第38話 二葉との初陣
市民体育館で二葉と出会ってから数日後、その二葉から千秋の元に連絡がきた。どうやら傀儡吸血姫の居場所に関する情報を手に入れたらしい。
「こんばんは、先輩」
待ち合わせ場所の公園に先に来ていた二葉はペコリと会釈し、千秋と小春も挨拶を返した。
「それで、敵の居場所が分かったのね?」
「はい。世薙お姉様から教えていただいたのです」
「界同世薙にね・・・あの人はどこからそうした情報を入手しているのかしら?」
「それはわたしも知りません・・・世薙お姉様の交友関係は謎が多いので・・・・・・」
「ふーん・・・過激派とも繋がっているなんてことはないわよね?」
あの不気味な生徒会長は共存派にも過激派にも与していない。それは争いに巻き込まれたくないかららしく、過激派のような世を乱す存在は好いていないようだが、自分の身の安全が保障されるなら過激派に取り入るかもと千秋は疑っているのだ。
「そ、それはないはずです・・・世薙お姉様は平穏を望んでいるお方ですから・・・・・・」
「まあいいけど。それじゃあ案内してくれるかしら?」
「お任せください!」
ニコッと愛嬌のある笑顔を浮かべる二葉を先頭に、千秋達は公園を出て案内されるままに目的地へと誘導されていく。
「なんでコソコソ付いていかなきゃならないのよ・・・・・・」
「言ったろ? ちーち達にもしもがあった時に備えてさ」
千秋達を遠くから尾行するのは愛佳と朱音だ。深夜、少女を尾行するというのは不審極まりない行為だが、これは千秋と小春の身を案じての行動である。
「一緒に行けばよくない?」
「もし界同二葉が罠を張っていたとしたら、まとめてお陀仏になっちゃうじゃん? だからこうして別行動してちーち達がピンチに陥ったら助けるのがアタシ達の役目なんだよ」
朱音が心配しているのは二葉と世薙が共謀して千秋達や自分を罠にハメようとしているのではという事だ。事実、世薙は以前に千秋の暗殺を企てたことがあり、二葉を使ってまたしても良からぬ計画を実行しようとしているかもしれない。その疑いがある現状ではこうして慎重に二葉を監視するべきだろう。
「あたしの見立てでは界同二葉は敵ではないわね。世薙の方は警戒するべきだけど」
「確かに二葉ちゃんからは邪気を感じないけど・・・・・・」
悪意のある者や腹黒い者は邪気を放っているが、それを世薙からは感じても二葉からは感じなかった。なので愛佳の言う通り心配のし過ぎなのかもしれない。
「取り越し苦労ならそれでいいさ。さっ、ちーち達を見失わないようにいこう」
「はいはい」
警察に目撃されたら間違いなく職務質問されるような忍び足で千秋達を尾行していくのであった。
公園から少し離れた場所にある貸し倉庫業者の敷地内、そこに傀儡吸血姫が潜伏しているらしい。
「あの会社は吸血姫に乗っ取られたらしいです。それで、捕らえた人間を倉庫内に隠しているとか・・・・・・」
貸し倉庫、またの名をレンタル式倉庫というものは家族に知られたくないコレクションを預ける場所として最適だが、まさか人を仕舞うなど誰が想像できただろうか。確かに人目に触れにくいので、その点を過激派は気に入ったのだろう。
「ならあの倉庫内には血を抜かれてしまった人達の遺体があるの・・・?」
目に見える範囲でも倉庫の数は十個を超えている。その全てに人の遺体が入っているわけではないだろうが、ホラー映画も真っ青な猟奇さを感じ想像するだけでも恐ろしい。
「そうだと思います。そして傀儡吸血姫へと変化させるための元として・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
小春はゾッとして身震いする。もし千秋に助けられなかったら、自分も同じように捕らえられて物のように倉庫に収納されていた可能性があるからだ。
「二葉さん、準備はいいかしら? 私はあの倉庫一帯に潜入して調査を行うけれど」
「はい。わたしも同行します。赤時先輩は?」
「小春は隠れていて。そうね・・・あの自動販売機の後ろとか」
付近にある自販機を指す。辺りは灯りも少なく、そんな中で自販機の後ろに一人で隠れるというのも怖いが、千秋のウインクを受けて小春は察するものがあった。
「分かった。千秋ちゃんも二葉ちゃんも気を付けてね」
小さく手を振る小春を残し、千秋と二葉は敵地へと忍び込んでいく。
「待ってたよ、神木さんに相田さん」
手招きする小春の元へ愛佳と朱音が合流する。千秋のウインクの意味は、後から付いてきている愛佳達が守ってくれるという意味であり、それを小春は理解したのだ。
