フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

第1話 吸血姫

「ここは・・・?」

 

 見知らぬ部屋で目を覚ました赤時小春(あかとき こはる)は周囲を見渡す。薄暗く、まるで廃屋のようなボロさのある部屋に閉じ込められており、自分が誘拐されたという事実は間違いないのだなと妙に冷静な思考で確認していた。


「どうしてこんなことに・・・・・・」


 小春は思い返す。友人宅からの帰り道、そこで起きた出来事を・・・・・・






 陽がすっかり落ちて星空が広がり始めた頃、友人宅での勉強会に参加していた小春は家路を急いでいた。ここ最近不審者の目撃情報が多く、小春のようなひ弱な女子高生が襲われれば為す術もない。だからこそ一刻も早く家に辿り着きたかったのだが、街の中心部から離れた赤時家に辿り着くためには人気の少ない林道などを抜けなければならなかった。


「えっ? 何!?」


 突如人の気配がして振り向くと、そこには夏だというのにいかにも怪しげなフードを目深に被った三人組が立っていた。葉の生い茂った木々の影から現れたその不審者達は足音もなく小春に近づいてくる。


「な、なんです?」


 あまりにも不気味な相手に怯える小春は後ずさりしながら逃げようとするが、アッという間に距離を詰められて取り囲まれてしまう。


「こんなときに自転車さえあれば・・・・・・」


 普段ならば自転車で移動しているのだが今日に限ってパンクして動かなかったのだ。不運とは重なるもので、小春は自身の運命を呪うがそれは何の解決にもならない。


「一緒に来てもらう」


「いやです!」


「断る権利はない。貴様は供物になってもらう」


「こ、穀物・・・?」


「供物だ」


 次の瞬間には腹に強烈なパンチがめり込み、小春は嘔吐しそうになりながら気を失う。

 そして地面へと倒れ込んだ小春をフードの女達が見下ろしながら笑みを浮かべ、担ぎ上げて風のようにどこかへと消え去って行った・・・・・・






 ・・・という経緯で今に至る。


「逃げなくちゃ!」


 付近に監視はおらず拘束もされていないので動くことは可能だ。

 小春は勇気を出して部屋の外へと忍び足で出ると、廊下の窓から差す月光に照らされて目を細めた。

 

「ここは山奥にある廃業した旅館・・・?」


 まだ幼かった頃、一度だけ泊りに来たことがある旅館だと思い出す。小旅行ということで小春の住む街の外郭にあるここに泊まったのだ。その時に出会った綺麗な少女との出来事も同時に想起されるが、今はそんな懐かしい感傷に浸っている場合ではない。


「ん? 誰かいるの?」


 囚われていた二階から一階へと続く階段を見つけた小春が下を覗き込むと、フードを被った女三名と長い黒髪の少女がエントランスで向かい合っているのが見えた。その黒髪少女は小春と同じ制服を着ており、稲崎高校の生徒だということが分かる。

 

「アナタ達は・・・またこんな事をして!」


 強い嫌悪感を乗せて黒髪少女は吐き捨てるように言葉を発する。どうやらフードの女達と敵対関係にあるようで、互いに強い殺気を振り撒いている。


「我が主の勅命である。吸血姫の世界を開くため、貴様をここで排除する」


「何を言っても無駄ね。アナタ達のような操り人形には」


 一方の小春はというと、今のうちに遠くに逃げればいいのに眼下の状況に興味を惹かれて息を殺しながら観察していた。


「ここで消えてもらうわ」


「いくら純血のプリンセスと謳われる千祟千秋(ちすい ちあき)でも、我々を単独で相手にするのは無理だろう」


「そうかしら? 私の力、侮ってもらっては困る」


 千秋と呼ばれた黒髪少女は手を顔の近くに掲げる。すると手の甲部分に赤く複雑な形をした紋章が現れて発光し、千秋の眼前に真紅の刀が形成された。


「千祟って、もしかして・・・・・・」


 その名前に小春は聞き覚えがあり余計に事の推移を見届けたいと思う。


「さあ、月明かりに舞いましょう・・・・・・」


 痛い中学生のようなセリフを呟きながら千秋は刀を構えて敵に突っ込むと、目にも留まらぬスピードで斬りかかった。そしてフードの女一人を真っ二つにし、もう一人も両断される。


