第37話 冥姫

 二葉とは初対面であるが、その彼女から師匠となってくれるよう頼みこまれた千秋。当然ながら困惑し聞き違いではないかと問い返した。


「えっと・・・師匠ですって?」


「はい。千祟先輩の活躍を聞いているうちに、自分も千祟先輩のように強い吸血姫になりたいと思ったんです。なので本人に教えを乞えればと・・・・・・」


「そうは言っても・・・弟子は募集していないのだけど・・・・・・」


 そもそも人付き合いが得意でないのにどうやって師匠を務めればよいのか。小春ならともかく馴染のない相手と上手く接する自信は無かった。


「まあいいじゃないの。アンタに憧れてるってんだし面倒見てあげなさいよ。ククク・・・アンタが師匠ね・・・ぷぷぷ・・・・・・」


 愛佳は笑いを堪えながら千秋に提案する。自分が面倒事に巻き込まれるわけではないので適当なことを言ってからかっているのだ。


「千祟先輩のパトロールに同行させてもらえるだけでいいんです。それで見て学びますから」


「・・・それでいいなら。でも期待はしないで」


 千秋達は毎日ではないが過激派吸血姫を警戒して夜の街を探索している。そうして時折遭遇する敵を排除しているのだが、それに二葉が参加するくらいなら問題ないだろうと判断したのだ。


「ありがとうございます! あの、連絡先を・・・・・・」


 スマートフォンを取り出してアドレスを交換し、二葉はニコやかにお辞儀しながら自宅へと帰っていった。今日の成果を姉の世薙へと伝えたいらしい。


「ということになったわ」


「みたいだね。にしても、ちーちも柔らかくなったな」


「・・・私太ったのかしら?」


「いや物理的な身体の話ではなくて性格のことだよ。前までなら共存派でも信用するなって言ってたじゃん? なのにあの界同世薙の妹を仲間に引き入れるなんてさ」


 出会った頃の小春にも言ったことだ。例え共存派でも裏切り者がいるかもしれないから、すぐに信用するのは危険であると。それは真広の裏切りがあったために千秋が人間・・・いや吸血姫不審になっていたからで、真広を取り戻した今となっては千秋の性格が軟化してきているのだろう。甘くなったと言ってもいい。


「もしかしたら界同世薙がアタシ達の動きを探るために二葉ちゃんを利用しているかもしれないんだぞ? アイツはアタシ達を疎んでいるからな」


「それはあり得るわね。けど、とりあえず様子を見てみましょう。相田さんの言う通りだとして、断ったら次はどんな事を思いつくかわからないもの。なら二葉さんを目に届く範囲に置けば世薙の動きをコチラも掴めるかもしれないわ」


「なるほどね。レジーナの正体と居場所も探らないといけないのに不気味な生徒会長の腹も探らないといけないとはね・・・なんなら界同世薙がレジーナだったら分りやすいし倒すのにも別に躊躇いもないんだけどねぇ」


「世の中そんな単純に事は進まないわよ。レジーナはよほど慎重なヤツらしいし、学校でヘラヘラと過ごして私達にワザワザ喧嘩を売るようなマヌケではないでしょう」


 レジーナは仮面で顔を隠し変声器まで使って素性を秘匿している吸血姫だ。そんなヤツが正体がバレる危うさのある学生生活など送るだろうか。大胆な者ならそれも有り得るかもしれないが。

 千秋達も市民体育館を後にし、軽く周囲を探索して今日の過激派吸血姫狩りは終了した。






「なんか臭いんだよなココ。掃除が行き届いていないんじゃないの?」


 鼻をつまみながら文句を言う宝条は、元の拠点から運び出した椅子を置いてふんぞり返るように座る。新たな拠点は演劇などが行われる劇場で、所有していた会社が倒産した後にレジーナが乗っ取ったのだ。少々カビ臭い役者控室にはテーブルが一つあっただけで、ここに持ち出した荷物を置いて指令室へと改造していた。


「仕方ないだろう。イヤならお前が清掃しろ」


「だから働きたくないって。傀儡吸血姫達をこき使ってやらせよう」


「まったく・・・これからここに客が来るんだ。お前は余計な口出しはするなよ」


「へーい」


 ヤレヤレとレジーナは首を振りつつ呼び出した吸血姫を待っていた。現状では戦力が少なくなっているので、反撃の見込みが立つまで近隣の街にいる過激派吸血姫の手を借りることにしたのだ。


「さっそくお客のご到着だ」


「そのようだな」

 

 レジーナが部屋の扉を開いて廊下に出ると、蛍光灯の明滅する廊下に一人の吸血姫が立っていた。


「待っていたぞ、冥姫(めいき)・・・・・・」


「どうもっす!」


 冥姫と呼ばれた緑髪の吸血姫は、ウインクしながらレジーナの肩を軽く叩き控室へと入る。軽薄な笑みを浮かべているのは宝条と同じだが、その宝条は冥姫の登場と共に真顔になっていた。


