第33話 一滴の涙

 真広の凶刃に倒れた美広。凶禍術を使って体力を消耗していたため傷の修復が遅く、意識が朦朧として衰弱が始まっていた。

 そんな美広を助けるためにも、まずは真広を討伐しなければならない。


「ありがとう小春。これで存分に戦えるわ」


「気を付けてね・・・必ず勝ってね」


「ええ、待っていて」


 吸血によってフェイバーブラッドを多量に取り込んだ千秋は、刀を握りなおして真広に立ち向かう。長期戦に持ち込む気はなく凶禍術で一気に勝負を決める算段らしい。


「秋穂、もういいわよ。下がって小春達を頼むわ」


「はい、お姉様」


 真広の前に立ちはだかって吸血の時間を稼いでいた秋穂が後退し、千秋がゆっくりと歩み寄る。


「貴様はここで殺してやるわ」


 催眠に乱れが生じて混乱していた真広だが、ようやく催眠効果が戻ったようで千秋を視界に入れて刃を向けた。まさか真広が催眠コントロールされているなど千秋の想像できることではなく、全ての元凶として憎み千祟家の因縁に終止符を打とうとしている。


「千秋・・・ワタシと共にきなさい・・・・・・」


「まだそんな事を言う・・・! 貴様とはここでお別れだ!」


 凶禍術を発動し、千秋の髪が真紅に染まる。


「ワタシも本気でいくわよ」


 呼応するように真広も凶禍術を使った。さすがに千秋が相手では本気を出さざるを得なかったのだろう。

 全力状態となった母と娘がほぼ同時に駆け出し、魔具である刀で鍔迫り合う。


「パワー勝負なら!」


 フェイバーブラッドの効果により千秋の力は真広を上回っているのだ。なので正面からの打ち合いならば有利に戦うことができる。

 しかし前回の戦闘でそれを知っている真広は、すぐに刀を切り返して千秋の側面から振りあげる。


「スピード勝負に持ち込もうってのね・・・!」


 機動性能自体は大差はない。なので素早い動きで立ち回る機動戦を展開すれば真広にも充分に勝ち目がある。

 とはいえ千秋の反射神経も並みではない。真広の刀を弾き、蹴りを放った。


「くっ・・・!」


 腰に蹴りがヒットするが、すぐに体勢を立て直して千秋の追撃を躱す。思考回路を制御されていても体に染み込んだ戦闘判断力は衰えず、凶禍術という千祟家に伝わる秘術を完全に使いこなしている。


「どうしてそこまでワタシを拒むの?」


「さっきの行いを忘れたの!? 私のママを傷つけて、そんなヤツに同調するものか!!」


「ママ・・・昔はワタシのこともそう呼んでくれていたのに」


「呼べるわけない・・・もう、呼べる相手じゃないんだ!!」


 千秋の素早い突きが真広の腕を掠め、両者は絡み合うようにして地面に転がった。咄嗟に千秋は殴りつけようとするが、真広は千秋の腕を押さえる。


「昔のアルバム・・・あそこに写っていたアナタは、あんなにも優しかったのに!」


 押入れの奥で見つけたアルバム・・・そこに収められていた写真の数々が昔を思い出させ、千秋の目には涙が溢れていた。血縁とは切っても切れるものではなく、憎しみがあれど記憶と心の奥底に封印されていた”母親だった頃の千祟真広”が想起される。

 そして涙の一滴が落ち、真広の頬を濡らした。


「千秋・・・何故泣いて・・・? ワタシは・・・! う・・・あぁ・・・・・・」


 激しい頭痛に襲われた真広は千秋を振り払い、魔具をも捨てて頭を抑えながら呻き始めた。一体何事かと千秋も動揺し、絶好の攻撃チャンスではあったが真広を怪訝そうに見る事しかできない。


「どうなって・・・!」


「おかしな気配がする。千祟千秋、ヤツには妙な術がかけられているわ。気を付けなさい」


 階段を下って来ていた愛佳には既に戦闘力は無いが真広から何かを感じ取っているようだ。これは対吸血姫の巫女ならではの能力といったところか。


「神木さん、分かるの?」


「巫女のカンは鋭いのよ。あの首輪・・・アレから邪気を感じるわ。最初は何にも感じなかったのに・・・・・・」


 真広の催眠が再び乱れて首輪にかけられた術が暴走状態になっているらしい。最初の遭遇時に感じ取れなかった邪気だが明確に嗅ぎ分けられるほど安定を欠いていた。


「首輪・・・・・・」


「なんか分からんけど、破壊する価値はあるわよ」


「承知」


 千秋は苦しむ真広に肉薄し首輪へと手を伸ばす。


「この感覚は・・・!」


 首輪に接触すると異質な感触が千秋の体にも流れる。思考が乱れ、まるで侵食を受けるような感覚に吐き気すら催す。


「くっ・・・! こんなの!!」


 このままでは自分にも悪影響が及ぼされるかもしれない。ならばと両手に力を籠めて引き裂くように一気に首輪をちぎった。頑丈な革製であったが吸血姫の手にかかれば紙も同然だ。


