懺悔
目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。
軽く身だしなみを整え、ベッドの横に立て掛けた剣を腰に差し、部屋を出る。
廊下に出て、一階へ下りるとカウンターの奥で、主人が朝食の用意をしていた。
主人はクリスに気付くと、挨拶をする。
「おはようございます、クリスさん」
「あぁ、おはよう」
「朝ごはんもうじきできますよ。少し待っていてくださいね」
「ありがとう」
カウンター席に座り、朝食が出てくるのを待つ。
少し経つと、焼いた卵と肉、多めの野菜が盛られ、パンが乗った大皿がカウンター越しに差し出される。
食事を始めると、主人が話しかけてくる。
「今日はどこに行かれるんですか?」
「ん、魔獣がうろついてないかだけ確認して回って、その後診療所に行く予定」
「サラさんのお見舞いですか?」
「んー、まぁそんなとこ」
そんな話をしていると、主人の後ろの扉が開く。
「おはよう、エミル」
「おはよう、ケイト。おっ、クリスさん、おはよう」
「あれ?あんた…」
扉から出てきたのは、昨日、一緒に山に入った狩人だった。
「あぁ、言ってなかったっけか?ここ俺んちなんだよ。んで、ケイトは俺の嫁」
「そういうことね」
「そういうこと。エミル、朝ごはんできてるわよ」
「おう、クリスさん、隣いいかい?」
「あぁ」
エミルはクリスの隣に座り、ケイトに差し出された皿を受け取る。
すると、クリスに顔を近づけ、小声で話しかけてくる。
「なぁ、クリスさん。あのサラと一緒にいた子、大丈夫そうかい?」
「なんでそんな小声で?」
「まだあの子の事は話してないんだよ。なんて話したらいいのかわからなかったってのもあるが、ほら、家庭の事情とかだったりしたらなぁなんて思ってよ」
「なるほどな…あの子は大丈夫そうだ。ただ、サラの方はなんとも…」
「そうか…」
エミルは暗い表情を浮かべると、食事を始めた。
クリスはふと思い出し、エミルに質問をする。
「そうだ。今の時期、木苺って採れるのか?」
「木苺?まぁ、採れるとは思うが…近くの店に行ってみるといい。でもなんで木苺?」
「カティア…あの子供の好物なんだと。見舞いに行くついでに持っていこうかと」
「クリスさん、あんたいい人だねぇ…どうだい?今夜一杯やらないか?他の連中も誘ってさ。、村を救ってくれた礼もまだだしな」
「礼なんて別にいいよ。でもまぁ、久しぶりに飲みたいな」
「決まりだな!じゃあ、今夜ここでな!」
「なぁに?楽しそうに話して」
「ケイト!今日、クリスさんの礼も兼ねてここで宴会やるからよ!美味いもん頼むわ!」
「あんたも手伝いなさいよ」
「はい」
エミルは嫁の尻に敷かれているようだ。
おっかねぇな、と苦笑いし、食事を平らげる。
朝食を終え、村の周辺を見て回る。
特に、魔獣がいる形跡はなさそうだ。
村に戻り、野菜や果物を売っている店に行くと、木苺が売られていたのでそれを購入する。
そこから十数分程歩いて、診療所へと向かう。
「こんちわー」
診療所の扉を開け、鐘が鳴ると、イグナーツが廊下の左側の部屋から顔を出す。
「おぉ、クリス。見舞いか?」
「そんなとこ。母親の様子は?」
そう聞くと、イグナーツは黙り込んだ。
その沈黙で、状況は好転していないのだと察する。
「そっか…カティアは?」
「隣の部屋でメアリが相手しとる。入っていいぞ」
リビングの扉を開けると、メアリとカティアが椅子に座って話しをしている。
「あっ!クリス!」
カティアは嬉しそうに、椅子から飛び降り、クリスの傍に駆け寄る。
「よう。ほら、木苺」
編み籠に入った木苺をカティアに手渡す。
「わぁ!ありがとう!」
カティアは籠を受け取ると、尻尾を振りながら、自分が座っていた席に戻って行った。
昨日は気が付かなかったが、尻尾も生えていたのか。
カティアの尾てい骨辺りから生えた髪と同じ色をした尻尾は、喜んだ犬の様に左右に揺れている。
本当に、人間ではないのだなと実感する。
「こんにちは、クリスさん」
メアリが席を立ち、クリスを迎える。
「やぁ。カティアは大丈夫そうか?」
「えぇ、一晩休んで、食事を摂ったら少し回復したみたいです。と言っても、こういった子は初めてなので、念のため、もう少し様子を見る必要はありますけど」
「あまり動揺してないんだな」
「めちゃくちゃしてますよ。昔話の登場人物が現実に、しかも目の前にいるんですから。でも種族人種がどうあれ、命に差はないですからね。助けられるものは助ける。それが医者の本分です」
メアリは胸を張ってそう言った。
「すごいな」
「イグナーツ先生の受け売りですけどね。私はまだまだ、あの人に遠く及びませんよ」
「あの爺さん、実は凄い人なのか?ん?」
