第7話 返事をしよう
「これ、どうするかな」
改めて婚約をしなおした日から一週間が経った、勇者太郎は謁見の間に積み上げられた祝いの品を見上げ、一人呟いた。
実家の勇者の村から届いた部屋いっぱいの木箱、中身は言わずもがな野菜である。
勇者の村は勇者が個人的な資金をやりくりして三度の村焼きから復興した経緯がある。
村人全員が勇者に感謝している、この木箱はその結果だった。やや空回りしているのは否めないが。
(芋なんて、毎日食っても三年分はありそうだ)
「とりあえず、倉庫に回してもらうか。カモン、ゴーレム」
そういって勇者太郎は手を叩くと、彼の足元から一メートルほどの緩い顔のゴーレムが何体も湧き上がってきた。
勇者太郎はラスボス子から権限の一部を借り、城の中限定でゴーレムを呼び出すことができるようになっていたのだ。
「せっせか♪」「せっせか♪」
「ありがとう、この木箱を倉庫まで運んでくれ」
「せっせか♪」「せっせか♪」
素早い連携で木箱を運搬していくゴーレム。
謁見の間を占拠していた野菜の木箱は見る間に倉庫に収められていった。
「せっせか!」
「助かったよ。それじゃまた何かあったら呼ぶから待機していてくれ」
「せっせか♪」
勇者太郎の言葉にゴーレムたちは床や壁の素材と同化していった。
ラスボス子が造ったキャッスルゴーレムは体内の設備を管理するために、ミニゴーレムを無数に用意している。
城の掃除、寝室の準備、食事、今のような雑事、肉体労働全般や簡単な事務作業ならミニゴーレムだけで事足りる。
「勇者太郎。純朴可愛い系神官が来ている……なにか至急の用件みたい」
ラスボス子が謁見の間にやってきて、勇者太郎に来客を伝えた。
一週間経って、多少落ち着いたが、彼女と話すとキスのことを思い出して勇者太郎はドギマギした。
「そ、そうか、今行く」
雑事も片付き、ちょうど手が空いたところだったので、勇者太郎はラスボス子とともに、来賓用の部屋へ向かった。
部屋に入ると、金髪で法衣を着こんだ女性、純朴可愛い系神官が待っていた。
「こんにちは、勇者太郎……王? さま」
「いらっしゃい、純朴可愛い系神官。呼びは勇者太郎でいい。正直まだ王っぽいことしていないし……それで至急の用って?」
勇者太郎の言葉に純朴可愛い系神官は一枚の魔法紙をとりだし、差し出した。
「これです。王国から教会機関を通じて勇者太郎さんの国に要請がきています」
勇者太郎は純朴可愛い系神官から紙を受け取り、内容を確認した
教会機関は新しい国を承認できる立場上、国対国の正式な文書のやり取りや会談には必ず中立の立場で見届ける役割があった。
「要請?……なになに、このたびはご建国おめでとうございます。貴国を我が王国を守る盾として、名誉ある従属国に迎えいれる運びとなりました。噂では国王殿は魔族と共に行動しているとのこと。どうか人間として正しき選択をされますよう――――なにこれ?」
勇者太郎の国は彼が知らないうちに勝手に王国の従属国という扱いにされていた。
ずいぶんな上から目線だと、勇者太郎は唇を尖らせたが、しかし、それよりも人間として正しき選択という文面が勇者太郎の琴線に触れた。
(ラスボス子と一緒にいるためにここまでやってきたんだ。仮にそれが人間として正しくなくても、俺の中では大正解なんだよ)
「翻訳すると、お前の国は俺の国、私と一緒はマジありえねえ。って感じかしら」
「ないな。それはない。純朴可愛い系神官、返事を頼めるか? うちの野菜と一緒に送り返してやる」
「えー……それなんですが……」
「勇者太郎殿ぉぉぉおおお!!」
もの凄い大声が外から聞こえてきた。
何事かと、勇者太郎たちが城のバルコニーから外の様子をうかがってみると、地平の果てまで人の群れ。いつの間にかキャッスルゴーレムは王国の軍に包囲されていた。
「お返事をぉぉぉおおお!! 伺いにまいりましたぁぁぁぁああ!!」
人の群れの最前列で兵士が一生懸命声を張り上げていた。
「勇者太郎、これを使って」
そういってラスボス子は勇者太郎にメガホンを渡した。
「おう、サンキュ」
そして勇者は音量を最大にして叫んだ。
「俺はぁぁぁ!! ラスボス子がぁぁぁ!! 大好きなんだぁぁぁ!!」
勇者の絶叫は地平の果てまで響き渡り、予期せぬ返事に地平の果てまで静まり返った。
ラスボス子は顔を真っ赤し、フードで顔を隠した。
