霊長類の進化の過程で体毛はいらないんだよと追放された。仲間にハゲとバカにされた元宿主。今更頭に戻ってくれと言われてももう遅い
下垣
追放とざまぁって正直不毛な争いだよね
俺は毛だ。鳥類や哺乳類ならほとんどが持っているものだ。主に寒さから身を守ったり、衝撃から攻撃を守ったりする役割がある。
俺が担当している箇所は類人猿の頭部だ。類人猿は比較的、脳が発達していて手先も器用な種族だ。そんな生物の大事な部分である頭を守れて、俺は自身の立場を誇りに思っていた。そう、あの運命の日までは――
「お前、クビだ」
突然、俺の宿主から告げられた無慈悲な宣言。どうして……俺がいなければ、防御力が落ちるだろ。
「な、どうしてクビなんですか? 納得できません」
俺は宿主を必死に説得しようとする。しかし、宿主は俺の言うことを無視する。
「これから先の霊長類の進化に毛は必要ないんだ。仲間たちは次々に脱毛している。毛深いやつらはゴリラとか言われる始末だ。俺も流行に乗りたいんだ。今はツルツルの美肌男子がモテる時代だ。剛毛男子はモテない。だからお前たちを追放する」
なんて身勝手なやつなんだ。これまで俺たちの世話になってきたというのに。寒い氷河期もこの毛でモフモフぬくぬくとさせてやったことを忘れたのか。俺たち毛が守っていたお陰で、
「で、でも、俺たちがいないと寒くなるぞ」
「逆だ。お前たちがいると暑いんだよ。もう氷河期は終わって、これから気温がどんどん上昇していくんだよ。だから、毛はいらない」
その言葉に俺は唖然とした。散々温めてきてやったのに、気温が上昇するといらないと言うのか。
「それにな。温まるためなら、火があるんだよ。火はいいぞ。適切な距離を保てば暖をとることができる。暑くなったら消せばいいんだからな。ずっと引っ付いている邪魔な毛とは違って調整できる」
ひどい。ひどすぎる。今まで宿主のためにと思って必死に伸びてきたのにこの言い草。納得ができない。
「もういい」
宿主のヒゲが突然発言した。普段、寡黙でダンディなヒゲが珍しく語気を荒げている。
「
「待て、鞭毛は残れ。お前は名前に毛がついているけど毛じゃない」
「わかったー」
宿主は鞭毛は残して、体中の毛という毛をむしり取って追放した。宿主から離れた俺たちは風に飛ばされてヒューと飛んでいった。所詮、毛。宿主に寄生していないと風にも飛ばされる哀れな生物。俺たちは風に乗って、どこか遠くに飛ばされてしまった。
風に飛ばされた俺たち。だが、風というのは乗ってみると意外に気持ちいものだった。宿主の体にいた時は風は嫌いだった。髪型が崩れるし、砂埃が立って髪がごわごわになる。奴は毛の天敵だと思っていた。
けれど、宿主から離れてみると風は毛の味方だった。どこまでもどこまでも遠くへ遠くへ飛ばしてくれる。今日は風に乗ってどこに行こうか。
考えてみれば、俺たちの人生はなんだったんだろう。鳥類に寄生していれば飛ぶことができる。羽毛に生まれたら自身の力で宿主に貢献していることを直に感じ取ることができる。だけれど、俺の宿主は類人猿だ。毛があれば飛べるとかそういうものじゃない。サルに寄生した時点で俺たちは、ずっと地べたを這う人生を負わなければならなかった。
だけど、宿主から離れた今の俺は風に乗って飛ぶことができる。空ってこんなに気持ちいものだったんだ。
空からなら地上の様子が手に取るようにわかる。ん? あ、あんなところに元宿主がいる。あのつんつるてんの頭を見ればわかる。ちょっと様子を見てみよう。
「よお。お前ら、まだ完全に脱毛してないのか? 俺はもう全身脱毛済ませたぜ」
元宿主は仲間たちに背後から声をかけた。仲間たちは全身を脱毛してないのか、頭だけ毛を生やしている。
「え?」
「ぷ、くくく」
「ちょ、やめなよ。笑っちゃ可哀相だよ」
