彼女のおつかい①

 腰に帯刀しては引きずりかねないと。基礎修練開始時にやむなく選んだ背負しょい紐付きの直刀はだいぶ馴染み、成長した今も心強い愛刀となった。

 暗器と小道具を各所へ仕込み、薬毒物は優先順位で厳選する。現地調達が難しいものを中心に両手の空く鞄に詰めた。長旅は身軽さを追求するほうが好みだ。

 念願叶って借りた単身物件に我が物顔で入り浸る師匠は、すでに諦めがついている。

「そういや君のこと女じゃないか疑ってる奴いたけど、対処決めてあんの?」

「先日いらした方でしたら、股間の詰め物握らせたら半笑いでどっか行きました」

「相変わらず肝の据わり方えげつねぇな、……犠牲なったの誰?」

「酒場のツケ完済を報酬にアザミ殿と契約しましたが、直前になって泣かれたので一服盛りました。彼は何も覚えていません。ツケが消えてたいへん喜んでおられます」

「僕たまにお前のことバケモノに見える」

「詰め物から参考資料に勘づく師匠は人のこと言えませんよ」

 諜報の前情報を入力インプットしながら喋る師匠の方がよほど化物だ。


 継ぎ足した茶は一瞥いちべつもせず持っていかれた。空間把握能力なのか並行思考か不明だが、この師の器用や有能は仕事のたび思い知る。

「琥珀これから中央だっけ。戻るのいつ?」

「諜報のお宅が複数あるのでひと月はみます。余暇に詰める仕事も頂いてきました」

「仕事中毒こじらせんなよ、慣れたら適当に手ぇ抜けっていつも言ってる……そうだ話あったんだ。耳だけ貸して」

「承知しました」

 武具の手入れは問題ない。荷も余裕がある。

 貴重品、遺書、万一の備忘録。隠し場所は師匠と共有している。

「だいぶ前に臨時で請けてきた仕事あったろ。娘たぶらかしたクソ野郎を捕まえる依頼。探したけど見つからなくて契約不成立、あれ無報酬でやった?」

「はい。犯人が見付からずじまいでしたので」

「君の性格ならそうだろうけど二度とやるなよ」

 師匠は変わらず資料に集中して――なんか食ってる。

 隠しておいた焼菓子が平然と師匠の懐にある。有能さを悪事に発揮しないでほしい。

「報酬は労働の対価って教えたでしょ。駆けずり回ったぶんは請求する。はい復唱」

「いえ、……私は、下手人を捕らえるという結果を出せませんでした」

「口答え? よろしい。僕は報酬が責任の重さと等価とは教えたけど成果を保証しろとは言ってない。依頼元の要望に応えきれる案件ばかりでもないのは知ってるでしょ。結果だけじゃなく労力の対価を勘定すること。……君ほんと仕事は良くても金勘定ゴミすぎるからもうちょっとどうにかしろ。タダ働きで過労死する気?」

「……そこまで熱心ではありませんが」

 技術というのは結果を得るための道具でしかない。

 道具に価値が生まれるとすれば、成果を得られたその瞬間にだけ。望む結果をもたらしたという意味を以てして価値になるものだと考えている。だから師匠の言うところの金勘定――「過程に費した労力を査定すること」が難しい。

 道具は道具でしかない。在るだけでは無価値で無意味。使わなければ錆びつくだけだと師匠も言う。なのに同じ口で、結果を得られない状態の道具に価値を見い出せと。

 私には、その間にある差異がわからない。

「曲がりなりにも僕の弟子なら安売りすんな。師である僕の格まで落ちる」

 相手が飲み下し易い理屈を瞬時にねじ込める師匠は、たぶん教育者向きなのだろう。


「承知しました」

「分かればいい。あ、そうだ。中央行くなら髪染め買っといて。あと菓子」

 ところで、この労働おつかいは無報酬で行われている。

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