第2話 戦う理由

 赤時小春(あかとき こはる)は自らに起こった出来事を脳内で整理する。

 まずフードを目深に被った不審者集団によって廃墟に監禁され、そこを吸血姫と名乗るクラスメイトの美少女に助けられるというアニメや漫画にでもありそうなシチュエーションを体験したのだ。こんな出来事に遭遇する確率は果たしてどれくらいのものなのだろうか。


「それで吸血姫って一体何なの? ヴァンパイアとかドラキュラみたいなものだよね?」


「近しい存在だけど厳密には違う種族よ。吸血姫は日本独自に発展した種族で、それらとは異なる特徴を持つの。例えば吸血姫に血を吸われても吸血姫化することはないし、十字架が苦手というわけでもない。日光を浴びていると弱体化するけれど死にはしないしね。西洋のドラキュラタイプに比べると、より人間に近いのが私達なのよ」


「へえ・・・地域によって特徴が違うならご当地マスコットみたいだね」


「そんな可愛らしいものではないわ。同族で醜い戦争を続ける憐れな種族よ」


 悲し気に千秋は俯く。昨日の戦いも、その醜い戦争の一部始終なのだろうか。


「それは人間だって同じだよ」


「かもしれないわね。でも事情が色々複雑なの。まあとにかく、吸血姫なんて碌な存在ではないわ」


 まるで自分を卑下するような言い方であったが、その事情とやらを訊いても今の自分には理解できないのだろうなと次の話題に移す。


「でさ、私の血のことなんだけど・・・・・・」


「あなたの血は普通の人間の血とは違う。恐らくだけど、フェイバーブラッドと呼ばれるものよ」


「ふぇいばーぶらっど・・・?」


「吸血姫は動物や人間の血をエネルギーとして身体能力を強化したりすることができるの。フェイバーブラッドは普通の血よりも強力なエネルギーを生み出すことができる血で、とても希少価値の高いものなのよ」


 その希少価値の高い血が自分に流れているなど小春には信じられなかった。強力なエネルギーを生み出せるらしいが小春の運動神経は並みだし、血液検査などでも異常があると言われたことはない。


「それが私の血なんだ」


「ええ。あなたの血を吸った私は瞬時に回復したし、力が漲るのを感じたわ。なによりとても美味だったし」


「美味しいんだ・・・・・・」


 血の味などどれも変わらないと思うが吸血姫には違いが分かるのだろう。

 そんな会話をしている中、小春のお腹が鳴って空腹を知らせた。思い返せば昨晩から何も食べていないし、かなりの量の血を吸われたことで小春の体もエネルギーを欲しているのだ。


「お昼ご飯にしましょう。そろそろ用意も終わっているはずだから」


「用意?」


「私のママ・・・お母さんがね、食事を用意してくれているわ」


「ママって言った・・・・・・」


 指摘されて千秋は顔を真っ赤にして先に部屋を出ていった。


「へへへ、意外とカワイイところがあるんだ」


 千秋とはこれまで面識はほとんど無かったがクラスの中ではクールキャラとして認識されており、そんな彼女の一面を見ることができた小春はにやけながら千秋の後を追った。






「あらぁ、目が覚めて良かったです!」


「ど、どうも」


 リビングで小春を出迎えてくれたのはおっとりとした20代くらいの成人女性だった。整った容姿は千秋に似ているが、少し垂れ目で優しそうな雰囲気を醸し出している。


「自己紹介がまだでしたね。わたしは千秋ちゃんの保護者の千祟美広(ちすい みひろ)といいます。」


「赤時小春です。宜しくお願いします」


「一晩中帰らなくてきっと親御さんが心配してますよね。連絡はしましたか?」


「父の長期出張に母もついていったので家には私一人しかいないんです。だから連絡はしてないです」


「そうなんですか。一人じゃあ寂しいですよね」


「いえ、慣れてますから」


 仕事熱心な父と、それを支える母。聞こえはいいのだが家族サービスなどあまりなく思い出なども少ない。特に小春が高校生となってからは父親の出張の関係で家では一人で過ごすことが多くなっていた。

