作に反映されてしまう。
「――やぁぁぁぁっ!」
しかし英愛は、勇気を出して役割を果たしてくれた。炎の魔力をまとった一撃が巨大イノシシの後ろからヒットする――後ろから攻撃するのが初心者には難しいだけに、その弱点ボーナスは目に見えて大きなものだった。
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