イルミネーション以上クリスマス未満
紙川浅葱
*
『次は今宮、今宮。京田線、大和線、藤岡線、地下鉄安達線、首都鉄道源田線はお乗り換えです』
電車のアナウンスがそう告げて、私は席を立った。窓の外は既に冬の暗闇で、反射して映る私の姿の奥に街明かりが見えた。ここらはまだ高架線を走るので街から海までが一望できる。線路のいくつかを高架でまたぐと、それらはより合わせた糸のように一つの方向へと並走し、やがて白く大きな建物が現れる。
『まもなく今宮、今宮です。お降りの際はお足元にご注意ください』
軽やかな電子音と共にドアが開く。車内の空気に温められた頬が冷気に叩かれる。
「……さっぶ」
ぼそっと呟いて私はマフラーに顎をうずめた。昇りのエスカレーターに向かってホームを歩き出すとちらちらと雪が舞ってきた。
エスカレーターは駅の天井が高いコンコースに接続する。十二月も半ばを過ぎて駅ナカから駅ビルまでクリスマスに染まっている。
ふと地下鉄への乗り換え表示が目に入った。
「……。」
声にならない声を出したような出してないような、そんな感じ。鏡で見たことないけれど、多分今の私は不機嫌で悲しくて情けないような顔をしていると思う。
私には好きな人がいた。……いや今もいるわ。死んでない。この駅で乗り換えて四駅。もうちょっと田舎の小さい駅が最寄りで三軒隣の幼馴染。幼稚園から中学校までほとんど同じクラスで、私が意識しだしたのは中一くらいの時だった気がする。
でもその繋がりもだいぶ希薄になってしまった。彼はここから地下鉄に乗り換えた先の学校に通っている。私はJRで今来た道を戻った先の私立だ。私が落ちたのだ。幼馴染の縁とかそういう奴は肝心なところで役に立たない。私が行った学校も制服が彼のところの女子のやつよりも若干可愛いくらいしかよさがないのだ。まじで。
たまに朝一緒になることもあったけど、四駅しか一緒にいられない。そんな事実がチクチク胸に刺さるから、電車も私が早いのにしてしまった。そんなこんなでもう八ヶ月経つのに私の心は整理がつかないままだ。
素直に乗り換える気にならなくて、イスに腰かけた。案内掲示板がくだんの地下鉄が今駅に着いたことを教えてくれた。
彼が今来た電車に乗っていたとしても、ここを通るかはわからないしお互いに気づかないかもしれない。待ち合わせではなくただ私がただ待っているだけ。たぶんよくあるヒロインならばここで彼に会うのだろうけど、そもそもヒロインはたぶん志望校に落ちない。それでもイスからは立ち上がれなくて地下鉄から乗り換える人の群れを眺めている。そんな虚無を気まぐれで始めては
「なにやってんだろ私」
と繰り返すのだ。
三本くらい地下鉄を見送ってから、やっと立ち上がれた。それでもそこに未練があるからなのかもぞもぞと歩いた。
コンコースの真ん中は通路になっていて、端のほうにある柱には新しいコスメだとか、チキンとケーキだとか、クリスマスらしいものが踊っていた。そんな街になじめていないような気がして、今度は早足で駆ける。
「……あっ」
南北の乗り換え通路と東西の改札口に向かう通路が交差する広間に大きなイルミネーションツリーがある。と言っても毎年明かりの色が違うツリーが十二月から二月の終わりくらいまであって、前の冬はオレンジと赤のツリーを受験に行くときに。その前の冬は黄色の明かりを彼を含めてクラスの友達と映画に行ったときに。クリスマスツリーじゃないことにかこつけて時期を微妙にずらしてはふたりで見ていた。
彼の志望校を知ったのもこのツリーの前だった。冬の模試の帰り。私だと偏差値が足りなくて、猛勉強したけど追いつかなくて。いっそさっきの地下鉄から女の子と仲良く降りてきてくれたら諦めきれるのに。あ、でもやっぱやだなぁ。
そんな懐かしさと嬉しさと悲しさとが頭をぐるぐるしながらツリーを見ていると
「……今年は青なんだな」
ふいに隣で声がした。
「……待ってたの?」
「……なんかいそうな気がして」
あれだけ近くに住んでいるのに久しぶりに彼を見る。背が少し伸びたみたいだ。
私は地下鉄の乗り換え口で。彼はツリーのそばで。多分こういうところなんだろうな、私が彼の高校に行けなかったのは。なんというか絶妙にかみ合ってないのだ。
でもまあ、望み薄めでもヒロイン候補には踏みとどまっているのかもしれない、きっと。
イルミネーション以上クリスマス未満 紙川浅葱 @asagi_kamikawa
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