第11話 初ダンジョン攻略でいきなり絶体絶命!?

 部屋の中に光が満ち、琢磨たちに視界を白く染めた。と同時に一瞬の浮遊感も襲った。

 琢磨たちは先ほどまでと空気が違うのを感じたと同時にドスンという音とともに地面に叩きつけられた。

 尻の痛みに「イタタッ」とさすりながら周囲を見渡す。戦士職や防御力が高い者たちにガゼル団長は既に立ち上がって周囲を警戒している。見える景色が先ほどまでと違うようだ。どうやら、先の魔法陣は転移するものだったらしい。実際に転移を食らうとたまったものじゃない。これは慣れないと酔う者もいるんじゃないだろうか。

 琢磨たちが転移した場所は、巨大な石橋で全長二百メートルはありそうだ。橋の下を覗いてみると深すぎて何も見えない。もし落ちるようなことがあったら、ひとたまりもないだろう。横幅は十メートルあるかどうか。手すりも何もないからバランスを崩したら落ちる可能性がある。それにこの人数だと動きづらいだろう。琢磨たちは橋の中ほどにいた。両サイドを見ると奥に階段が見える。ここは、早く駆け抜けた方がいいだろう。

 ガゼル団長が同じことを思ったのか、険しい表情をしながら指示を飛ばした。


「お前たち、すぐに前に見えてる階段のところまで駆け抜けろ! 急げ!」


 ガゼル団長の切羽詰まった号令に、俺たちは階段のところまで駆け出した。

 しかし、トラップはこの程度で済むわけもなく、撤退はかなわなかった。

 俺たちを挟み込むように橋の両サイドに突如、赤黒い魔法陣が浮かび上がったからだ。階段側より通路側の方が魔法陣が小さいが、次から次へと魔法陣が現れた。

 魔法陣は、ドクンと脈打つと、大量の魔物を吐き出した。

 通路側の無数の魔法陣から見るからに骸骨が剣を携えた魔物が出てきた。スケルトンだ。この魔物はただ倒すだけでは何回も復活してしまう。これを倒すにはアークプリーストか僧侶系に除霊してもらわなければならない。それだけに厄介と言えるだろう。

 しかし、そんなスケルトンよりも反対の階段側の方がヤバいと琢磨は感じていた。

 巨大な魔法陣から、明らかに他の魔物とは一線を画している体長八メートルぐらいの二本足で立ち、手には巨大な斧、頭部は牛の頭を模したような魔物が出現した。

 あの特徴はおそらくゲームなのでよく耳にするミノタウロスだろう。但し、瞳は赤黒い光を放ち、鼻息は荒く、興奮して今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。

 誰もが足を止め呆然する中、ガゼル団長の呻くような呟きがやけに響いた。


「まさか・・・・・・ミノタウロス・・・・・・こんなところで出くわすとは・・・・・・」


 いつだって冷静でどこか余裕があり、俺たちに安心感を与えてくれたガゼル団長が冷や汗をかきながら焦燥をあらわにしている。

 そのことに、周りにいた者たちはそれほどの魔物が現れたのかと呆然としていた。このままではヤバいと対策を考えたいが、王国の騎士団長をも戦慄させる魔物――ミノタウロスはそんな悠長な時間は与えてくれなかった。おもむろに大きく息を吸うと、大きな咆哮を上げた。


「グガアァァァァァァァッ!!」

「ツ!?」


 その咆哮で正気に戻ったのか、ガゼル団長が指示を飛ばす。


「俺がミノタウロスを食い止める。お前たちはどうにかスケルトンの大群を突破して通路を確保しろ! そして障壁を張れるものは全力で張れ! でないと死ぬぞ」


「待ってくれ! あれがミノタウロスなら一人では無理だ。ここは俺たちも・・・・・・」

「いいから言うことを聞け! あれが本当にミノタウロスなら、駆け出し冒険者のお前たちでは無理だ。ヤツは本来はこんな階層では出会うはずはないんだ。今までのダンジョンでは六十階層以上じゃないと出てこないんだ。こんな浅めの階層で出会うなんて前代未聞だ。分かったらどうにかここを切り抜けてさっきまでいたセーフティーポイントから地上に戻ってこのことを伝えてくれ。頼んだぞ」


 ガゼル団長の覚悟を決めた表情に一瞬怯むも、「こんなところで仲間を見捨ててのこのこ帰るようだと一生後悔する」と踏みとどまる俺を見て他の者たちも頷いて覚悟を決めた。そんな俺たちを見て、ダメだと再度ガゼル団長が俺たちを説得しようとした瞬間、ミノタウロスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、パーティー全員、その巨体の突進力で圧殺されてしまうのが目に見えている。

 そうはさせるかと、ガゼル団長に続いて、彩にガブリエル、それに、障壁を張れるものが全魔力を注いで多重障壁を張る。


「「「大いなる悪意を完全に拒絶する、我らに天使様のご加護を、ここは聖域なりて如何なる敵を通さん。完全障壁リクレクター」」」


 三重の障壁が展開され、ミノタウロスの突進を防ぐ!

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ミノタウロスは数メートル後ろに吹っ飛ばされたが、着地すると直ぐに再突進して今度は右手で巨大な斧を振りかざし障壁に衝突した。あまりの衝撃に地面がぐらついて地震みたいに揺れている。すると、


 パリンッ!!!


