彼女は無言で画策する

 気配が無いとは思っていたが、住居侵入に気付かないとまでは予想外だった。

 深く眠ってしまった私も失態だけれど、ここまで気付けないとなれば床からにょっきり生えてきたのかと疑う。他人ひとん家で勝手に発生しないでほしい。

 それとも、マキさんが私の妄想の産物という可能性――は、さすがに失礼だ。

「御用向きは何ですか」

 枕元で覗き込んでくる顔を押し退け身体を起こす。いつから居たんだ。完全に眠り込んでいる寝顔を見られるのは不快感が強いのだけれど、苦情の申し立ては許されるだろうか。

 今朝は一段と、彼の顔が青白い。まばゆい朝日と不健康な顔色の取り合わせが非常に不一致。

 死人が声を発した。

「……覚えて、ないのか。いやその方が、……」

「私は職場に顔を出します。日暮れ前には戻りますが、用件を伺えるのは夕方に、」

 寝台から降りようとした目の前を塞がれた。

 私の肩を掴もうとして、躊躇ためらったように拳を握る。やけに真に迫った形相だ。

「いちど休んだ方がいい。お前の問題は、放置し続けても解決しない。……このままだと追い詰められて死にかねないんだ。だから、頼む」

 彼が私の何を知ってるかは知らないが。

 無遠慮な覗き見も、見透かすことも。多分、他の知人達には喜ばれてきたんだろう。

「着替えますから、見たくないものはご自分で目逸らしてくださいね」

 部屋の隅と鼻突き合わせてしゃがんだ彼は、そんなに初心うぶではなかったはずだが。


 突き放した方がいいのかもしれない。

 依頼があればご用命をと再三伝えている割に、彼は私を利用しない。呼ばれても飲み食いする程度がほとんどだ。身辺調査が次々入り用になる人間ばかりでないのも分かるのだが、先日の一件で無依頼の原因がそこではないと気付いた。

 彼はこちらの身を心配して、依頼を遠慮しているのではないか。

 温情が真剣なればこそ。優しい人なら尚更こんなものにわずらわせるわけにはいかない。

 他人事の距離を保ちながら、彼が与えただけの価値を、私から取り立てることだけ考えてくださればそれでよいのだ。

「マキさん」

「……服は着たか」

「紳士的なご配慮痛み入ります」

 恐る恐るこちらを向いた彼に、我ながら気味の悪い愛想を貼り付けて笑った。

「ご用事があるなら無理にとは申しませんが、家で待っててくださると嬉しいです」

 私は「道具」だと、そろそろ認識してもらおうか。



「人探しの依頼、が。持ち込まれた」


「誰から」

「この人相書きの奴から、だ」

「誰を」

「この人相書きの奴を、だ」

「お前とうとうアタマやったの?」

「これと同じ顔の奴が必死の形相で訴えてきた」

「目まで可笑しくなったらしいね。その獣並みの身体能力が欠けたら、お前の強みって一体何が残るわけ?」

 サク殿と師匠がじゃれあっている。打撲と切傷、血飛沫までは愛嬌なので放置でよい。

 もう少し観衆が集まれば賭け金でも集めようか考えた矢先、サク殿と目が合った。師匠を捨ておき私の襟首を引きずって、観衆ガヤから遠ざけ声を低めた。

「琥珀。信じらんねぇかもしれねぇけど、……お前と同じ顔した嬢ちゃんが、お前のことを探してる。心当たりあるか?」

――それは恐らく私の兄です、と。言えなかったのは。

 サク殿の審美眼のなまくら加減を指摘することで、彼の尊厳が傷付くことをおそれたわけではなく。恐らく事実関係を理解次第すみやかに笑い転げて収拾がつかなくなるだろう師匠に、起爆剤を与えるのがしゃくだったわけでもない。

「……大丈夫です。承知しました、対応します。ところで丁度うかがいたいことが」

「あ? ……お、おう。何だいきなり」

 服の裾を引っ張って、すこし屈んでもらう。耳元で尋ねた。

「お相手を気遣わずに体力の限り女性を抱いたら、何発何時間まで続けられますか」


 体力おばけが凄まじい反射速度で飛び退いた。

 ものすごい勢いで茹で上がりながら、単語にならないうめきを零して後退していく。いや、好むかは別としても女は知ってるはずだ。耐性無いまま変な女に引っ掛かったらめんどくせえから早いとこ娼館にぶち込んだって師匠が言ってた。

 しかしこれ駄目かもしれない。サク殿の美点たる品性がこんなところで仇になるとは。


 最終的には拳固をくれて「馬鹿野郎が!!」と怒鳴られた。耳ぶっ壊れるかと思った。

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