「邪気が晴れた・・・!?」


 バッと紫色の光が首輪の残骸から放出され霧散、先程まで感じていた邪気は消失した。

 途端、真広は力なく崩れ落ちる。糸の切れた操り人形のように。


「一体なにが・・・?」


 倒れてぐったりとしているが真広の瞳に生気が戻っているようだ。首輪をしていた頃の虚ろさはなく、顔を覗き込む千秋と視線を合わせた。


「首輪を破壊してくれたのね・・・・・・」


「これは、なんなの?」


「それに操られていたの・・・レジーナという吸血姫に付けられて・・・・・・」


「レジーナ・・・あの仮面のヤツね?」


「まさか催眠にやられるなんてね・・・ワタシの意識が体の奥に隔離されて、後はもう勝手に体を動かされて・・・ごめんなさい、こんな事に巻き込んで・・・・・・」


 真広の本来の意識そのものは失われておらず、体の中で縛りつけられた状態であった。催眠で体を制御されて思考を乗っ取られていたが、首輪を取りつけられていた期間の記憶はしっかり保持している。


「吸血姫を操る催眠だというの? それなら、アナタは自分から過激派に行ったのではないのね?」


 催眠にかけられていたという話は嘘かもしれないと疑いを持っていた。何故なら吸血姫に催眠術は効かないはずだからだ。

 だが真広の苦しみ方は演技とは思えず、首輪の妙な邪気を考えれば真実なのだろう。そもそも吸血姫自体が超常現象の塊なのだから、千秋の常識を覆す術の一つや二つがあっても不思議はない。


「本当に、ごめんなさい・・・・・・」


 それを言い残し真広は目を閉じた。すぐさま千秋が心拍を確認すると小さな鼓動が聞こえ、死んだわけではなく気を失っただけのようだ。






 その一連の様子を上の階からこっそり観察していたのはレジーナだ。切り札であった真広を打ち倒され、あまつさえは催眠を解かれてしまった。こうも自らの計画をズタズタにされて怒りが頂点に達していたが、相手が消耗しているとはいえ勝てる見込みは無く、拳を握りしめながらも撤退を選択する。


「千祟千秋め・・・ああも脅威になるとはな。しかしあの小娘・・・千祟千秋達に協力しているのか・・・?」


 この戦場で唯一の一般人である小春に興味を抱いたが今は逃げることが先決だ。


「これで終わりではないぞ・・・!」


 見つかる前に開いている窓から外へと飛び出し、レジーナは真夜中の山中へと姿を消した。

 生きてさえいれば挽回のチャンスはある。歯ぎしりしながら耐えた者のみが未来を得ることができるのだ。






「秋穂、レジーナの捜索を任せていいかしら?」


 真広の制圧には成功したものの、レジーナと思わしき仮面の吸血姫は取逃している。なので千秋はまだ体力が残っている秋穂にレジーナ捜索を頼んだ。


「あたしも付いていってやるわよ」


 秋穂一人では危険だと愛佳が付き添う。戦闘は不可能だが、もし遭遇した時に何かしらの援護くらいはできるはずだ。


「ママは・・・?」


「わたしは大丈夫よ」


 二人を見送り、重症を負っていた美広の方を振り向くと上体を起こして無事をアピールしていた。どうやら小春の血を飲んだようで傷の回復が始まって顔色も良くなっている。


「千秋ちゃんも怪我はない?」


「ええ、平気よ。でも本当に無事で良かった・・・・・・」


 刃に突き刺されていた美広を見た時は文字通り血の気が引いた。千秋にとって美広も大切な相手であり、絶対に失いたくない一人なのだ。


「おうおう、アタシも忘れてもらっては困るぜ」


「忘れてなんかないわよ相田さん。怪我はもう平気なの?」


「ぐっさり刺さったんでかなり痛かったけど、とりあえずは大丈夫。まあ療養は必要だろうけどな」


 藻南のチェーンメイスをまともに受けた朱音も目を覚ましていた。全快には遠いが、サムズアップしながら千秋の傍に腰を降ろす。


「一時はどうなるかと思ったけど、ひとまず皆が生き残れて良かった」


 戦場に足を踏み入れた者には等しく死の危険が付き纏う。けれど仲間や大切な人に振りかかってほしくはないし、全員で生還したいと願うのは千秋だけではない。

 凶禍術が解けて少し目眩がしながらも、一息ついて小さな笑顔を浮かべる千秋であった。


    -続く-

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