「えっ・・・? 消えた・・・?」


 千秋に切断された者は赤い粒子となって遺体など残らず霧散した。ただでさえ意味不明な展開が繰り広げられているのに、もうオカルトとしか言いようのない出来事にただ小春は圧倒されて見入ってしまう。


「ふっ・・・先ほどまでの強気な態度はどうしたのかしら?」


 最後の一人もあっけなく斬り殺され、先ほどまでの喧噪など嘘のように静けさがエントランスを支配する。

 そうして物騒な戦いも終わり小春はホッとしたのだが、敵の消滅を見送った千秋がフラッとよろけてその場に倒れてしまった。


「あっ!?」


 小春は階段を駆け下り、地面に伏せている千秋の隣に膝をついて安否を確認した。凶悪なデザインの刀を振るっていた人物ではあるが、どうにも放っておけなかったのだ。それは千秋が小春を拉致したフードの女達を倒しているのを目撃したからで、それならば味方かもしれないと安直に考えたためでもある。


「やっぱり千祟さん!?」


 暗がりだったので顔を覗き込むまで分からなかったが、近づいてよく見てみると黒髪少女が自分と同じクラスに所属している生徒で間違いなかった。


「稲崎高校2年2組の千祟さんだよね!?」


「そうだけど・・・あなたは?」


「私も同じクラスの赤時小春だよ」


「聞いたことある名前だけど・・・ごめんなさい。クラスメイトのことはよく覚えてなくて・・・・・・」


 そう申し訳なさそうに謝る千秋。いつも一人で過ごしているので他者と関わることが少なく、学校行事にも参加しないのでクラスメイトなど把握していないのだ。


「そ、そっか。ていうか、一体何をしていたの?」


「奴らを倒すために・・・それより申し訳ないのだけど、肩を貸してほしいの。体に力が入らなくて・・・・・・」


「うん。いいよ」


 言われた通りに肩を貸し、近くにあった小部屋へと連れていってソファへと横たえてあげた。熱などはないようだが体調はかなり悪いらしく、ぐったりして辛そうに息をしている。


「どこか具合が悪いの? 救急車を呼ぼうか?」


「いえ、普通の治療では効果はないわ」


「そうなの? ならどうすればいいのかな?」


 小春の問いかけに対し深刻そうに躊躇う千秋。


「血がね、足りないのよ」


「貧血なの?」


「まあそうとも言えるけれど・・・さっきの戦闘で消耗してしまったから、吸わないといけなくて・・・・・・」


「吸う?」


 千秋の言っている意味が理解できないというふうに小春は首を傾げる。蚊でもあるまいし、血を吸うとはどういうことなのか。


「文字通りの意味よ。私はただの人間じゃない・・・吸血姫(きゅうけつき)なのよ」


「あ~・・・きゅ、吸血姫?」


「人や動物の生き血を糧に力を得る存在、それが吸血姫なの」


 至極真面目に言うものだから小春はその言葉を受け止めた。千秋はその吸血姫とかいう種族の者らしく、それで血を欲しているらしい。


「またお願いがあるのだけれど。あなたの血を少し貰えないかしら?」


「私の!?」


「ええ。他に頼める人もいないわ」


 確かにここには小春と千秋しかいないし、ともすれば小春が血を分けてあげるしかないだろう。

 だがほぼ初対面のような相手に対して命の源である血を差し出すというのも気が引けた。


「でも他に方法はないか・・・仕方ない、いいよ」


「そう。ならコッチに寄ってもらえるかしら」


「う、うん」


「じゃあいくわよ・・・・・・」


 千秋は小春の黒髪を手ですくうように避けて滑らかな首筋に顔を近づける。

 

