仁侠親父とプレゼント
冷門 風之助
その一
事の起こりは年末恒例の大掃除だった。
日頃は無精者で通している俺、乾宗十郎だが、年の瀬だけはガラにもなくビルの天辺のネグラと、それから
流石に事務所は依頼人の手前、そうそう散らかしておくわけには行かないので、日頃からそこそこ片付けてはいたから、さほど面倒なことにはならなかったが、手を焼いたのはネグラの方である。
ここへは滅多に人なんか入れたことがないから、もう散らかり放題で、気が付くと『五分で肺が腐る』という、どこかの映画の森と化していた。
しかし年に一度のことだ。
とにかくやるしかないと取り掛かり、まあ幾分『人が住む場所には相応しいと思える程度』に仕上げた時には、もう午後4時を回っていた。
”恰好だけでもつけなきゃな”そう思って事務所に降り、デスクの前にひじ掛けに座り、コーヒーを飲んでいると、ノックの音が響く。
”どうぞ”俺が声をかけると、ドブネズミ色の背広に茶色のマフラーを首に巻いたノーネクタイ姿の男が、古びたショルダーバッグを肩から下げ、コートも着ないで入ってきた。
年は60を少し越したくらいだろう。人生にすっかりくたびれきっているような、そんな表情をしている。
俺はソファを勧め、”生憎コーヒーしかない。砂糖とミルクは抜きだからそのつもりで”と付け加えると、男はそれでいいと答えて、大人しくソファに腰かけた。
俺が湯気の立つカップを彼の前に置き、向かい合って座ると、彼は部屋の中を一通り見まわしてから、まるで宿題を忘れてきた小学生みたいにしばらくもじもじしてから、
”煙草を喫っていいか”と訊ねた。
『どうぞ。ここは禁煙じゃないし、私は嫌煙主義者でもないから』そう返して、俺は大きなガラスの灰皿を勧め、こっちはこっちでポケットからシガレットケースを出すと、シナモンスティックを出して口に咥えた。
彼は背広の内ポケットから、ハイライトを出し、火を点け、煙を思い切り吸い込むと、暫く溜めてから、空中に思い切り吐き出す。
”こんなに美味そうに煙草を喫う男は久しぶりに見たな”
俺はそんなことを思いながら、在隊時代普通科レンジャーの訓練を終え、バッジを貰った後で、助教に貰ったセブンスターの味を思い出していた。
『実は私、二カ月前にお勤めを終えて来たばかりで』立て続けに煙を吐き、それから散々迷った末に、という感じで彼は切り出した。
自分の名前は安田耕三、年齢は六十三歳だといい、名刺を二枚出して、俺の前に置く。
俺はそいつをつまみ上げて眺めた。
一枚目は昔良く仕事を回してくれたベテランで、弁護士みたいな職業にしちゃ、真面目で信頼のおける男だった。
もう一枚は・・・・そう、あの”親分”である。
『その
一本目を喫い終わり、二本目に火を点けてから、やっぱり遠慮がちな口調で話し出す。
彼は十八年と五ヵ月の
『有体に申し上げやす。娘を・・・・私の娘を探し出して頂けやせんか?』
ついひと月前、出所をしたばかりだ。
罪名は傷害致死と、銃砲刀剣類不法所持だという。
彼は組員が10人ほどの小さな組の組長をしていた。
そんなことになったのは、お定まりの抗争事件である。
ある大手組織と小競り合いの末、自分の身内が5人殺傷された。
幾らこっちが小規模だからって、意地というものがある。
そこで安田は蓄えていた金を残った子分に分け、一人で長ドスを片手に殴り込みをかけ、
向こうの組長を殺害し、幹部及び組員数名にやはり重軽傷を負わせた末、警察に自首し、逮捕された。
当然組は解散、彼は実刑を喰らって塀の中に落ちた。
ムショの中では模範囚で通し、その世界からは完全に足を洗った。
だが、気になる事が一つあった。
それが自分がこの世に一人だけ残した娘だったのである。
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