「余裕があるときの大人びた表情が好きだぁぁぁぁ! 照れた時のつい顔を隠してしまう癖がたまらなくかわいくて大好きだぁぁぁぁぁ!!! いいか、お前らぁぁぁ、よぉく聞け!!! 俺はラスボス子と結婚したいんだぁぁぁ!! これが返事だぁぁぁ!! わかったか!!!」
ラスボス子は息も絶え絶えになっていた。
あと少しでのぼせあがりそうだ。
「残、念ですッ!」
なぜか先頭の兵士は勇者太郎と意志疎通が取れたようだった。
そのあと先頭の兵士は手を上げ、振り下ろした。
「勇者太郎は敵に回った! 撃てぇぇぇ!!」
バンと風切り音が辺りに響いた。
巨大な矢の波が勇者太郎たちに迫ってきていた。
「まじか!」
勇者太郎はとっさにラスボス子を抱えてキャッスルゴーレムの中に避難した。
「ちょ、ちょっとまってください!?」
遅れて純朴可愛い系神官も避難してくる。
彼女が場内に入るとほぼ同時に、大量の矢がキャッスルゴーレムにあたり、雨が振るような軽い音が場内に響き始めた。
「ふぅ、危なかった。ラスボス子、怪我はないか」
「……ばか、恥ずかしくて死にそう」
頬を膨らませるラスボス子。
あまりにかわいかったので、勇者太郎は思わず彼女の頭をなでた。
「わるいわるい。でも無事でよかった」
「もう……」
「あのー……御取込中すみません、いかがされますこの状況?」
決して空気を読めない訳ではない彼女だが、今はそれどこではないと二人の空間に割って入った。
「ん、それなら大丈夫よ――――オーダー、スタンディング」
そういうとラスボス子は手を伸ばし、魔力と命令をキャッスルゴーレムに送った。
軽い揺れと共に外の景色が変わる。
「おお!」
勇者太郎がそっと外を眺めると人の群れはより小さくなっていた。
キャッスルゴーレムが立ち上がったのである。
「おお、これがラスボス子が言っていた変形機能」
「ええ、これで城内への進入は不可能。外装に縄や、はしごをかけられても、ミニゴーレムが自動で払い落とす。そしてキャッスルゴーレムに魔力を流せば自動修復と防御力強化が起動……これで通常兵器では傷一つつかない無敵の城のできあがり」
「確かに矢が当たったときの音が小さくなった。これなら大丈夫そうだな」
0ダメージは何倍にしてもダメージとして蓄積することはないのだ。例え十万本の矢が当たっても、このキャッスルゴーレムには傷一つつけられないだろう。
「それじゃ向こうが力尽きるまで籠城ね」
「そうだな、幸い食料は十分あるわけだし、ゆっくり次のことを考えようぜ」
「……まったく、どんな精神構造をしているのですかお二人とも」
かくして籠城が始まった。
始めの一週間は果敢にキャッスルゴーレムを攻略しようとするものが多く、城の外から騒がしい喧噪が聞こえてきていた。
勇者太郎たちは今後の城下町の設計図作りにいそしんでいた。
次の二週間は矢の音は止まり、キャッスルゴーレムを攻略しようとする者も激減した。勇者太郎はババ抜きや大貧民で遊んでいた。
そして籠城生活も三週間が経ったころ、ぱたりと外の音が止まった。
「どうなったのかな、と……」
弓による狙撃に気を配りながら勇者太郎は外の様子を観察した。
三週間の攻撃でなんの成果も上げられず士気はがた落ち、兵士たちのやる気は完全になくなっていた。
さらには食料の備蓄がなくなったのか空腹に耐え地面に転がるものもいる始末。これはあまりにも惨憺たるありさまだった。
(なぜ撤退しなかった……)
勇者太郎はメガホンを取り出し、三週間前に会話をした兵士を見つけ声をかけた。
「おぉぉぉい、生きてるかぁぁ!」
しゃべるのが辛いのか身振り手振りで、兵士は応える。
どうやらあまり元気ではないらしい。
「こちらから提案がある、お前たちが撤退するならこちらの食料を渡そう。それと王国への伝言を頼みたい、王国とは従属ではなく、一国家として不可侵条約を結びたい。俺たちの目的は種族が違う者同士の結婚ができる国を作りたいだけだ。攻撃してこなければこちらは何もしない。現にこの三週間で何もしなかっただろ」
勇者太郎の言葉に兵士は身振りで了承のサインを送ってきた。攻撃の指揮を行うぐらいだ、かなりの地位にいる人物なのだろう。のろのろと兵士は伝令を伝えていき、翌日には無事、撤退する流れとなった。
かくして王国から派遣されてきた兵士たちは勇者の村で取れた野菜を持って帰ってもらうことになった。
不可侵条約の伝言と共に。
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