第11話 お金の話をしよう
「結局俺はどれぐらい眠っていたんだ?」
「三日ほど」
「マジか、大分眠ってしまったな」
「あの後で毒の解析をしたら夢魔の毒だと分かった。それで三日なら運がいい」
近況を確認するやり取りをしながら勇者太郎とラスボス子は廊下を歩いていた。
ラスボス子いわく、勇者太郎が眠っている間、王国に不可侵条約を結ばせるための作戦の準備を進めていたらしい。
「実行するかはあなたに決めてほしい」
研究室に入るとなんだかベタベタしたものにまみれた幼馴染剣士が出迎えてきた。
「あ、勇者太郎、目が覚めたんだ」
「お、おう……? どうしたんだ、その恰好?」
「いやね、ラスボス子様の研究のお手伝いをしていたのよ」
(ラスボス子様……? いつのまに主従関係に……)
自分が眠っている間にいったい何があったのだろうと勇者太郎は首をひねったが、今は様子を見ることにした。
「それで、耐久テストはどうだった?」
ラスボス子はベタベタした幼馴染剣士に声をかけた。
「バランスとしては8番目がベストだと思うわ」
「なるほど、ありがとう。それじゃ勇者太郎、私の作戦を話すわ」
「おう」
「まずはこれを見てほしい――カモン、スライム、タイプコインメイカー」
そういうとラスボス子は詠唱し、一匹の小粒なスライムを呼び寄せた。
スライムは勇者太郎に目標を定めると、ぴょんぴょんと距離を詰め、力を貯めて体当たりを放った。
「おっと」
ぺちんと勇者太郎は腕でスライムの体当たりを受け止める。
ある程度の重量は感じたが、正直痛くないと勇者太郎は首をひねった。
「……王国に不可侵条約を飲ませるために、こいつがどう活躍するんだ?」
「それは倒してみてからのお楽しみ」
余裕のある笑みを浮かべてラスボス子は勇者太郎を促した。
ふわりとした笑みはとても魅力的で勇者太郎はよくよく見ようとしたが、スライムが全力で体当たりをし邪魔をしてくる。
勇者太郎はスライムへのヘイトを高めた。
「いいのか?」
「ええ」
「じゃあ、遠慮なく」
(王国に不可侵条約を結ばせるための研究成果だ。きっと耐久性は高いにちがいない)
勇者太郎は全力でスライムを殴った。ヘイトがたまっていたからちょっと力が入った。つまりは限界を超えた。
ぱぁんとが割れる音がして、スライムが一瞬ではじけ飛び、あたりはベタベタしたもので塗りつぶされた。
勇者太郎はあまりの手ごたえのなさに思わずつんのめった。
「おおっと!? なんだこいつめちゃくちゃ弱いぞ」
勇者太郎は戦闘に勝利した。
お約束のお金も飛び散り、あたりは物凄くごちゃごちゃになった。
「それでいいの。……それにしてもちょっとやり過ぎ」
見ればラスボス子もスライムでベタベタになっていた。
勇者太郎は素早く、謝った。
ややあって、各々服に着いたスライムをふき取ったあと、勇者太郎は改めてラスボス子に尋ねた。
「それで、この子供でも倒せそうなスライムがどういう理由で王国に不可侵条約を結ばせることにつながるんだ?」
「このスライムは自己分裂で勝手に増え、自己生成で体内にこちらが設定した通貨を作っていくという特性があるわ。……その特性を使って王国の通貨を増やす」
「ん? ちょっと待った。それじゃ相手に塩を送っているだけじゃないか?」
勇者の指摘に、ラスボス子は首を振った。
「あなたは知っているかしら? なぜ魔物を倒すとその国の通貨が手に入るのか」
「いいや。気にしたことはなかったな」
言われてみれば不思議だ。敵を倒すとお金が手に入る。この世界の常識なのに勇者太郎はその理由を知らなかった。
「実はそれ、魔界では始まりのラスボスの呪いと言われているわ。ラスボス側の攻撃なのよ」
「え、ラスボス子どういうことだ?」
「勇者太郎、あなた王国で勇者としての支度金はもらった?」
ラスボス子の言葉に勇者太郎は旅立ちの日を思い出した。
『支度金100Gとヒノキの棒、それで魔王を倒してこい。防具は支度金で揃えるがよい』
『おい、兄ちゃん。100Gじゃ鍋の蓋すら変えないぜ』
『宿屋にお泊りですか。一泊150Gになります』
『リンゴ一個100Gだよ』
あの日、勇者太郎は世間に泣いた。
そのことを勇者太郎は笑いながらラスボス子に伝えた。
「――と今となっては懐かしい笑い話だが、相当ひどい話だよな」
「ええ、本当に。でも昔は本当に100Gで防具が揃えられたの」
「そうなのか?」
「私が子供のころね。当時のラスボスがお父さんで、よく人間界のニュースを読んでいたから覚えているわ」
ということは200年以上前かとはさすがの勇者太郎も言わなかった。
この男、空気はある程度読めるのである。
「それで昔より防具の値段が上がった原因ってもしかして……」
「そうよ。始まりのラスボスの呪い、敵を倒して通貨が入手できてしまうことで起こる通貨総数の肥大化……インフレよ!」
ラスボス子は誇らしそうな笑顔を浮かべた。
その表情がとてもかわいかったので、勇者太郎は一瞬、抱きしめたい衝動に駆られ、水をさしてはならないと全力でそれを押さえ付けた。
「い、インフレですって!? あのドイツやジンバブエドルのインフレ!? ファンタジーなのに!?」
なぜか幼馴染剣士が驚いた。ドイツや、ジンバブエドルが何なのか知らないが、彼女がおかしなことを言うのはいつものことなので勇者太郎はスルーした。
ただ、幼馴染剣士の様子から察するに、その状態になると防具の値段が上がっていく以上に相当ひどいことになるのだろう。
「なるほど、このスライムを使ってそのインフレっていうのを悪化させるんだな」
勇者太郎はラスボス子の考えを少し読み取った。
ラスボス子は勇者太郎の言葉にうなずいた。
「ええ、でもそれは第一段階。そして次の段階では――――」
そうしてラスボス子は悪い笑みを浮かべながら、作戦の全貌を勇者太郎に話していった。
インフレが悪化した時の王国民への対策も盛り込まれていたので、勇者太郎は作戦の決行を承諾。それと同時にラスボス子を絶対に怒らせないようにしようと心に誓ったのだ。
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