 

「ささ、こちらへどうぞ。簡単な食事しか用意できませんでしたが、召し上がってください」


「ありがとうございます。いただきます」


 食卓の上には三人分の食事が用意されていて、小春は促されるまま頂くことにした。卵焼きやみそ汁などまるで朝食のようなメニューだが、目覚めたばかりの小春にとっては嬉しい内容だ。


「吸血姫も普通の食事を食べるんですね?」


「そうですよ。わたし達は普段はこうして一般の方々と変わらない物を食べていまして、力を使わなければ血を欲するのはたまになんです」


「なるほど」


 吸血姫なんていうものだから普段から血を飲んでいると思ったがそうでもないようだ。


「ママ・・・じゃなくてお母さん、今夜も出かけるから」


「無理は禁物よ。昨日だって赤時さんがいなかったピンチだったんだから」


「分かってる」


 出かけるというのは昨日のように戦いに赴くということなのだろう。小春の知らないだけで吸血姫による戦いは身近で行われているのかもしれない。

 

「ねえ、千祟さん達は一体何と戦っているの?」


「吸血姫は二つの勢力に別れているの。一つは人間を家畜にして吸血姫による支配を目論む過激派。もう一つは人間との共存を図り、過激派の野望を食い止めようとしている私達共存派。この二つの勢力が戦争をしていて、私は過激派連中と戦っているの」


「人間を家畜に・・・? そんな吸血姫が勝ってしまったら・・・・・・」


「人は人権など失い、生きる希望も持てない世界となるでしょうね」


「そんな・・・・・・」


 過激派が勝利したら当たり前のように過ごしている日常が崩壊するということだ。そう考えると割と能天気な小春でも恐怖を感じる。


「私は人間が好きってわけではないわ。でも人の生みだした文化や、この世界の有り方は好きなの。だからそれを壊そうとする者達は許せないし、他者を弄ぶような行いは阻止したいのよ」


 戦う理由は人それぞれだ。だから千秋の考えに小春は頷き、そして心の内で芽生えた思いを口にする。


「ねえ、私にも手伝えることあるかな?」


「えっ? 赤時さんに?」


「うん。千祟さんの話を聞いて、私にも何かできないかなって。例えば私の血が特殊で役に立つというのなら、それを千祟さんに提供するとかさ」


「でも・・・・・・」


 千秋は考え込むように手を顎に当てている。いくらフェイバーブラッドの持ち主とはいえ、一般人である小春を吸血姫の戦いに巻き込んでよいものかという葛藤だ。勿論、小春の言う通り血を提供してもらえれば千秋も安心して戦えるのだが。