 障壁が二枚まで破られた音が鳴り響いて、最後の一枚もひびが入っていき、ここまでかと思った瞬間、ガブリエルの専用スキル『祝福の天使』が発動し、障壁の強度が増していき、ミノタウロスの攻撃を跳ね返した。その衝撃でまた地面が揺れて踏ん張りがきかず転倒する者もいた。

 反対からはスケルトンが迫っている。本来スケルトンはネクロマンサーが墓地などで呼び出し、使役するものだが、見たところ術者はいないようだ。それに、見た目が不気味な骸骨なだけに女性陣と一部の男子が半ばパニック状態だ。

 緊張が頂点に達したのか一部の者が隊列を無視して我先にとまだどうにかなりそうなスケルトンに突撃をかましていった。ガゼル団長が慌てて落ち着くように言うが、パニックと興奮状態のため誰の耳にも入っていなかった。――琢磨を除いて。


その内、僧侶の女性が後ろから突き飛ばされて転倒してしまった。「うっ」

と呻きながら顔を上げると、スケルトンが向かってきた冒険者を切り伏せ、そのまま転倒している女性に剣を振りかぶっていた。


「あ」


 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 死ぬ――僧侶の女性がそう感じて目をつぶった瞬間、


 ガッキ~ン!!!


 甲高い音がして目を開けると、琢磨がスケルトンの剣を光り輝く刀で受け止めていた。それは天界で手に入れた聖剣エクスカリバーだ。今まではレベルが低くて装備できなかったがダンジョン攻略でレベルが達し装備できるようになった。


「おい、大丈夫か? 立てるようならすぐに離れろ」

「あ・・・・・・いえ、その、腰が抜けてしまって・・・・・・」


 俺はそれを聞いて、エクスカリバーでスケルトンを弾き飛ばすと、


「彩、任せたぞ」


 彩は魔法の杖を構えると、


「ええ、ついに主役の登場のようですね。私の時代が来た。くらえ、骸骨ども!!」


 彩が杖を地面に打ち付けると数体のスケルトンに向かって地面が突然隆起していき、その結果、スケルトンたちの地面が裂け、橋の下に次々と落ちていった。落ちた音がしないことからも相当深いだろう。暫くすると冒険者カードが震えた。レベルアップしたようだ。どうやらスケルトンを倒すことに成功したらしい。残りはミノタウロスだけだ。

 後ろで腰を抜かしてる僧侶の女性はガブリエルが起こして後ろに下がった。彩はさっきの魔法で疲れたのか、魔力回復薬を取り出して飲んでいる。体力は先ほどの僧侶が回復魔法をかけてくれてるようだ。

 琢磨は僧侶の女性に優しく声をかけた。


「大丈夫だよ。落ち着いて行けば対処できるよ。俺たちはここまでくる過程で想像以上に強くなってるから。それに、ここにいるのは君一人じゃない。どうしようもないときは周りを頼ってよ。そのための仲間なんだからさ」


 俺をマジマジと見つめる僧侶の女性は、次の瞬間には「そうだよね! ありがとう!」と自信を取り戻したように他の人を回復させるために駆けだした。


 琢磨は周囲を見渡す。

 誰も彼もがパニックになりながら武器を振り回し、魔法を乱れ撃っている。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。すでに、何人かは大けがを負って僧侶の女性とガブリエルが回復魔法をかけている。万が一死人が出てもガブリエルの魔法で生き返る可能性があるが、成功率が百パーセントじゃない限り死なないに越したことは無いだろう。それに、実際に痛いしな。

 パニックになっている冒険者たちをガゼル団長が必死に纏めようとしてるが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。


「何とかするしかない・・・・・・必要なのはカリスマ性を持つリーダー・・・・・・道を切り開く力・・・・・・ガゼル団長!」


 琢磨は走り出した。ガゼル団長たちを死なさないために、ミノタウロスに向かって。

 ミノタウロスは依然、ガブリエルが張ってくれている障壁の最後の一枚に向かって何回も巨大な斧を打ち下ろしていた。障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、俺たちが立っている橋が悲鳴を上げる。しかも、ここにきて障壁にも亀裂が入ってきて、ガブリエルの魔力も限界が来ているようだ。砕けるのも時間の問題だろう。ここにきてガゼル団長が障壁を展開して強度を保とうとするが焼け石に水だった。


「ええい、くそ! もう保たん! みんな、ここは俺に任せて撤退しろ!」

「嫌です! こんなところにガゼル団長一人残していけません」

「そうです。それにここで逃げては一生後悔します」

「そうですわ。みんなで力を合わせて無事に帰るんですから!」


 みんなの言葉にガゼル団長は、


「くっ、こんな時にわがままを・・・・・・」


 ガゼル団長は苦虫を噛み締めた表情になる。この限定された場所ではミノタウロスの攻撃を回避するのは難しい。そのため、障壁を張り、その隙に撤退するのが良かったんだが、その注文は戦闘のベテランだから出来るのであって、冒険者に成りたての琢磨たちには難しいだろう。

 その辺の事情を掻い摘んで撤退を促してるんだが、みんな、仲間を置いていく=見捨てると思っているらしく、それに自分たちが力を合わせればミノタウロスをどうにかできると思っているらしい。

 まだ、若いからか自分たちの精神が高ぶって冷静な判断ができなくなってるようだ。冒険者に成りたての琢磨たちに自信を持たせようと、褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。ガゼル団長は間違ったと思っていないが危機的な状況にも的確に判断できるように指導すればよかったと少し後悔する。


「みんな! 団長さんの言う通りここは撤退しましょう!」


 僧侶の女性が状況が分かってるようで杖を両手で握りしめながら、必死に懇願こんがんする。少し涙目だ。


「やってみないと分からないだろ。俺もやるぜ」

「そうだな。みんなで一門打尽にするぞ!」

「「「オー!!!!!!!」」」


 みんなはやる気を見せだした。


「こんなところで死んだら終わりなのよ。――どうしてそれがわからないの?」


 僧侶の女性の呟きは誰の耳にも届かなかった。――ただ一人を除いて。

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