第13話 クリス殿下の爆弾発言
「クリス」
そう呼ぶクラレンスの声は硬い。
「そちらは、ブライアント伯爵のご令嬢だよね」
リリーの方をチラッと見ながら、クラレンスに訊いている。
クラレンスが何か言う前に、リリーが礼を執った。
「リリーと申します。殿下には……」
「挨拶は良いよ。どうせすぐにいなくなるんだし」
なんだか、クリスは不穏な事をサラッと言った。
近くにいる貴族たちが聞き耳を立てるように息を殺しているのが分かる。
「どういう意味だ」
クラレンスが声を低く抑えて訊いてきた。
「どうもこうも、言葉のままだよ。お兄様。この前、陛下の言葉を聞いたんじゃないの? 立場に合った言動をって。今回の婚約破棄は、アシュフィールドも受け入れるって陛下に言ったんだよ?」
「ああ。それが?」
クリスが溜息を吐く。
「あのね。本当に分からないの?」
小声でキャロルじゃあるまいに……と聞こえた気がする。失礼ねって言いたいけど、私も分かんない。
「婚約破棄の意味も分からないまま実行していたら、キャロルが一生苦しむだろうから、保留にしているのに」
「わたくし……ですか?」
苦しむって……私が?
「そう、君。賢者様は君に一生恨まれたくはないそうだよ」
分かんない。そう思って周りを見たら、誰も分かってなさそうな顔をしていた。
「なんで代々、王太子では無く、王妃だけが賢者様から直々に選ばれていると思っているの? 代わりがいないからだよ。王妃だけは誰にも代わることが出来ないんだよ。今が平和だからって、忘れていないよね」
周りの人達は、ざわついてしまっていた。
戦争が起こるたびに、率先して騎士団の指揮を執り我が国に勝利をもたらして来た、歴代の王妃たち。騎士団と共に戦地を駆け巡り、魔法を使って味方を助ける。
ハーボルト王国が無敗なのは全ての王妃のおかげだと言っても、過言では無いのだ。
王妃の中身は、賢者の石の方のクリスだけど。
「王妃は特別なんだ。だから賢者様が直々に選ぶ。他は全てすげ替えられるからね」
そう言いながら周りを見ている。
クラレンスだけでなく。ここにいる皆に、王妃の価値を思い出させているようだった。
それって、王妃になった時に戦争が起こったら、私がその立場になるって事? 無理無理無理。
「賢者様には、国王陛下ですら忠誠を誓っているんだよ。その賢者様が決めた事に逆らったら、どうなるんだろうね」
クリス……笑っているのに、怖い。
ふとリリーの方を見ると、真っ青になってガタガタ震えていた。
「ク……クリス殿下? あの……」
リリーのあまりの怯え様に、なんとか取り成せないかと思うんだけど。
「先々代……、その前だったかな? やっぱり当時の王太子が他の貴族の令嬢と婚姻を結びたいと言いだしたらしいのだけど。その時は、当時の第二王子が国王になったんだよね。王太子から婚約破棄された令嬢を王妃にして……。忘れた頃に出てくるよね、バカ王子が」
そう言いながらクリスはクスクス笑っている。
「その辺は、王宮の資料室にあると思うから、興味があれば読んでみるといいよ」
ほら、君の悪い噂、消えそうだろ? って言いたげに、クリスが目配せして来る。
確かに消えるかもしれないけど、素直に感謝できない。
「残念だったね。リリーだっけ? そこのバカな王太子と君の実家の所為で王妃どころか側室にもなれなくなってしまって」
もうリリーは、一生懸命首を横に振っている。
「私は……そんな」
「クリスに何の権限があるんだよ」
クラレンスが口を挟んできた。
「そうだね。僕には無いよ。だけど、国王陛下と賢者様にはあるからね。リリーの心配より自分の身の心配をした方がいいんじゃない? 国王命令違反はリリーだけじゃないし、国王になれない王太子の末路なんて……言わなくても分かるだろ?」
「クリス殿下。わたくしたちはまだ婚約を破棄したわけではありません」
私はとっさに言ってしまった。だって、イヤな予感しかしない。
「…………へぇ」
だけど、クリスが私に向けた笑顔を見てゾッとしてしまった。怖い。この人も怖い人だ。
「良かったじゃないか。優しい婚約者で……。ねぇ、クラレンス」
クリスは、ポンっとクラレンスの肩を叩いて行ってしまった。
私たちはみんな、しばらく呆然としたようにその場から動けないでいた。
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