第34話 家族のカタチ

 激闘は終わり、戦闘音の響いていた廃旅館は元の静けさを取り戻す。しかし飛び散った朱音や美広の血が床に付着してまるで殺人現場の跡のようだ。


「申し訳ございません、お姉様。レジーナは見つかりませんでした・・・どうやら既に逃げ出していたようです」


 レジーナを捜索していた秋穂と愛佳もエントランスに戻ってきた。彼女達が上階に向かった時には、もうレジーナは山中へと姿をくらました後であったのだ。こういう退きの良さこそが長生きの秘訣であり、臆病と慎重さは戦いでは大きな長所となる。


「いずれ探し出してやるわ。それに、この人が目を覚ませば手がかりも掴めるでしょうし」


「ちーち、真広さんに何があったんだ?」


「コレで操られていたらしいわよ」


 真っ二つに引き裂いた首輪を朱音に手渡す。一見するとただの革製の首輪で籠められていた術も霧散して無害化されている。


「操られて? 催眠術だとでも言うん?」


「そうらしいわ。あのレジーナというヤツは吸血姫相手にも催眠術を行使できるようね」


「となれば強敵だな・・・けど真広さんが元に戻って良かったじゃん」


「そう、ね・・・・・・」


 確かに真広の催眠が解けて正気に戻ったのは喜ばしいことだ。しかし千秋の心中は複雑で素直に事態を受け入れられない。真広の行為が本意ではなかったとはいえ、長い間敵対してきた相手とどう接すればいいのか分からなかった。


「お姉ちゃんも辛かったのね・・・妹なのにそれに気がつかず、わたしは・・・・・・」


 一方の美広は心底安堵しているようだ。気を失っている真広の頬に手を当て優しく撫で上げる。殺す覚悟はあったが、殺さずに済むならそのほうがいい。

 

「あら、もう戦いは終わっていたのですか?」


 ヒールの音を鳴らして正面玄関から現れたのは早坂だ。千秋が応援を要請していたが、警察としての職務に応対していたために連絡に気がつくのが遅くなってしまった。


「早坂さん、外で仮面を付けた怪しい吸血姫を見なかったかしら?」


「仮面、ですか? いえ、そうした吸血姫は見ていませんが・・・・・・」


「そう。逃げ足の速いヤツね・・・・・・」


 千秋は早坂に経緯を話し今後はレジーナを探すよう依頼した。正体不明とはいえ不審者情報の集まる警察なら手がかりを掴める可能性がある。


「皆さんお怪我をしているようですね。私がお運びしますから、どうぞ車へ」


 早坂はバンタイプの捜査車両に乗ってきていて真広を運び込み、タクシーで来ていた朱音と愛佳も同乗することになった。


「アンタが警察車両に乗り込むと、まるで連行されているようね」


「オイオイ神木さん。アタシは悪人じゃないんだから連行なんてされる覚えはないぞ」


「あたしには視えるわ。痴情のもつれから警察沙汰になって通報されるアンタの未来がね」


「その時は迎えに来てね」


「アホ。まずはトラブルになるようなハレンチ行為は慎むことね」


 冗談を言い合えるのも平和な証である。一行は廃旅館を後にし、勝利の余韻と一抹の不安を感じながら街へと帰っていくのだった。






 千秋と小春は家へと戻り、リビングでぐったりと寄り添い合っていた。前線に出ていた千秋はいわずもがなであるが、吸血によって血を多量に失った小春にもずっしりと疲労がのしかかっている。


「勝てて良かったけど・・・今までで一番怖かったかも。相田さんと美広さんが死んじゃうんじゃないかって・・・・・・」


「そうね・・・私もかなり冷静さを欠いていたわ。こんなに焦ったのは久しぶりよ」


 真広の離反以降、千秋は単独で戦場を駆け抜けてきた。それは、もう誰かを失う恐怖を味わいたくないからという理由もあったのだ。

 

「真広さん、早く目を覚ますといいね」


「ええ・・・レジーナのことを教えてもらわないといけないし」


 気絶したままの真広は病院へと運ばれ、そこに勤める共存派の吸血姫が経過観察することになった。秋穂も病室に付き添い目を覚ましたら連絡をする手筈だ。


「お先にシャワー使わせてもらいました。血もキレイに洗い落とせてやっとスッキリしたわ」


 湯気を漂わせながら美広がパジャマをめくると、腹部には既に傷口は無く綺麗な肌へと回復していた。この驚異的な再生能力があれど致命傷を負えば死に至るわけで、もう少し刃がズレれていたら心臓か肺をやられてあの世行きだっただろう。


