あかつきに花

fujinoy

遺された双子の片割れ

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 病院で目が覚めたとき――「俺」は、「私」だった。


 周りの色んな人に言っても、誰ひとり信じてくれなかった。「目覚めたばかりで混乱しているのかもしれない」「脳に異常があるのかも」「事件の記憶を、他人の人格が肩代わりして」――

 誰も、俺の話は聞いてくれなかった。難しい本や機械とにらめっこしてばかりで、「私」に柔らかい声を掛けてきた。

 だって俺は覚えてた。「俺」のことを「私」に変える呪いをかけた、大人なのに、子どもみたいな言葉でよく喋る、犬歯の鋭い男の人のこと。

 話したところで、結果は変わらなかったけれど。


 だんだん、信じてもらうことを諦めるようになった。「そんなこと」は喋らないで、笑っているようにした。そうすると周りの人は、俺とは逆に、とっても喜んでくれた。

 安心した表情を浮かべる。心からの笑顔が増えた。

 もう大丈夫みたいだね、良かったと、口々に「私」を祝福する。


――大丈夫って、何だろう。


 よく分からないまま、「私」を引き取りたいと言ってくれた養父母と面会した。

「俺」は、「私」になる前の毎日のことを、あまり思い出せなかった。養子の説明を受けて初めて、自分が孤児院で暮らしていた捨て子だったことと、帰る家がないことを知った。

「俺」は、求められてなかった。

 養父母りょうしんは、「私」をよく愛してくれた。

「可愛くさせてほしい」「ぴったりだと思ったから」と。「私」にいつも、綺麗な服を贈ってくれた。


 容れ物を間違えてしまったんだと思った。

 ちぐはぐなそれに、俺は、どうしようもなくなった。容れ物と、中味――どっちを選べばいいんだろう。

 選択肢はひとつしかなかった。だんだんと「俺」も、掠れちゃいそうになってきてたから。丁度よかったのかもしれないって、そう思った。


――夢を見たのは、その夜だった。

 それは間違っても、暖かくて安心する、綺麗な記憶なんかじゃなかった。思い出したのはみんな、心臓の奥深くまで凍り付く、痛いほどの後悔。それだけだったけれど。

『兄さん』

 ずっと昔に「俺」を呼んでくれた人がいた。そのたった一言で、俺は救われた。


 それから先、「私」が「俺」に戻るまで。「俺」の心を守ってくれたのは、「私」と同じ顔をした、俺のもう半分だった。

 そうだ。彼女には、――相良さがらには。


 きっと、真っ白なワンピースが良く似合うだろうな。

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