「戦争なんだから危険なことに首を突っ込むことになるんだろうけど、でも過激派が幅を利かせる世界になればどの道終わりでしょ?ならそれを食い止めたいんだ」


「・・・分かったわ。ならまずは私達の戦いを見学することから始めましょう。それで今後を考えればいいわ」


「そうするよ」


 確かに吸血姫の戦争について言葉で聞いただけで、実際に目にしてみなければ理解できないこともあるだろう。だから千秋の提案に乗ることにした。


「でも本当にいいのですか?」


「はい。私のような目に遭っている人だっているかもしれないですし、なら千祟さんの手助けをしてそうした人達を救えたらって」


「そこまで仰るなら・・・・・・千秋ちゃん、赤時さんをしっかり守ってあげるのよ」


 美広の言葉に千秋は頷き、食べ終わった後の食器をキッチンへと運んでいく。その背中が頼もしく見え、出会ったばかりではあるが命を任せられる相手だと何故だか思えた。






 昼食の後、一度自宅へと帰って身支度を整える小春。昨日の服は汚れているしシャワーも浴びておきたかったのだ。


「これでよしっと」


 夕刻、千秋との待ち合わせ場所である駅前へと向かう。週末であることから人の出は多かったが千秋の姿をすぐに見つけることができた。


「お待たせ。千祟さん来るの早かったんだね?」


「いえ私も今来たところよ」


「そう・・・ってか何故制服?」


 小春は普段着にしている動きやすいジャージを着てきたのだが、千秋は学校の制服を着ていた。そのブレザーでは戦いにくいのではないだろうか。


「カッコイイからよ」


「えっ? でも学校を特定されたりするかもしれないよ?」


「その時はその時よ。いい? 高校生だからこそ、その特権を使わなきゃ損でしょう?」


「あ、うん、そうだね」


 ドヤ顔でそう主張する千秋に何も言い返せず頷くことにした小春。先日も制服で戦っていたし彼女なりのこだわりがあるのだろう。


「それで、どこに行くの?」


「敵の隠れ家の一つを潰しに行くの。決行は深夜だけど、その前に偵察をしておきたいのよ」


「ふむふむ」


 歩き出し出した千秋について行き、作戦プランを聞きだす。


「この街の外縁部に削岩施設があるのは知っているかしら?」


「そんなのあったっけ?」


「だいぶ昔に稼働終了して放置されている施設よ。そこに過激派連中が潜んでいるらしいの」


「いかにもって感じだね」


「そういう人目に付きにくい場所をヤツらは好むわ。暗部とよばれる場所をね」


 悪の組織とは日陰で虎視眈々と侵略の準備をしているもので、まさにテンプレートな潜伏の仕方と言えよう。


「まずは削岩施設の様子を窺うわ。そして敵がいると確信を持てたら攻撃を行う」


「張り込みってやつだね」


 駅前からバスに乗り込み街外れまで移動する。そして最寄りのバス停から目的地となる削岩施設までは徒歩で向かうが、その周囲には人影もなく二人の少女がいること自体が違和感を醸し出していた。






 破棄された削岩施設を見下ろせる高台へと昇り、物陰に身を隠しながら様子を窺う二人。陽が完全に落ちてから施設に動きがあり、小春を襲ったようなフードを被った不審者達が数名集まって来たのが見えた。


「あそこに敵がいる。間違いない」


「あんなに吸血姫がいるんだね」


「アレは吸血姫じゃないわ。傀儡吸血姫(くぐつきゅうけつき)と呼ばれるヤツらよ。人間の死体に特殊な術をかけて精製された操り人形なの」


「人間の死体を・・・?」


「そう。ヤツらは人間を誘拐して死ぬまで血を吸い取り、そして死んだ後は傀儡吸血姫の材料としているの。本来傀儡吸血姫の精製は禁忌とされてきたのだけれど、倫理観の欠片も無い過激派は平気でそういう事をするわ」


 過激派と呼ばれる吸血姫は人間を血液を生み出す下等な肉塊程度にしか思っていない。だから上位種たる吸血姫の好きにしていいという理屈だし、死体を素材にするという冒涜的な行いも気にしないのだろう。


「そんなの阻止しないとね」


「ええ。これ以上被害者が出る前に止めるわ」


 千秋は立ち上がり、削岩施設へと歩き出す。


「赤時さん、私から離れないで。戦場でもなるべく」


「うん、分かった」


 小春も千秋の後を追って削岩施設へと近づいていき、傀儡吸血姫に見つからないよう潜入する。灯りは最低限の電灯しか点いていないので足元さえ見づらく、何かに足を引っかけないよう慎重に敵との間合いを詰めていく。


「私が敵に奇襲をかけるから、赤時さんはここで待っていて。血の補給が必要になったら戻るわ」


「了解」


 施設の奥に傀儡吸血姫が数人突っ立っており、こちらにはまだ気がついていない。今なら不意打ちをすることが可能だ。


「ヤツらの思い通りにはさせない・・・!」


 手の甲に浮かび上がらせた紋章が千秋の刀を形成する。

 そして、物陰から飛び出した千秋は傀儡吸血姫へと斬りかかった。


    -続く-

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