アザトカワイイ転校生ヒロインが、実は喧嘩最強少女なんて俺は望んでいない。
しのぐ
プロローグ さすがに公園で寝ている女の子には近づくべきではない
猛暑と呼べるような暑さが続く今日この頃。
今年の漢字を、清水寺でお坊さんに書かせたら『暑』になるに違いない。
別の漢字に決まっていても、暑すぎて急遽変更しちゃうこと間違いなしだよこれ。
道の先には陽炎が見える……。陽炎は春の季語だったっけ。
――7月の終わり。
長かった一学期の終わりを告げる終業式のために、学校へと向かう。
ただ、終業式だろうとなんだろうと俺――夏目輝彦、高校二年生は今日も何の変哲もない一日を始めるだけだ。
まあ、自己紹介がてらに、俺の自慢を一つ聞いてもらいたい。ででんっ!
俺は人生で一度も告白されたことが無いのだ!
……違う、これは自慢ではなく自嘲だ。
朝から自分の冴えない人生を思い返してテンションが下がっちまったよ。
そんな俺は、蝉の鳴き声を聞きながら木陰をとぼとぼ歩き続けていた。
――と、朝から一段階気分を落としたところで、俺の足が止まった。
なぜ足が止まったのか、それは視界におかしな光景が入ってきたからだ。別に熊が突如現れたとか、露出狂が躍っているとか、ツチノコを偶然発見したとかいうことではないが、でも並びで言うと、この中に入っていてもおかしくはないはず。
人が公園の地面に横たわっているのだ。それも四人も。
まさか朝から集団で熱中症とか?
「そんなはずはないか……四人で仲良く寝転がってるだけだろ」
そっちの方がおかしい気もするのは置いておいて。
なんだか近づかない方が吉というようなただならぬ雰囲気はある。けれど触るなと言われたものに限って触りたくなるあの衝動に、俺の足は公園へと向かってすいすいと吸い込まれてゆく。
「どういう状況なんだこれは……」
そこに倒れていたのは三人の男と、
一人のお・ん・な・の……こ?
初めは目を疑ったけれど、確かに一人は女の子だ。
さらに俺の目を白黒させたのが、倒れている四人は口や鼻から流血しているということ。中には顔面に大きな痣がある人もいて、外見で判断すると、年齢は同じくらい。その中でも一人、誰よりも朱色の液体にまみれている負傷者。
――それが女の子だ。
女の子はスポーティーなハーフパンツに、季節外れの黒パーカーを着てフードを被っている。ちらっと覗かせる顔は至って小さく、サラサラの茶色の髪が頬にかかっていて、それさえも愛くるしく見える。透き通るほど白い肌にくりんと長いまつげ、ほのかに赤い唇、全てのパーツが完璧に整っている……。絶世の美女と言われても誰もが納得するほどに可愛い。
この女の子の場合、美人系と可愛い系で分けるなら圧倒的可愛い系。そして、この状況に全く見合わないほど汚れのなさそうな女の子だ。
けれども、服全体、袖がまくってあるため露出している腕、フードから覗かせる顔にはすべて朱色の液体が付着している。これが血だという事実にはどうしても目を背けたい。
「朝から喧嘩……? 三人は男だけど、でもこの人は絶対女の子だよな」
見るからに痛そう……ううん、絶対痛い。
俺が持っているのは、財布にいれっぱなしだったしわくちゃの絆創膏と、携帯はしているが使ったこともないハンカチ。汗を拭く用のタオルは既に使ってしまっている。意外と女子力高いんだぜ。
「しわくちゃな時点で女子力ないか」
そんなこと言ってる場合ではなかった。
急いでいるとはいえ、流石にこの場をスルーして学校に行くのは罪悪感が生まれる。まぁ男は……まぁ放っておいても……まぁいいとして。
女の子をこの状態で放っておくのはまずいんじゃないか? 放っておいたら熱中症になる可能性もあるわけだし……。
倒れている男たちの見た目は不良そのもので、声をかけるのも怖い。
「あの~、こんなところで寝転がってると風邪は引かないと思いますけど、熱中症になったりして危ないんじゃないかな~って思うんですけど……」
万が一、この中の誰かが目を覚まして襲ってきた場合を考えてスマホを取り出し、いつでも警察に通報出来る構えを取りながら倒れている男たちに声をかけたが、男たちの反応はない。
「聞こえますかー?」
一人ひとりに声をかけても誰も起きない。
ということは……
「まさか死んでる……!」
あたふたしていると「うう~ん……」と、女の子が唸った。
良かった。生きてはいるみたいだな……。
警察を呼んでも良いが、色々事情を聞かれて俺が学校に遅れては困る。終業式に遅刻して悪目立ちはしたくない。
それでも、一番ひどい怪我をしているこの女の子だけでも、男として軽い手当でもしておくべきなのでは?