「いやぁ久しぶりっすねぇレジーナさん。ピンチだっていうから飛んできたっす」


「助かる。それで傀儡吸血姫は連れてきたのだな?我々の持ち駒は少ないから貸せるだけの余力はないのだ」


「心配ご無用っすよ。既に街中に忍び込ませてありますから。命令次第でいつでも動けるっすよ」


「ならいい。実は厄介な相手がいてだな・・・千祟千秋は知っているな?」


「勿論。あの千祟家の娘でしょう? 純血のプリンセスっていえば有名人ですもん」


 千秋の名前は吸血姫であれば一度は耳にしたことがあるほど知れ渡っている。だから過激派の要注意リスト入りしているわけだ。


「ヤツのせいで我々は冷や水を飲まされた・・・千祟真広も過激派から離脱してしまったしな」


「そいつぁ大変っすねぇ・・・それでウチの出番ってことっすね?」


「ああ。今、最も頼れるのはお前だ。かつて助けてやった恩義を返す時が来たということだ」


「任せてください! レジーナさんのおかげで命拾いしましたからねぇ、お役に立てるなら全力でやりますよ」


「そうか。ならまずは人攫いを頼みたい。わたしの配下となる傀儡吸血姫を増やさなければ戦には勝てぬ」


「了解っす。千祟千秋を叩くのは準備が整ってからっすね?」


 あの真広をも下した千秋に対し生半可な戦力では勝ち目は無い。なので冥姫に人攫いをさせ、傀儡吸血姫の素体を集める計画を立てていた。


「連携を緊密にする必要がある。お前が配置した傀儡吸血姫の位置を教えてくれ」


「それなら地図にマークしておきますよ。ウチはこの街に詳しくないんで、もし隠れるのにオススメの場所があればレジーナさんに配置を任せるっすよ」


 冥姫はレジーナを全面的に信頼しているらしい。それもそのはずで、かつて共存派との戦闘中に重症を負った冥姫はレジーナによって救助されたことで一命をとりとめた。そのためレジーナの命令ならなんでも従う気でいるのだ。


「宝条さんもお久っす。アナタに教わった変妖術、アレはスゴイっすよ。ウチは弱い吸血姫だったっすけど、あの術のおかげで大抵の敵には勝てるようになりましたから」


「まあお前には才能があったからな。術を上手く行使できているなら良かったよ」


「これなら千祟千秋だってブッ飛ばせるっすよ。レジーナさんと宝条さんと共闘すれば、この街だって支配できるのも時間の問題っすね」


 変妖術は適正のある限られた吸血姫にしか使うことができないが、冥姫はその適正を持っていた。宝条に術を教わった後、自分の街に戻って存分に威力を発揮させ、今ではその地域で一目置かれる吸血姫になっている。


「じゃあウチはこの街の散策をしてくるんで、また連絡するっす」


 手を軽く振りながら冥姫は控室を去った。そのテンションの高さに疲れた宝条は、ため息をつきながら背もたれにもたれかかる。


「ああいうヘラヘラしたヤツは嫌いだ」


「宝条、それを貴様が言うのか・・・お前だって冥姫と似たようなものだ」


「同じにしてもらっちゃ困る。私とアイツでは格が違うんだよ、格がね。変妖術を使えるからって私と同格になったつもりでいるなら大間違いさ」


「・・・自信過剰なトコロはお前の方が上だな」


 宝条の人を小馬鹿にしたような態度が目に付き、レジーナにしてみればどっちも似たように不愉快であった。


「なんで冥姫なんだ? アレじゃなくても他にいなかったのか?」


「言う事を聞かせやすいからさ。疑いもせずデコイになってくれる」


「上手く利用できる相手ということ?」


「千祟千秋はわたしの存在を知った。となればヤツはわたしを追うだろう。戦力の整っていない現状で襲われれば為す術も無い。だから我々が万全になるまでの間、冥姫に千祟千秋の注意を引き付けておくのさ」


「そいつぁ名案だな」


 秋穂からも話を聞いてレジーナは千秋の憎悪の対象となっているはずだ。今彼女と戦うには分が悪く、だから冥姫を囮として使い、その間に準備を整えればよい。


「それに、千祟千秋のデータ収集にも使えるはずさ」


「千秋の戦闘力に関するデータだな?」


「ああ。冥姫配下の傀儡吸血姫の位置をワザと千祟千秋達に流す。これで両者の戦闘を観察する状況を作り出せる」


「その観察は誰が?」


「いい案がある。心配するな」


 レジーナは自信満々にそう答えると壁に貼られた街の地図を眺める。これだけの損害を出してもまだ戦いは終わっていない。レジーナにとって、これからが本番だ。



   -続く-

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