「それで界同二葉に怪しいところはなかった?」
「うーん、特には怪しいとは思わなかったな」
「そりゃアンタが能天気に接していたからじゃないでしょうね?」
「の、のーてんき・・・? 神木さんは私をそんな風に見ていたの・・・?」
「も、物の例えよ。ちゃんと真剣に界同二葉を監視していたか訊きたかったの」
小春がショックを受ける様子を見て慌てて弁明する愛佳。つい朱音を相手にしているような言い回しになってしまっただけで小春に悪口を言うつもりはなかった。
「ちーちは大丈夫かな・・・・・・」
朱音の視線の先、千秋は手近な倉庫に手をかけていた。
「ここは空ね・・・・・・」
ゆっくりとシャッターを開けるが倉庫内には一切の物が無い。
「でも何か気配を感じる。間違いなく、この近くに敵がいる・・・・・・」
見られている、という感覚と邪気を共に感じていて、千秋は魔具を握りながら慎重に周りを見渡す。既に敵に察知されているのだから、いつ奇襲攻撃を受けてもおかしくない。
「二葉さん、アナタも魔具を持っておきなさい」
「はい・・・ですが自信はありません」
「最初は誰でもそうよ。けどやらなきゃ死ぬだけ」
こちらの事情を考えてくれる敵などいない。むしろ弱っているところを見せれば喜んで襲ってくるだろう。
「それに強くなりたいんでしょう?」
「やってみます」
頷いた二葉は短剣を取り出し両手で握る。およそ戦士には見えない及び腰だが逃げ出さないだけマシと言えるか。
「近い・・・そろそろ来るわよ」
千秋が呟いた瞬間、倉庫の影からバッと二体の傀儡吸血姫が飛び出した。殺気を全開にし魔具を振りかざしてくる。
「ヒャッハー! ウマそうな獲物だァ!」
「なんなのコイツらのテンションは・・・?」
両刃のショーテルを弾きつつ、千秋は敵の顎を蹴り上げた。そして回転斬りの要領で傀儡吸血姫の胴を真っ二つにして撃破する。
「凄い・・・! これが千祟先輩・・・!」
「フッ、まだまだ序の口よ」
更にもう一体の突進を避け、頭部を両断した。この程度は造作もないが二葉は心底感心するように目を輝かせている。
「まだ終わりじゃないわ。邪気は他にもある」
近くの倉庫の扉が弾け飛び、五体の傀儡吸血姫が姿を現した。斧や釘バットのような相手を痛めつけて嬲り殺す事を目的にしたような魔具を装備し、舌なめずりしながら迫りくる。
「二葉さん、しっかり相手の動きを観察するのよ。それで突破口を見つけるの」
千秋はそう言い残して敵との交戦に移る。素早い斬撃が飛ぶが、傀儡吸血姫達は数を活かして千秋の攻撃を妨害し互角に渡り合う形になっていた。
「千祟先輩・・・わたしも!」
敵に無視されている二葉は短剣を腰だめに構えて突進した。そして千秋の背後から殴りかかろうとしていた傀儡吸血姫に勢いのまま刃を突き刺す。
「コイツっ・・・!」
「うわっ!?」
致命傷とはいかず、傀儡吸血姫の裏拳が二葉の頭部を直撃し短剣を落として地面に倒れた。
「二葉さんっ!」
そのピンチを見捨てる千秋ではない。二葉の一撃を受けて弱った個体を切り裂き、二葉を担いで倉庫の上へと跳躍する。
「怪我は?」
「へ、平気です。少し頭が痛いだけですから・・・・・・」
「ここに居て。敵は私が全て倒す」
重症を負ったわけではないのでこの程度のダメージならすぐに回復できるだろう。千秋はホッとしつつ、倉庫の上まで追撃してきた傀儡吸血姫達と一人で相対する。
「小娘を守りながら我々に勝てるかな?」
「最近は守りながら戦うことが普通になってきているのだもの、これくらい余裕よ」
「へっ・・・ホザいていられるのも今の内だ!」
小春と出会ってからというもの、小春を守りながらの戦闘が常態化していた。一人で好き勝手戦っていた時とは違って命を預かるのだから責任重大ではあるが、逆にそれがモチベーションにもなっていた。戦闘により緊張感が生まれ、ここで自分が倒れるわけにはいかないという強い思いが生存本能にも火を点ける。
「残り四体・・・やってみるか」
恐らく目の前の敵がこの周囲に配置されている戦力の全てだろう。ならばと千秋は凶禍術の発動を決める。二葉を完全に守り切るためにも出し惜しみをしている場合ではないと考えたのだ。
「ケリをつける・・・!」
全身に力が巡り、千秋の髪が赤く染まる。発光した瞳が敵を捉え殺気を漲らせながら駆け出していく。
-続く-
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