目を閉じていて、近づいても声をかけても起きないみたいだし、血だけでも拭いておいた方がいいのでは?
それから警察に連絡するのでも遅くないだろう。順序が逆転している気がしなくもないが、暑さとこの殺人事件現場のような状況下では正しく頭が働かない。
ポケットからハンカチを取り出し、近くの水道でそれを濡らした。女の子の腕についた血を拭いてから、傷があれば絆創膏を張ろう。
「ん? あれ?」
不思議なことが起きた。
腰を下ろして女の子の体に付着した血を拭いてみても、大きな傷は一切見つからず、女の子の手には小さなかすり傷があるだけ。俺は一応そこに絆創膏を張っておく。起きないようなので、フードから覗かせる顔も拭いてみる。
「え?」
まさか……。そんなはず……。
――けれど、そのまさかだった。
「この子ほとんど怪我してない…………」
その瞬間。ある仮説が俺の頭をよぎり、すーっと背筋に寒気が走る。
体中の血が逆流するような感覚に襲われ、膝が無意識にガクガク震えだした。
その仮説というのは、この可愛い顔をした女の子が三人の男と殴り合いをして、大きな怪我無く圧勝したというもの。
もしその仮説が正しければ――
「と、ということは、ぜんぶ返り血っ⁉」
オーマイゴッドォォォ!
よく見てみれば、一番血にまみれていると思っていた女の子には痣が一つもないのに、他の三人は痣が沢山ある。
これは正真正銘、
間違いなく、
確実に、
一対三の喧嘩で一人の少女が三人の男――
しかも不良をボコボコにしたという事に他ならない。そんな馬鹿な。いや、おい待て。
この女の子すやすや寝てるだけじゃねーかぁぁぁ!
まさかこんな女の子が男を、不良を、三人相手に血まみれにするなんてありえないよな。ははは。何かの勘違いに決まってるさ。血糊で水風船でもして遊んでたんだろどーせ。あ、そうだ分かった! これはドッキリだ!
俺へのドッキリだよ、ネタバラシは? そろそろ出てきてもいい頃だよ?
「そこのお兄ちゃん……」
「うぎっ!」
突然の声に振り返ると、倒れていた不良の四分の一である坊主頭の男が目を覚ましていて、まるでゾンビのように這いつくばって俺に手を伸ばしていた。
「そ、その女……ば、バケモンだ……気をつけた方がいい…………」
「え? バケモン……?」
「逃げるんだ……その方が身のためだ……」
「え? えと、この女の子のことですか……?」
「その女……とにかく力が……半端じゃな……い」
坊主頭の男はばたん、と音を立てて再び気を失うように倒れた。
「ちょ、ちょっとー! 大丈夫ですか――!」
だめだ、揺すっても起きない。
……ほ、本当にこの可愛らしい女の子がこの惨劇を作り出したんだ。俺は朝からとんでもないことに足を突っ込んでしまったのかもしれない。いや、でも、今回は余計なことを未然に防げたはず。
すぐにでも立ち去れば、俺は無関係者として生きていける――のか?
「――ん? ちょっとまて」
もし今、この子が目覚めたとして、俺が財布でも盗もうとしていると勘違いされたら殴られるどころか、殺されるぞ。
いや、違う違う。そんなことよりも重大なことをやらかしてしまっているではないか。
俺…………普通に女の子の体触っちまったぁ!
これは警察を呼ばれたら俺が捕まっちまうパターンではないか。なんで俺はそんなことにも気づかなかったんだ。早くこの場を立ち去らねば!
とにかく回れ右をして、何事もなかったかのように歩き出す。
抜き足。差し足。忍び足。
「ねぇ、なにしてたの?」
数歩俺が歩んだところで、背後から声をかけられた。
「もしかして……これ拭いてくれた?」
ビクッとつま先から頭のてっぺんまで雷のごとく速さで寒気が走る。振り返らずとも、その声の主がわかる。
「…………」
俺は眠れる獅子を起こしてまった。
「僕はなにもしてましぇぇぇぇん!!」
俺は公園から一度も振り返らずに全力で走り去った。
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