仲間たちの反応を見て元宿主は口をポカーンと開けている。なんだか様子がおかしい。
「な、なに笑ってるんだよ! おかしいのはお前らだろ。俺はもう完全脱毛済ませたんだ。ほら見ろこの頭を! ピカピカと光ってツルツルとした肌触り! 凄いだろ」
「ちょ、や、やめてよ! そんなハゲ散らかした頭見せないでよ。ヒィーお腹痛い」
「そ、それにお前、眉毛とまつ毛どうしたんだよ。だ、だせえ」
仲間はついに元宿主を
「え? え? お、おい。どういうことだよ」
元宿主は状況が飲み込めていないようだ。どうやら、類人猿たちは全ての毛を脱毛したわけではなかったのだ。頭にある一部の毛は残している。それが霊長類の進化だったのだ。
「え、えっと……そ、その元気出せよ。男は髪じゃないって。く、くく。毛深いゴリラよりかは進化してるからマシ。う、うん。ゴリラよりマシ。うほっほ」
仲間の1人が元宿主の肩にポンと手を置いて
「あ、あはは。いやーウケが狙えて。良かった良かった。実は、一時的に髪の毛を抜いただけなんだ。すぐに元に戻るさ」
「なーんだ。私てっきり、間違って頭まで脱毛したかと思ったよ」
「あはは。そ、そんなわけないだろ。あはは」
元宿主の顔は引きつっている。このままだと仲間からハゲだとバカにされてしまうからだ。仲間から認めてもらうために脱毛したのに、それが逆効果になってしまっては笑えない。
「ちょっと毛を生やしてくるから待っててくれ」
元宿主はそう言うと仲間の元からヅラかった。そして周囲をキョロキョロと見回してなにかを探しているようだ。
「い、いた! お、おい! お前、俺の髪の毛だよな!」
元宿主が風に飛ばされている俺に声をかけてきた。
「違います。俺はもうアンタの髪の毛じゃない」
「そ、そんなこと言うなよ。おら、髪の毛。お前は特別に俺の頭に戻ってくることを許可してやるよ」
どこまで上から目線なんだこいつは。許せない。
「お前自分の立場がわかってんのか?」
「へ?」
「俺が戻らなきゃ、お前は一生仲間にバカにされ続ける人生なんだ。上から目線で戻ってくることを許可するだァ? 戻ってきてくださいだろ!」
「ぐ……ぬぬ。も、戻ってきてください」
「ぷえー嫌だオォン!」
「は?」
元宿主は俺の態度にキレそうになっている。
「な、なんだ! 俺様の頭に戻れるんだぞ。お前らなんか宿主がいなければ、ただのゴミだろ!」
「ああ、そうさ。俺たちは宿主がいなければゴミだ。だが、自由ではある。類人猿が空を飛べるか? 飛べないだろ。俺はサル共の毛から離れたことで自由を手に入れたんだ。この空は俺たちのものなのさ」
一陣の風が吹く。その風は俺を空高く天高く飛ばしていってくれた。凄い爽やかな気持ちだ。サル共の毛に寄生しているだけでは得られなかった幸福感がそこにはあった。
◇
「ちくしょう……俺はこれからどうすればいいんだ」
俺はこのままでは仲間内でハゲとバカにされてしまう。なんとかして、毛を生やさないと。
「あ、あのう……」
「お、お前は陰毛!」
「僕、やっぱり宿主様のところに戻りたいです」
「そ、そうか! お前は今日から俺の股間じゃなくて、頭に生えてくれ」
「え? いいんですか?」
なんだかチリチリして縮れている毛だけどまあいいや。ハゲになるよりマシだ。こうして、俺は陰毛を頭に移植することによって、辛うじてハゲを回避することができた。
そして、俺の子孫代々、この縮れた毛の特性を受け継ぐことになったのだ。そう、この物語はハゲの物語ではない。スチールウールというあだ名をつけられるほどの天パ誕生秘話だったのだ。
霊長類の進化の過程で体毛はいらないんだよと追放された。仲間にハゲとバカにされた元宿主。今更頭に戻ってくれと言われてももう遅い 下垣 @vasita
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