新緑、深窓
稲島
新緑、深窓
「この世界は、もうすぐ枯れてしまうの。」
柔らかな光が木々の隙間に揺れながら射し込み、新緑と陽の匂いが漂う森の中を歩く。
「もう何回目になるかしら。」
何処からかささやかに流れる水の音がして、引き寄せられていくと細々とした清らかな川が流れていた。
「彼女は、神様なのよ。」
小さな川を飛び越えて暫く歩くと木々が開けて、所々が蔦で覆われた、白くて古惚けた洋館が其処にはあった。その2階の、カーテンが端で揺れる窓辺には、妙齢の女性が滑らかな白い肌に何かを秘めるように遍くを眺めていた。
「こっちよ。」
洋館の扉がゆっくりと開いてその中に足を踏み入れる。玄関の戸棚に置かれた、少しくすんだ花瓶に挿さる黄の花が、その小さな頭をもたげて私をみる。
「彼女の心臓は、この世界が芽吹いた時からずっと止まったままなの。」
床を踏む度に軋んだ音が小さく鳴る。日向で眠たげな狐が鬱陶しそうに体を起こして壁に空いた穴に消えていく。
階段の手摺は酷くささくれていて、手を付こうにも躊躇う程だった。きっと刺さって怪我をしてしまうと思い、視線を滑らせながら躓かないように一段一段を確かめながら昇る。
「世界が枯れると彼女の心臓は鼓動するわ。」
褪めた真鍮の取っ手を回して、扉を開ける。
「眠っているのよ。」
恐る恐る部屋に入ると、窓際の寝台に腰掛けた女性が振り向いて私を見る。同じ空間に居るのだとは思えないくらい遠い幻のように儚く、今にでも割れてしまいそう。
「貴女なのね。さぁ、こっちに。」
美しい人は近寄った私の手を取って、両手で包んで瞼を閉じる。
「ごめんね」
瞬きをした途端、彼女は消えた。呆気に取られて立ち竦んでいると、先程まで射していた陽が陰っている事に気が付いた。恐る恐る窓の外へ視線を向けると空は鈍く曇って仄暗く、割れた大地と枯れた荒野が見渡す限りに広がっていた。
「貴女はもう神様なのよ。」
その声を聴き遂げて、躊躇いながら瞼を閉じる。
どうか、揺蕩う新緑を。
温かに沈む心地に瞼を開く。眠っていたようで、いつの間にか寝台に横になっていた。
窓の外は静かな夜。満天の星の下、冷めた柔らかな微風が寂しく抜けて、木々は微睡んでいた。
あぁそうか。
涙が頬を伝って、1つ落ちた。
新緑、深窓 稲島 @inejima
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