「ちょ、ちょっと待って!」


「どうしたの?」


 もう少しで首に千秋の鋭く尖った犬歯が当たるというときになってサッと身を引いた。唐突に緊張と恐怖に襲われたのだ。


「ご、ごめん。少し緊張しちゃって」


「そうよね。こんなのオカシイものね・・・・・・」


 悲しそうに眉を下げる千秋。拒絶されれば誰だって悲しいし、人付き合いの稀薄な千秋にとっては特にそう感じるのだ。そもそもの要求が変であり、受け入れてもらえるという前提が間違ってはいるのだが。

 しかし小春にとって千秋は恩人だ。あの不審者達を引きつけておいてくれたから部屋から脱出できたわけで、もし千秋がいなかったら何をされていたか分からない。


「確かに普通じゃないけど、でも、私やるよ」


 覚悟を決めた小春は首を差し出す。

 そこに整った顔立ちの千秋が迫り、今度こそ歯が柔らかい肌に突き刺さった。


「痛っ・・・!」


 皮膚を歯が貫通した瞬間、針で刺したようなチクリとした痛みが脳へと伝わってくる。だがその痛みはすぐに消え、こんな異様な状態にも関わらず不思議と心地よさが生まれ始めた。錯覚などではなく間違いなく気持ちのいい感触だ。


「これって・・・・・・」


 千秋は吸血を一旦止め、驚いたように小春のことを見ている。


「ど、どうしたの?」


「あなたの血、他の人のものとは違うわ。独特な味で・・・とても美味しい・・・・・・」


 興奮しているのか顔を赤く蒸気させ目は恍惚としていた。


「違うってどういう?」


「具体的に説明するのは難しいけれども、とにかくあなたの血は他とは違う特別なものよ。ねえ、もっと吸わせてくれないかしら」


「いいけど・・・・・・」


 先ほど噛まれた箇所に甘い疼きのような感覚が残っており、もう小春に拒む気持ちなど無かった。むしろ、もう一度歯を立ててほしいと欲望する気持ちさえある。

 千秋はソファの上へと小春を押し倒し、勢いのまま貪り喰らうように血を吸った。これはもう捕食と言えるくらいに激しいもので、どんどん血を抜かれて小春の意識は混濁していく。このままだと失血死しそうだが、その心配をする思考力さえ残っていない。


「ちすい、さん・・・・・・」


 目から光が失われ千秋の頭部を眺めながら小春はブラックアウトし、暗闇の中へと意識が落ちていった。






「ん・・・・・・」


 再び小春が目を覚ますと、そこはまたしても知らない部屋であった。だが前回と違うのはここが生活感のある部屋だという点だ。漫画やアニメグッズなどが散見されされて小春は部屋主に親近感を覚える。

 むくりとベッドから起き上がり、近くのカーテンを開けると陽の光が差し込んできた。気絶したのは夜であったが時は既に昼刻となっている。


「あら、起きたのね」


「千祟さん?」


 小春が起きるのと同じタイミングでドアを開けて様子を覗き込んできたのは千秋だった。


「ここは私の部屋よ。あなたが気絶してしまったから運んできたの」


「そうだったんだ。ありがとう」


「いえ感謝なんて・・・むしろ謝らなければならないわ。昨日は取り乱してしまってごめんなさい」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやそんな謝らないで。こうして生きているわけだしね。てか千祟さんの体調は大丈夫なの?」


「私はもう平気よ。優しいのね、あなたは」


「そうかな?」


 はにかみながら千秋は小春の寝ていたベッドに腰かける。こうして見るとただの美少女なのだが吸血姫という人ならざる存在らしい。


「あなたに・・・赤時さんに話があるの」


「吸血姫絡みのこと?」


「そう。吸血姫のことと、あなたの血のことについて」


 そういえば千秋は小春の血がどうたらと言っていた。それが示す意味を教えてもらえるのだろう。




 こうして二人の運命が交わり始めることになる。


 これは非日常に足を踏み入れた少女と、吸血姫の少女の物語。



  -続く-

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