第22話 利子の両親

その夜、私は両親に利休派の話をした。


父:「利子、そんな危ないことは、反対するに決まっているだろう。」


母:「そうね、止めなさい。利子。」


私:「私の本名は利子じゃない。でも、みんな利子って呼ぶ。どうしてだと思う。」


父:「そう呼んでほしいと言ったじゃないか。だからそう呼んでいるんだ。」


母:「そうよ、お父さんの言う通りだわ。」


私:「私、おばあちゃんの千利休の話が好き。そして、みんなに千利休の良さを分かってもらおうと形から入ったの。利子って名前は、私が付けた名前。でも、大事なのは心だってわかったの。今、みんなの心がすさんできているわ。お父さんだって知っているでしょ、親子関係が崩れていく現状を。だって、お父さんの仕事は児童相談所だもん。」


父:「人の心を救うには、時間がかかるんだ。そんな逸話1つで解決するはずがない。」


母:「利子、お父さんの言う通りだわ。聞き分けて頂戴。」


私は『三献茶』と『落ち葉の風情』の逸話を語った。


私:「おもてなしの心は、日本人が本来持っているもの。みんな忘れているだけなの。だから思い出してもらうだけで、心を救うことができるわ。」


私は『丿貫の落とし穴』の逸話を語った。


私:「利休は、落とし穴の存在を知っているのに落ちたの。みんなを笑顔にするために。もし、落とし穴に落ちなければ、何も起こらない。みんなの笑顔もやってこないの。お父さん、お母さん、利休の逸話は、みんなの笑顔を取り戻せる力を持っているってことに、気づいて!」


私は泣き出した。


父:「大きくなったな利子。もう、おばあちゃんの逸話を聞いていただけの子供ではないのだな。お父さんも、虐待される子供たちを勇気づける手段がなくて困っていたんだ。利子が語った逸話には、心がこもっていた。もしかしたら児童虐待で悩む親子関係を修復する手助けになるかもしれないな。」


私:「お父さん、もしかして、利休派で活動することに賛成してくれるの?」


父:「実は、芝山さんのお父さんから、警備員の話を聞いていてね。利休派として利子が狙われているとわかって、最初は驚いたんだ。でも利子が語った逸話と同じ話を聞かされた。おもてなしの心は、今、日本に必要なものだと。そしてその中心に利子、おまえがいるとね。」


私:「私が、中心にいる?」


父:「利子、試すようなことをして悪かった。本当に利休派としてこれからも続けていけるかどうか知りたかったんだ。利子、決意を聞かせてくれ。今後、絶対に投げ出さずに利休派として、みんなにおもてなしの心を伝えていけるかい。たとえ、お父さんとお母さんに何かあっても、利休派を続けることができるかい。」


私:「何かあっても?」


母:「実は、私達にも織部ズムの圧力が来ているわ。脅迫まがいの電話もかかってきているの。でも、あなたには言わないで来たわ。だって、利休の話をしている利子を見るのが、うれしかったんだもの。」


私:「お母さん!」


私はお母さんと抱き合った。


父:「お父さんとお母さんは大人だ。自分のことは、自分で解決できる。だから利子、精一杯やるという決意を聞かせてくれ。そうしたら、お父さんもお母さんも全力でお前を応援してやる。」


私:「私、精一杯がんばる。利休の逸話をみんなに話し続ける。」


父:「よし、これで心置きなく単身赴任ができるな。」


私:「単身赴任?」


母:「お父さん、別の地域に配置変えされたの。娘が千利休の逸話を広めているという理由でね。」


私:「えっ!」


父:「気にするな。利子のためなら、こんなこと位、なんてことないさ。」


私:「ごめんなさい。お父さん、お母さん。私、私・・・。」


母:「利子、今、決意を語ったばかりでしょう。精一杯がんばるって。織部ズムに負けてはだめよ。それに私は利子と一緒にいるから大丈夫よ。」


私:「ありがとう、お父さん、お母さん。わたし頑張るね。精一杯頑張るね。」


父が笑顔で見守る中、私はもう一度、母と抱き合い、思いっきり泣いた。

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