お別れは突然に②




一週間が経ち引っ越しの日は刻一刻と近付いているが、まだ親友二人に伝えることができていない。


「おーい、樹ー」


帰りのホームルームが終わり、またいつもの放課後がやってくる。


―――期限が迫れば迫る程、心が重くなるのは分かっている。

―――早く言って済ませてしまう方がいい。

―――その方が二人にとってもいいのは分かっている。


「樹ー!」


―パチン。


考えていると猫だましが眼前で炸裂した。 乾いた音に一瞬で現実に引き戻される。


「お前、またぼーっとしていたぞ? 本当に大丈夫か?」

「あれ、いつの間にホームルームが終わっていたんだ・・・?」

「とっくに終わったよ。 早く帰ろうぜ」

「樹、調子が悪かったら言うんだよ?」

「あぁ、ありがとう。 悪いな」


いつ告げよう。 どうやって告げよう。 そのようなことを考えているせいでボーっとすることが多くなった。 

二人から心配されるのは本望ではないため、極力明るく振る舞っているつもりではあったのだが――――


―――頭では分かっている。

―――だけど、心が追い付いてこねぇんだよ。

―――・・・早く言わないと、もっと辛くなるのも分かってんだよ。


帰り道は二人の後を追うように歩くのが癖になってしまっていた。 もういなくなる自分はこの三人の中心ではいられない。 そんな風に考えてしまうこともある。


「いーつーきーッ!」


いつの間にか目の前に芽衣がいて顔を覗き込んでいた。


「樹、本当に大丈夫? 熱でもあるんじゃないの?」

「俺が熱? んなわけねぇじゃん。 馬鹿は風邪引かないって言うだろ?」

「それ自分で言っちゃうの?」

「ははッ、樹が自分で自分を馬鹿にしてらぁ! 傑作だわー」


いつものノリだ。 こんな時間を何よりも大切にしてきた。


「いやそこは突っ込むところだから! ノリ突っ込みでもないからなそれ!? ただのノリ! 寧ろ悪ノリ!!」

「え、今のボケてたの? ごめん、事実だから突っ込みどころが分からなかったわ」

「ぴえん」

「いや、ぴえんと言われても」

「ぴえん(真顔)」

「そこはせめて言葉と顔を一致させてくれ」


その流れを聞いていた芽衣はおかしそうに笑った。 それにつられ明日磨も大爆笑。 だが樹だけは笑わずに顔をそらしたのは、二人の眩しい笑顔を見て辛くなってしまったからだ。


―――・・・何なんだよ、その笑顔。


そこで樹は悟ってしまう。 自分から転校すると告げるなんて、できないということを。

 

―――俺には最初から無理だったんだ。


楽しそうに笑う二人を見ているうちに、二人の笑顔を守りたいと思うようになった。 自分が転校すると告げるときっと二人は悲しんでくれるだろう。 そう思うとより言い出せなくなった。


―――・・・よし、俺決めた。

―――お前らの笑顔を守るために、俺は自分を偽ることにするよ。


この時樹は自分が転校するということを隠し通すと決めた。 本当はそれは逃げだ。 樹自身でも分かっている。 笑顔を守るということは、そういうことではないということを。


「おーい、樹ー! 早く来いよー」

「樹ー! 置いていっちゃうよー!」


二人が先で樹を呼んでいる。 名前を呼ばれるだけで胸がじんわりと温かくなった。 樹は二人のもとへ駆けていく。


「なぁ、今から駅前のゲーセンにでも行かねぇ? 今日は俺が奢るからさ!」

「え、今から?」

「久々だしいいじゃん! 芽衣も行くだろ?」

「もちろん! 行きたい!」

「よし決まり! 明日磨も強制参加な?」

「ったく、しゃーねぇなぁ」


二人と少しでも長くいられるために寄り道をした。 これからはこういう時間が増えそうだ。 二人の笑顔を守るために、今日から樹は少しでも多くの偽りの笑顔を見せようと誓った。



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