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昼食に呼ばれて、ようやくアミは出て行く。声をかけたのはバートだった。アパラチカはまだ怒っているかもしれない。アミは少し不安になりつつも、先ほどの部屋へ向かう。
トランが先に来ていた。昼食のテーブルは、朝食のときよりも豪華になっていた。それこそ、魔法のテーブルクロスを広げて出したのかと思うほど、肉や魚の料理から、お酒から、朝食のときに出ていた果物や野菜から、ご飯、パン、麺類もあり、とても4人では食べられない量に見えた。
ジャック・オ・ランタンをつくるような大きなオレンジのかぼちゃの皮部分の中に、かぼちゃでつくったと思われるデザートらしい、見た目はプリンかババロアか何かのように見える物体が詰まっている。鉄板の上で厚いステーキ肉やソーセージが焼かれている。サラダは派手に装飾されて、その傍には果物と野菜が入ったピンクの粒入りゼリーが盛られている。ロールパンも盛られ、お釜とスープの入れものも見えた。どこかの高級ホテルのレストランみたいだった。
「こんなに……」
「好きなだけ食べていいよ。そんなに長旅をするわけじゃないし、食材なら心配ないから」
それにしても多い。いったいこんなにたくさん出しておいて、あとでどうするつもりだろうか。
トランは先ほどの件をどう思っているのだろう。アミは少し気になって訊いてみる。
「あなたが好きでここにいるわけじゃないのは、僕だってわかってるよ。外でどんな噂が流れてたか知らないけど、僕の評判が相当悪かったのは、買いものしたときに気づいてたし。お店の人も、ひどく怖がってるみたいだった」
「他の船を沈める魔法使いって言われてました」
「ああ、なるほどね。だから、この船に乗るしかなかったのか」
「はい」
見つからなければいいと思っていた、などと今さら言うつもりもなかった。見つかってよかったのかもしれない。トランはアミが思っていたより、ずっと優しかった。
「アパラチカはあんなふうに言ってたけど、あなたがどれだけつらいかなんて、アパラチカにわかるわけないんだ。まだほとんど、何も知らないんだから」
「家で暴力を受けていたんです。あざが残るほどではなかったので、外から見たらわからなかったと思うんですけど。父はいつも、暴力で自分の思うようにわたしを支配しようとしました。それで、できるだけ早く家を出たくて。就職活動をしようとしていたところだったんです。あの夜も、セミナーの帰り道で……」
アミは涙が出てくるのを留められず、トランから顔をそむけた。鼻もかみたかったが、ティッシュは持ってきていなかった。
「まあ、落ち着いて。とりあえず、その姿のまま家に帰る必要もないから」
トランはそう言うと、手近な紙製のナプキンを取ってくれる。アミは鼻をかむ。紙が硬いなどというぜいたくは言っていられなかった。
「なんだか大変だったんだね」
こんなタイミングでだれかが入ってきた。
「まったく、トランは甘やかして」
アパラチカの鋭い声が響く。
「そんなふうに言ったらいけないよ。彼女、ずっとつらい目に遭って生きてきたみたいだし」
「大変なのはわたしたちのほうよ。船に乗る間、ずーっと魔力使いっぱなしで、疲れてるのに余計な家事もする羽目になるんだから」
「それじゃ、僕が洗いものをしようか」
「ええ? トランは片脚なんだから、無理しなくていいのよ。それより、この入ってきた本人よ。だいたい、就職しようって人が、他人の気持ちも思いやれなくて、どうするのよ?」
「ああ、でも彼女は今、就活できないじゃないか。中学生の姿なんだから」
「もちろん、呪いは解くわよ」
「名前を忘れたのに?」
「だから……見つけるって言ってるじゃないの!」
アミはふと気づく。自分の名前も過去もわからないなんて、アミよりひどいのかもしれない。記憶もなく、自分の力も思いどおりに扱えない妖精の苛立ちは、わからないでもなかった。
「ごめんなさい、わたし、ちゃんと仕事覚えるから」
「あら、そう」
アパラチカはそれだけ言って、そのまま料理をあさりに行く。アミも料理を取りに行こうとしたが、トランが脇から声をかけてきた。
「あそこにある料理、たぶん見慣れないと思うけど、食べるといいよ」
トランが指さした先には、先ほどのピンクの粒入りゼリーがあった。野菜とフルーツが入っているのは、アミにもすぐにわかった。一方で、周りを覆うゼリーは、いったい何を材料に使っているのか、見当もつかない。
「何ですか、これ?」
「美容ゼリー。ゼリーの材料には、アルテンのフルーツを使ってるんだ」
アミは勧められるままお皿に取り、試してみる。熟しきっていないキウイの種のまわりのような、変な酸っぱさだった。それでいて、味は全然キウイではない。
「酸っぱい」
「ハハ、そうだね」
「でも、ちょっと桃に近いのかな」
「酸っぱくて、実がピンクの? うーん、ちょっと違うけどな。甘くすると効果が台無しだから、あんまり甘い料理を一緒に食べないほうがいいよ」
「え?」
アミは料理の山を見つめる。せっかくおいしそうな料理がたくさんあるのに、かぼちゃやデザートを食べたらいけないんだろうか。
「ま、その顔をなんとかしたかったら、ね」
トランはそれだけ言うと、入ってきたバートにお皿を渡して、いろいろ指示し始める。
アミは酸っぱい美容ゼリーを食べると、他のおかずやご飯を取りに向かう。パンを食べないほうがいいと言われたので、こうなったら、と自棄のように玄米と麦の混ざったご飯、ちょっと苦そうな見た目の葉っぱの料理、サラダと美容ゼリーをもう1テーブルスプーン分、それにお魚料理をいくらか取ってきた。
「わお、だいぶヘルシーにしたね」
トランはからかうような調子で言う。
「わたしだって……」
「冗談だって。あとは、しっかり噛んで食べるんだね。調味料の台にすりゴマがあるから、ご飯にかけるといいよ。おいしく食べられて、お肌にもいい。それと、忘れてたけど、あなたに例の魔法をかけてあげるんだったね。食べ終わったらやるから、先に食事を済ませちゃおう」
アミはうなずいてゴマを取りに行く。
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