第三十五話 災害指定

 学園正門前広場を通ると、正門近くにいる先生に見られる可能性がある。相手の視線を遮断するスキル――本来視線を受けると発動するスキルの類を防ぐために使えるものだが、それが今役に立つ。


《神崎玲人が特殊魔法スキル『ミラージュルーン』を発動》


《神崎玲人が特殊魔法スキル『サイレントルーン』を発動》


 探知系のスキルを使われれば居場所がバレるようなものだが、先生がこちらに注意を向けていればの話だ。さらに足音を消してしまえば、近くに高レベルの『忍者』などがいない限り見つかることはない。


 普通科と冒険科は壁で区切られていて、門からしか入ることができない。壁は実際の高さより上まで結界が張られていて、スキルが使えても容易に飛び越えたりできないようになっている――しかし。


(サイレントルーンを解除しても、一瞬で抜ければ大丈夫だろう。ここで『呪紋創生』までする必要はない)


《神崎玲人が特殊魔法スキル『ステアーズサークル』を発動》


 特殊魔法がレベル7まで上がっているおかげで、飛躍的にできることが増えている。


 『ステアーズサークル』は空中にオーラでサークル状の紋様を発生させ、それを足場とすることができる。階段ステアーズの名の通り、階段状に配置すれば、どんな高さでも駆け上がれる。


 自分の運動能力を鑑みて、空中に二つ床を作るだけで十分そうだ。地上から飛び上がり、空中で二度紋様の足場を飛び移り、最後はベリーロールで壁の上空を通過する。


 着地するときには『フェザールーン』を使い、トランポリンのように弾む地面に受け止められ、再び『サイレントルーン』に切り替える。『スピードルーン』を使わなくてもかなりのスピードで走れるため、それこそ忍者にでもなったような気分だった。


 『生命探知』で、校舎に多くの生徒が残っているとわかる。グラウンドを含めて外に人はいない――警報が解除されるまでは待機するという方針なのだろうか。


 本来なら、俺も先生の指示に従って行動するべきだろう。しかし病院で目を覚ましてから今までで、一定の見極めはできている。


 特異現出で現れたオークロードを倒し、学園において自分の力がどれくらいの位置にあるのかを確かめた今――他の皆と足並みを揃える一方で、俺は俺なりに考えて動かなくてはいけないと思う。


 木人を相手にレベル1のスキルを使った時点で、その指針は決まっていた。自分の力を抑えて見せるべき場面ではそうするし、必要なときは迷いなく全力を尽くす。


 どちらも俺の考えで、そこに矛盾はない。もし『特異現出』に鉢合わせたとしても、俺のやるべきことは一つ――人が死ぬところは見たくない、勿論俺も死ぬわけにはいかない。


 普通科校舎の西側にある塀が見えてくる――同じ方法で空中を駆け、塀を超えて飛び出すと、そこには下り傾斜の林が広がっていた。


《神崎玲人が強化魔法スキル『アクロスルーン』を発動》


《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動》


 足場の悪い地形を踏破するためのルーン『アクロスルーン』を使うと、障害物の多い林の中で『スピードルーン』を使っても、樹木にぶつかる心配をすることがなくなる。


 それどころか、ありとあらゆる地形を最短経路で切り抜けられるようになる――林を抜けたあとは舗装された道に出て、走るスピードはさらに加速する。


 警報が出ているからか、自動車は路肩に停まっていて、道がガラガラに空いている。進行方向に誰かがいたら『ミラージュルーン』を使って切り抜ければいい。


 風峰学園附属中学まで3キロという標識が出ている。それに従って走り続けて――下りのカーブを抜けた先に見えたものは。


 中学校から周辺の住宅街までの上空に現れた、黒い渦のようなもの――街のどこかしこから立ち上る煙、鳴り響くサイレン。


「――英愛っ!」


 現実リアルが『アストラルボーダー』に侵蝕されてでもいるかのようだと、そう思ったときに、頭の端ですでに考えてはいた。

 

 街中でオークロードが出現することがあり、人を襲う。そんな状況が起こりうるこの世界では落ち着いて暮らすことさえできないんじゃないのかと。それなのに、魔物に怯えるばかりではなく、人々は暮らすことができている。


(風峰学園のような学校が全国にある……魔物を討伐することで高額の報酬が出る。それは、魔物に対抗するための戦力が不足してるからじゃないのか?)


