第2話 挨拶に行こう魔界編

「ごくり」


勇者太郎は緊張のあまり、露骨に喉を鳴らしいた。

ラスボス子と婚約したので彼女の両親にあいさつに来たのだ。

ここは魔界の三丁目、ラスボス子の家、いまだかつて人が入り込んだことのない領域。


「緊張、しているの?」

「あ、ああ、正直お前に戦いを挑んだ時以上に緊張している」


勇者太郎の目の前には悪魔的なデザインの扉。


(見た目以上に重厚で重々しく感じる……しかし……)


勇者太郎は一度隣にちょこんと立っているラスボス子に目をやる。

華奢な体、整った顔、柔らかそうな唇、紅い宝石のような瞳。


(俺は彼女と結婚したい、そのためには)


勇者太郎はありったけの勇気を振り絞った。

恐怖に勇気で打ち勝つその姿はまさに勇者であった。


「行こう」

「その潔さ、惚れ直すかも」


そしてラスボス子が実家の扉を開けた。


「ただい――――」


ラスボス子が「ま」という直前、高出力の魔力が勇者太郎に襲い掛かった。

それは当たったものを毒、麻痺、衰弱、の状態異常に陥れ、命あるものを四回は殺す超高速の悪魔の弾丸。


「うお!?」


勇者太郎はとっさに身を捻りひらりと攻撃を躱した。

物凄い轟音が鳴り響き、魔界の四丁目が地図から消えた。


「ほほう、ちょっと力加減を間違えたかな」


勇者太郎が声の主を見返すと、そこには赤く長い髪の整った顔の男が立っていた。

赤髪の男は勇者太郎を認識すると目をめいいっぱい開き、彼を威嚇した。


「きぃさぁまぁぁぁぁ……。話は事前にきかせてもらったぁぁぁ、結婚だぁぁぁ? 私の愛娘をどうしてくれると」


なぜだか凄い怒っているが、台詞から考えて、彼が父親なのだろうと勇者太郎は察した。早速頭を下げてた。驚くべき速攻である。


「お嬢さんを俺にください! 俺たちの結婚を認めてください!」


勇者太郎はきっぱりと彼に自分の意志を伝えた。

戦いにおける先制攻撃は有効、彼の戦闘経験から叩き出した戦略だった。

しかし、戦闘経験からご両親へのあいさつの戦略を立てること自体が間違いだった。


「認めるぅぅ? ふぅざぁけぇるぅぅなぁぁぁ、お前のような人間に、娘をやれるか!!」


火に油、燃えた油に水、水蒸気爆発がごとく、彼女の父親の怒りが爆発した。

普通の生き物なら触れただけで死んでしまうかもしれないレベルの魔力が家を覆う。

ラストバトル級の緊張感、とても話ができる状況ではない。

そんな中、てとてとと父親に近づいたラスボス子は父親をにらみつけた。


「お父さん……きらい」

「ごふっ」


全国の父親が一度は体験するであろう娘の即死級の反抗言語に彼女の父親は膝から落ちた。


「だが、前の男はお前にひどいことを……!」

「前の男……!」


その言葉に勇者太郎が膝から落ちた。

死屍累々、大惨劇のピタゴラスイッチであった。


「……その話はやめて」

「いいや、この男もあの男と同じに違いないお前が三百歳だと知ったら年増だおばさんだといってお前を捨てるに違いない!」

「……三百歳?」


勇者太郎はピクリと反応した。のそりと立ち上がり、ラスボス子を見つめる。

魔族は人間の10倍長く生きられる。三百歳と言えば魔族の間では人でいうアラサーと同じ扱いになるのだ。

ラスボス子は恥ずかしそうにほほを赤らめた。


「や、やめて……ちが……そんな見ないで」


その小さい手で顔を覆い、おどおどと何かをうかがうように勇者太郎をチラ見している。


(か、かわいい……!)


その時勇者太郎の中で何かがはじけた。


(前の男がなんだというのだろう。所詮は彼女の可愛さに気が付けない低スペック男、いつか見つけて俺が倒す)


「俺は君がいい! ラスボス子ォ! お前が欲しい!」


今時なかなか聞かない告白を叫ぶ勇者太郎。


「勇者太郎……!」


勇者太郎の熱気に当てられたラスボス子は思わず彼に駆け寄り抱きしめた。

二人の抱擁を見せつけられた彼女の父親はたまったものではなかった。


「ほほう……ゆ、勇者太郎といったか、少しは見所があるではないか……。では試してやろう。お前が私の愛娘にふさわしいかどうかをな!」


膝をガクガクと怒りで震わせながら、立ち上がったラスボス子の父親は奇妙な動きの後、高出力の魔力を放った。


「エターナルフォース……! 当たったら死ねぇぇ!」


先ほど避けた魔力の弾丸が、吹雪のごとく無数に分裂し、勇者太郎に襲い掛かる。

こととしだいによっては魔界が消し飛ぶレベルの大魔法。

しかし勇者太郎はラスボス子を背に、全力で彼女の父親の魔法に立ち向かった。


「ぐっ……うおおおおおお、改めて言う! 俺たちの結婚をみとめてくださいッ!」


勇者太郎は自身の魔力を障壁として前面に展開しラスボス子の父親の魔力を受け止める。

いかに勇者と言えど本来は一瞬で殺されるレベルの魔法だが、ラスボス子を傷つけまいというシチュエーション補正で二倍、加えて背中にいるラスボス子にいいところを見せたい補正で二倍、更に両手を使って魔力を放出することで二倍、ラスボス子がかわいいので10倍、しめて80倍の能力補正がかかっていた。


「貴様ぁぁ! 娘を泣かせないことを誓うか!」

「泣く暇もないぐらい、毎日幸せにしてみませすッ!!」

「……君というやつはッ! 人間にそれができるというのか!!」


更にラスボス子の父親からの魔法の威力が上がる。


「ぐっ……」


勇者太郎が張った魔力の障壁にヒビが入る。


(ここで、諦められない……! 諦めてなるものか!)


しかし、いかに踏ん張っても、80倍の補正が入っても魔族と人間、魔力の絶対量の差を覆すことができない。


「お父さん、私も彼と結婚したい……!」

「ごはっ!!」


彼女の言葉に父親は吐血した。

だが、親の意地か吹雪は止まない。


「う、うおおおお!」


(彼女の気持ちにこたえるんだ!)


ラスボス子の言葉で勇者太郎の体に力が湧いてくる。

恋人の声援補正で15倍、これでしめて400倍。その補正の結果、勇者太郎の魔力は魔族であるラスボス子の父親の量をも凌いだ。


「…………わかった」


そして吹雪はやんだ。


「だが、娘を不幸にしたら私は人界を滅ぼそう」

「そんなことはありません!」


肩で息をしながら、彼女の父親の言葉に返す勇者太郎。

そんな彼を見てラスボス子の父親はついに床に倒れた。


「負けたよ……君の根性を認めて特別にお義父さんと呼ぶことを許そう」

「ありがとうございます! お義父さん」


勇者太郎も膝をつき彼に答えた。

そうして勇者太郎は無事、彼女の父親から二人の婚約を認められたのだった。

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