クノイスト
ソフィア・フレデリクス
序章 出会い
夢を見ているのだろか。
闇の世界に絵本で見た通りの悪魔が浮かび、私に問い掛けている。
『言い掛かりを付けられて殺されていくのは悔しいだろう……代償を差し出すならば、力を授けよう。彼に再び会わせてやってもいい』
希望を見出さずにいられるだろうか。
絶望に追い詰められ、冷静さを失った状態で、欲しているものを目の前に出された時、断ることなどできる訳がない。
「返して!! 私は自分の尊厳なんていらない、彼を返して!」
『尊厳を失っても構わないと?』
「何も要らないわ! 欲しいモノを持っていけッ!! だからもう一度! あの人に会わせて!!」
『もう一度、彼に会わせてやる。その代償に……生命の尊厳を頂こう』
悪魔はそう言い残して消えていく。
瞼の裏に光を感じて目を開ければ、青空が一面に広がっていた。
-……
あの日から……悪魔と契約を結んでから、どれだけの月日が流れただろうか。
私がその声を耳にしたのは、恐らく必然だった。
普段通り、フードを目深に被り隣国へ薬草を売りに来ていた時の事だ。
教会の前を通り過ぎた時、この国の祈りの言葉が聴こえてきた。
幼い子供の素直さと純粋さしかない、明るく暖かな響きのある声に私は、普段立ち寄らないその場所で立ち尽くした。
……とても、良い声をしている。
私は声の聞こえる教会の中へ足を進め、その少年を探した。
神父とその子しか居ない。
「ごめんください」
煌びやかなステンドグラスの光の元、祈りの言葉でも教わっていたと思われるその子は私へ振り向き目を丸くした。
「お姉ちゃん、誰……?」
「良い声ね、私の所へいらっしゃい」
「ぼ、僕……僕は……」
少年は悲しそうな顔をして俯いた。
見兼ねた神父が私を見詰め、重そうな言葉を紡ぐ。
「教会で引き取ったばかりの子なのです」
「私の所へ寄越しなさい」
「……難病を患っております」
「一向に構わないわ」
「貴女にうつるやもしれません」
私が何も分かっていないと言いたげな神父の表情は情けないもので、苛立ちしか感じなかった。
人間如きの病に、魔女である私が倒れるわけが無い。
私は軽く神父を睨み付けた。
「構わないと言っているのが、お分かりにならないのかしら?」
「……っ!」
どうやら私が人でないと理解したらしく、神父は肩を震わせながら後退りする。
私は少年の目の前に腰を屈め、笑みを浮かべた。
「……貴方は今日から『アルバード・キャロル』よ。この病は私が治すわ」
「…………」
「さぁ、私と一緒にいらっしゃい」
少年は可愛らしい笑みを浮かべ、私が差し出した手を握り返してくれた。
私はそのまま、アルバードを自分の村へと連れていく。
私達、魔女が住まう村……クノイストへと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます