墓場から揺り籠へ

口一 二三四

墓場から揺り籠へ

 多彩な人員、膨大な時間、莫大なお金を使って地球から月まで行っていたことが不思議なくらい宇宙が近くなった時代。

 最寄りの駅から隣の駅まで程度の浪費で行けるようになったそこは、今では新たな商業の場として賑わいを見せている。

 地球を見るため月へ行ったり、火星で農作物を育てる体験をしたり。

 様々な企業がニーズに合わせた事業を適切な星で展開し、そのどれもがそれなりの収益を納め、『宇宙事業家』なんて肩書きも存在するぐらい。


 その中でも特に際立っているのが『宇宙葬』である。


『ご遺体を特殊な棺桶に納め宇宙へ飛ばす』という内容と共に某葬儀会社が大々的に打ち出したプランは、瞬く間に広まり登録者は爆発的に増えた。


「今どき土葬や火葬や散骨は古い」


「これからは宇宙の一部として死後に漂う宇宙葬の時代だよ」


 平均年齢が伸びても未だ寿命と縁が切れないご老人の方々は病院の待合で、馴染みの喫茶店で。

 そんな世間話をしながらお茶を飲むのが日常の風景となっていた。

 カウンター席の後ろ、テーブル席で死後について語るご老人方の話に耳をたて合成珈琲を飲む。

 まだ葬儀会社にお世話になる歳でもない自分も、宇宙葬には好奇心をくすぐられた。


 死体とはいえ宇宙のただ中を浮かぶのはどんな気分なのだろうか?

 流れに身を任せ行き着く先にはどんな極楽が存在するのだろうか?


 昼下がりの喫茶店で暇を潰すには丁度いい話題に思考を巡らす。

 宇宙は広い。とてつもなく広い。

 試行錯誤を繰り返し月にようやく旗を立てた時代から随分月日が経ったとは言え、把握するにはまだまだ時間がかかるほどに。


 もしかしたら漂ううちに新たな惑星を横切るかも知れない。

 人間以外に宇宙進出している生物に出会えるかも知れない。


 大きくなっていく空想に合成珈琲を半分ほど費やしたところで、ふと。

 客観的な視野が見えてくる。


 広大で壮大な宇宙にポツンと浮かぶ死体の入った箱を思い浮べて、強烈な恐さを感じた。

 未知の事象が多い空間に放り出されて、もし、ブラックホールに吸い込まれでもしたら。


 考え出したら身震いがした。

 土葬や火葬、散骨であれば何年何十年何百年とかけて地球の一部として還ることができる。

 その上に墓を建てればここで眠っていると証明できる。

 しかし宇宙にとって死体入りの箱なぞただの漂流物だ。

 謳い文句でどうこう言おうとも本当の意味で一部になることはできない。

 死体は死体のまま、どこにも還れず彷徨うだけとなる。

 さながらそれは、宇宙進出により急増するデブリの在り方とよく似ていた。

 遺物では無く異物として漂う姿が海に浮かぶゴミ袋と重なった。

 合成珈琲を飲み干し席を立つ。

 地に足をついた瞬間、改めて重力の存在感を知った。

 生きていようと死んでいようと、この束縛が自分達人間に安心感をくれるのだろう。

 そんな、テーブル席で盛り上がるご老人方に言わせれば『時代遅れ』な発想に至り、喫茶店をあとにした。



『人は死んだら星になる』


 大昔から使われ続ける古い言い回しは、長い年月をかけようやく実現まで漕ぎ着け。

 星々の孤独を考えるキッカケを人々に与えた。

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