 今までは、討伐隊が対処することで間に合っていて、だからこそ人々に怯えている様子が無かっただけなのだとしたら。


 『特異現出』が複数の場所で起きたとき、討伐隊がその全てに対処しきれなかったとしたら――。


「っ……!?」


 前方で煙が上がっている。機関銃を搭載したバギー車に無数の槍のようなものが突き立っていて、運転席にいる人が負傷している。


「――出雲さんを残しては行けませんっ!」

「馬鹿野郎、奴は災害指定個体ディザスターだぞ! このままじゃ全員やられる……っ!」


 女性と男性が言い争う声。バギーの中にいるのが出雲という人か――生命探知の反応はあるが、このままではまずい状態だ。


「スキルで強化した機関銃の掃射でもビクともしなかったんだ、もう一度狙われたらひとたまりもねえ……ここでお前が死んだら出雲さんにも顔向けできねえんだよ!」

「っ……それでも、私は……」

「――うぁぁぁぁぁっ!」


《ランスワイバーン1体と遭遇 空中奇襲》


 集中が違う段階に入る。自分以外のすべてが遅く知覚される。


 前方の上空。高度が高く、豆粒ほどにしか見えなかった『それ』は、まばたきの間に急降下し、その翼から槍のようなものを降り注がせようとしていた。


《ランスワイバーンが攻撃スキル『ランスエアレイド』を発動》


 身体を装甲に覆われた、翼があるドラゴンのような生物――その翼には骨でできた槍を射出する器官がある。


 『アストラルボーダー』で何人ものプレイヤーを死に追いやった最悪の中ボス――空中の魔物に対して大ダメージを与える手段は限られているのに、重爆撃機のような攻撃を一方的に連発してくる、理不尽の象徴のような存在。


 おそらく討伐隊の制服なのだろう、軍人のような服装をした女性がワイバーンに向かって銃を構えているが、もう一人の男性が身を呈して助けようとしている。


 ――ワイバーンの攻撃が通れば終わりだ。


 また俺の前で人が死ぬ。それだけはさせない――最速で割り込み、最短でワイバーンを倒して、英愛のもとに向かう。


《神崎玲人の『強化魔法』スキルが上位覚醒》


《神崎玲人が未登録のスキルを発動》


 雪理と戦ったときと同じ――『呪紋創生』に連動して、俺が持っているスキルが必要レベルまで上昇する。


「っ……!」


 男女とバギーの上に正方形の呪紋が現れ、降り注いだランスは空中で弾かれて地に落ちる。弾かれる際の衝撃は、俺にフィードバックする――他者を守るバリアを作り、ダメージを自分に分配する、いわば捨て身の盾だ。しかし俺が感じる痛みは最小限に抑えられている。


 強化魔法スキルレベル6『スクリーンスクエア』。


 俺に分配されたダメージを減衰させる『エンデュランスルーン』――そして。


「――グガァァァァッ……!!」


 相手の攻撃を反射する『カウンターサークル』。その三つを組み合わせることで、攻撃と防御を兼ねた盾を作り出した――空中のワイバーンは『ランスエアレイド』の反射ダメージを受けるが、辛うじて高度を維持する。


「あ、ありがとう……あなた、その制服……」

「お前……今、一体何を……」

「話は後です! 車に乗ってる人を降ろして避難してください!」

「っ……分かった……!」


 男性は気を取り直すと、バギーの運転席から負傷した人を担ぎ出す。俺がワイバーンの攻撃を防いだこと、カウンターでダメージを与えたことを察してくれたのだろう――学生服姿の俺がそんなことをしたなんて、そうそう信じられることでもないと思うが。


 あとは一対一――パーティでワイバーンを討伐した経験ならあるが、サポート職一人で戦うなんて本来なら正気の沙汰じゃない。


 だが俺の知る通りなら、ランスワイバーンを討伐するレベル帯は25前後――これでも、まだ前半の中ボスレベルに過ぎない。


 そして、飛竜系の魔物に会えるものなら会っておきたいとも思っていた。『呪紋師』にとってキーとなる、重要な素材を落とすからだ。


「人を見下ろすのが好きみたいだな……すぐに地面に降ろしてやるよ」

「――グォォォォォッ!!」


 大気を鳴動させる咆哮――これも『サイレントルーン』で防ぐことができる。自分の周囲の音を遮断するスキルで、魔物の咆哮も俺には届かなくなる。


 ワイバーンは俺に咆哮の効果が通ったと思ったのか、ブレスの溜めに入る――俺はそれを迎え撃つために、瞬時に新たな呪紋の図案を練り上げた。

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