第8話 この世界は優しくないんだって

 椅子に座った私を賢者が見下ろしている。宰相は、ずっと跪いているし。

「さて、キャロル。何か私に訊きたいことがあって来たんだよね」

 賢者が目線を合わせて私に訊いてきた。

「賢者様は……」

「クリスで良いよ」

 優しい顔と声で言ってくれる。私が怯えない様に……。


「クリス様は、私の世界を知っているのですよね」

「私自身は知らないよ。ただ、君の魂に寄り添っていたは君の世界を知っていると言えるね」

 よく分からないけど、知っている人がいるって事で良いんだよね。

「じゃあ。帰る方法とかも知ってますか?」

「うん。知ってるよ。帰りたい?」

「帰りたいです」

 何を当たり前のことを言ってるの、この人は。

「死んじゃっても?」

「え?」

 なんか、背中がヒヤッとした。

 死んじゃってもって……。


「うん。君の世界のサイトウユウキは、心臓の手術が失敗して死んでしまっているんだよ。12歳だけど、それが寿命だったんだから仕方ないよね。死んでしまう直前で良いのなら帰すことは出来るけど、元の世界に帰るという事はそういう事だから。よく考えてね」

 なんか、諭すように言われた。だけど……。


「あの手術……失敗しちゃったんですか?」

「そうだよ」

 なんでもない事の様にクリスは言う。


 所詮は他人事なんだ。

 なんか……頭がボーっとして、考えがまとまらない。

 私、死んじゃったんだ。

 もう、向こうの世界に帰ってもお母さんにもお父さんにも会えない。


「ユウキは、この世界に来てずっと泣いているね。クラレンスは怖かった?」

 泣いていると指摘されて、私は手で濡れた頬を触った。

 次から次から涙が出てくるのが分かる。

「見てたんですか?」

「見てたと言うか……。ユウキに寄り添っていた方の賢者の記憶だよ」

 会話しながら、クリスの体が少しずつ実体化しているのがわかる。


「私……死んじゃったんなら、何でここにいるんですか?」

「それはからの器があったから。ユウキがしていたゲームの世界を利用して、その体に魂を引きずりこんだんだ。ごめんね」

からって」

「ああ。キャロルが死んだ後の体ってわけじゃないから安心して。王妃は元々何か……まぁ、主に戦争なのだけど。それがあった時に私が入れるように中身がからっぽの状態で産まれてくるんだよ。だいたい、王太子の誕生に合わせて公爵家から産まれるようにしているから、代わりはいないんだ」

「そんな器に、私が入ってしまっても良いんですか?」

「もう必要ないからね。この世界に賢者が戻って来たから。それにあの世界での輪廻転生は、もう出来なかったんだよ。あのまま死んでいたら君の魂は消滅していた」

「魂の消滅?」

「大昔にね。君がまだエマと呼ばれていた頃に、私は大罪を犯してしまってね。今世の寿命が短かったのも、魂の消滅も私の所為だ。許されると思っていないから、謝らないけど」

 『エマ』って、さっきの呼びかけの……。


「さて、君に選択権を与えるよ。この世界は、君にとって優しくない。その体に入っている限り、王妃として生きるしかないからね。もう、庶民には戻れないよ。王族貴族の中には、クラレンス以上に怖い人も沢山いるし、油断したら最悪、死んでしまうかもしれない」

 クラレンスの名前に反応して、私の体がビクッとなった。


 それに気づいたのか、クリスは私の頭を撫でてくれる。

「君は傷ついて、泣くことが多くなるんだろうね。そういう世界で生きていくか。もしくは、愚かな私と一緒に魂ごと消えてしまうか……」

「クリス様と一緒に……ですか?」

 驚いた。だって、私だけだと思ってた、消えてしまうのは。


「今まで通り、こっちは私の能力ちからが入った賢者の石で何とかなるからね。君と私の方は永久とこしえの、もう二度と目覚めない眠りにつくことになると思うけど。さて、どちらが良い?」

 こともなげに言ってるけど。

 そんな二択、今すぐになんて選べない。だいたい何なのよ。魂の消滅だなんて……。

 わかんないよ。


「そうだね。分からないよね」

 目の前のクリスという男の人は、穏やかで優しく笑ってくれるけど。


 話の内容はひどいと思う。

 なんで落ち着いていられるのだろう。

 だって、クリス自身も、永久とこしえに消えてしまうという話をしているのに。

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