机に籠を置いて、中の木苺を見つめているカティアが目に入る。
「どうしたカティア?食べないのか?好きなんだろ木苺」
「……お母さんと一緒に食べたい」
寂しそうな表情でカティアはそう返した。
「今朝、サラさんに会わせたのですが、まだ昏睡状態で…」
「そうか…」
少し考え、サラが眠る病室に向かう。
病室の扉は開けられたままで、中の様子が伺える。
イグナーツがサラの状態を確認している所だった。
病室の入り口から、壁をノックする。
「ちょっといいか?」
「どうした?」
「カティアに木苺持ってきてやったんだけど、母ちゃんの傍で食べさせてもいいか?」
「構わんぞ」
「そか。カティアー」
名前を呼ぶと、カティアは振り向く。
「木苺、こっちの部屋で食べてもいいってさ」
そう言うと、カティアの表情が明るくなる。
籠を手に持ち、クリスの元に駆け寄る。
病室の中を覗き込むと、イグナーツがベッドの横に椅子を用意してくれていた。
「カティア、ここに座るといい。その木苺を食べながらお母さんに話しかけてあげなさい」
「うん!お母さん!木苺もらったよ!クリスがくれたの!」
イグナーツが病室を出ると、クリスに話しかける。
「クリス、この後時間あるか?」
「大丈夫だけど」
「悪いな。ちぃとばかしここにいてくれ。メアリ、ハイデを呼んできてもらえんか」
「わかりました」
メアリは返事をすると、外へと出て行く。
「何か手伝うのか?」
「なに、カティアの相手をしていてもらいたいだけだ。人手がなくてな。すまんが頼めるか?」
「まぁ、それくらいなら」
「助かる。ハイデと話をしている間、カティアと一緒にいてくれ。後で呼びに行く」
「わかった」
籠の半分程まで木苺が減った辺りで、カティアをリビングに連れて行く。
少し残念そうに、カティアは椅子に座る。
「後でまた会えるから、少しの間ここにいろ」
「うん…」
カティアは、机に置いた籠から木苺をひとつ摘まみ上げ、それを手の上で転がした。
サラが眠る病室で、イグナーツは顎に手を当て、悩んでいた。
サラの状態は、時間が経つほどに悪くなる。
解毒薬を作ろうにも、使われた毒の検討がつかない。
正直、お手上げだった。
すると、診療所の扉の鐘が聞こえてくる。
廊下に出るとメアリがハイデを中に招き入れていた。
「イグナーツ……」
ハイデは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ハイデ…こっちに来てくれ」
病室にハイデを呼び、ベッドの横に置いた椅子に座らせる。
「ハイデ…落ち着いて聞いて欲しい。サラだが……恐らくそう長くは持たん……」
「なんとかならんのか!」
「手は尽くした……だが、限界だ……」
「そんな……」
医者として言いたくない言葉だった。
ハイデは床に膝を突き、サラの手を握る。
「サラ……!」
「すまない……」
涙を流すハイデを見て、自分の力の無さにうんざりした。
だが、まだやらねばならないことがある。
「メアリ」
「……はい」
メアリは病室を出て、リビングへ向かった。
「……ハイデ。こんな時で悪いが……会わせたい子がおる」
「……儂に?」
「あぁ」
「イグナーツ先生」
病室の入り口から聞こえるメアリの声に、イグナーツとハイデが振り向く。
メアリがクリスとカティアを連れて病室に入る。
「クリス殿…?なっ!?」
カティアの姿を見て、ハイデは驚く。
「獣人!?……まさか!」
ハイデはイグナーツの顔を見る。
「そうだ…サラの子供だ」
「まさか……あの時の魔獣の……」
イグナーツは頷いた。
驚いた表情のまま、カティアを見るハイデ。
カティアは怯えるように、クリスの後ろに隠れ、顔だけ出している。
「クリスがサラと一緒に倒れているのを発見し、ここに連れて来た。名前はカティア。サラに頼まれて、私が出産に立会い、取り上げた。黙っていて悪かった」
ハイデは俯く。
「……いや、いい。大方、サラに黙っているように言われていたんだろう…」
ハイデは椅子に座り、サラの手を握る。
「当然だな……魔獣に化かされていると思い、サラの言う事に耳を傾けることすらしなかった…」
自嘲気味にハイデは続ける。
「今でもそう思っておるよ……だがな…あの時話を聞いていれば、サラは儂の前からいなくはならなったのではないか…何か理由があったのやもしれぬと…あの日からずっと悔んでいるんだよ…」
カティアがクリスの手を握った。
「……恨まれておるのかもなぁ」
「サラはそんな…」
「そんなことないよ」
その場にいた全員の視線が、ベッドに集る。
サラが目を覚まし、ハイデを見つめていた。
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