「小春、先にシャワー使っていいわよ」


「え、でも千秋ちゃんの方が疲れてるでしょう?」


「小春の血のおかげで疲労は軽減されているもの、大丈夫よ」


「じゃあお言葉に甘えて」


「寝る時は一杯甘えさせてね」


「もちろん」


 ふにゃっとした笑顔で小春が浴室に向かい、リビングに二人が残される。千秋は美広が何かを話したい雰囲気があるのを見逃さず、それで小春にシャワーの順番を譲ったのだ。


「ごめんさない千秋ちゃん。結局、迷惑をかけちゃって・・・・・・」


「むしろ逆よ。ママがいなかったら藻南との戦闘に乱入されたか、無防備になった小春達が襲われていたわ。文字通りママが身を挺してくれたから今ここに私と小春が帰ってこられたのよ」


「優しいのね。本当に・・・・・・」


 千秋は勘違いされやすいのは確かだが実際には根の優しい吸血姫なのだ。でなければ共存派に残らず真広と過激派へ転じていただろう。


「ようやく家族を取り戻せたわね。これで、わたしの役目も終わりね・・・・・・」


 この数年、千秋を保護者として支えてきたが真広を取り戻せたとなればその必要もなくなる。彼女の家族が一つになれば昔のように外から見守る叔母へと戻るだけだ。


「終わりだなんて・・・そんな悲しいこと言わないでよ」


「お別れってわけではないわ。以前のように千秋ちゃん達を見守っているから」


「前にも言ったでしょう? 私のママはアナタなのよ」


 千秋は美広の前へと移動し、いつになく真剣な眼差しで訴える。


「本当のママがいるでしょう? 血の繋がったお姉ちゃんが」


「血の繋がりなんて関係ない! 一緒に過ごした時間が私達を本当の家族にしてくれた。違う?」


「でも・・・・・・」


「ママは・・・私のことを娘だと思ってくれていないの?」


「そんなことない! 自慢の娘よ。だけどお姉ちゃんに申し訳ないわ・・・・・・」


 真広にとっては娘を盗られたようなものではないかと気にしているのだ。だから千秋のことを大切に想っていても、真広の元に返す時が来たのだと無理矢理納得しようとしている。


「私にとっては、もうアナタこそがママなの。替えは効かない。真広にだって」


「千秋ちゃん・・・・・・」


「だから・・・改めてお願いします。私のママになってください」


 その願いを断れるわけがない。美広にとっても千秋は本当の娘のようで本心では離れたいとは思っていないのだ。


「分かったわ・・・わたしの大切な大事な千秋ちゃん・・・・・・」


 美広は千秋を母性のままに抱きしめる。血の繋がりなど関係無い。ここにいるのは一組の親子そのものだ。


「お姉ちゃんが目を覚ましたら、一緒に事情を話しましょう。そして千祟一族にとって良い未来を共に見つければいい」


「そうね。真広に対して思うところは私にもある。だからママの言う通り、これからについて話し合いましょう。できれば小春も共に」


「ええ。わたしと千秋ちゃんにとって大切な人だものね」


 小春の親は一切の連絡をしてきていないらしい。赤時家の親子関係はどうやら冷え切っているようで、互いの存在をもはや認識していないレベルだった。なら、その孤独な小春を保護したってバチは当たらないだろう。何らかの法律には引っかかりそうだが、そんなものを今更恐れる美広ではない。


「母親、か・・・・・・」


 家庭を築くなど幼い頃の美広には想像も想定もしていないことだった。だがこうして娘ができて代理ではない真の母親となる決意と覚悟は完了している。

 実の姉との死闘を終え、幸福に包まれた美広の表情は、ただ穏やかであった。






「ありがとう小春。今日も助けられたわね」


 深夜となり、千秋は普段通りに小春の布団の中に入る。一人用の小さな布団は二人で寝るには手狭だが、互いの体温を感じられる距離でなければ眠れなくなっていた。


「そうかな? 影が薄かったような・・・・・・」


 戦場後方であたふたして、エントランスの小部屋で様子を窺っていたシーンを思い返す。


「最後だってフェイバーブラッドを補給できたから真広と渡り合えたのよ。それにママだってその血のおかげで回復が早まったんだもの、命の恩人でもあるのよ」


「いつもお世話になっているから、これくらいはしないとね。後で真広さんにも飲んでもらいたいな」


「いいの?」


「だってもう敵じゃないでしょう? なら真広さんとも仲良くなりたいなって」


「ふふ、まったくお人好しね小春は」


 割り切りがいいというか、小春の切り替えは千秋には羨ましいものであった。

 しかし背負った宿命を降ろすことができたことで、憑き物が落ちたように身が軽くなっていて、これなら真広とも向かい合うことができるだろう。


 千秋は小春の胸に顔を埋め、他者の温もりに飢えている自分に呆れながらも、受け入れてくれる者達がいる今を失いたくない気持ちで一杯だった。



   -続く-

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