恋焦がれ、交じる色 —花ノ探偵•槐太門—

空草 うつを

恋焦がれ

 秋霖は止む気配すら見せない。残暑の名残を全て打ち消してしまうほどに、冷酷だ。

 私は東屋の中にある長椅子に腰掛けて、雨樋からつたつたとこぼれ落ちる雫をぼんやりと眺めていた。


 ふっと、芳しいお香が鼻腔を通り抜けた。誰の香りかと見渡せば、見知らぬ男が瞬ぎもせずに私を見下ろしていることに気づく。


 その男は、浅葱あさぎ色の小袖に檳榔子黒びんろうじぐろの袴を身に纏い、裾を同じ色の巻脚絆で縛って黒の地下足袋を履いていた。


 一見すれば女子おなごと見間違うほどの麗しい顔立ちだが、私に向けられた凜然とした瞳からは男性の色気が漂って身震いしてしまう。


「貴女の香りに誘われてやって来ました」


 私達を取り巻く空気は雨が導いた肌寒さを纏っている。それなのに、寒さを感じなかったのは、私を見つめる男の瞳が酷く熱を持っていたからだろうか。


 体が触れ合うほどの距離に、腰をかけてくる。間近に香る彼の匂いに、異常なほどに体が火照り、呼吸すら危ういほどに胸の奥が軋む。男の微笑みしか、私の視界に映らない。


「一目見て、貴女に惚れてしまいました」


 深く染み入る低音が、聴覚を支配する。


 私の手を包んだ男の手の温もりに、胸が高鳴り続けておかしくなってしまいそうだ。それなのにまだ触れていたい。離されたくなくて指を絡めた。彼が欲しいという熱情が、瞬く間に心を席巻する。


 たった今会ったばかりの男に、心の奥から惹かれている。


 嗚呼、きっと私は彼に会うためにこの世に生を受けたのだ。そう思えてならないほどに。


「私もです」


 震える声で思いを告げれば、頬を撫でた男の細く綺麗な指が髪の隙間に滑り込み、後頭部を包み込んだ。


 抗うことを許さぬほどの色香に、私の体は張りつけられてしまう。


 整えられた顔立ちが間近に迫れば、雨の音さえも聞こえないほど、私の鼓動が煩く打ち鳴らされた。



 私の全てを味わうように、口を吸う。

 時に柔く、時に貪るように、緩急をつけて吸われる快楽に、溺れていく。

 熱に浮かされたようだ。もう、彼しか感じない。



「僕以外に吸わせてはなりませんよ」


 耳朶を掠める低い声音は、快楽を知った体を痺れさせた。


「貴方だけでございます」


 先ほどまで情熱的に吸いついてきた薄い唇が、艶かしく緩む様を惚けたように見つめてしまう。


 男は、また明日も同じ刻に来ると約束して去っていった。



 ——しかし、待てども待てども、彼が来る気配もなく十日が経つ。男の言いつけを守り、誰にも触れさせることなく東屋の中でひとり、愛しい方の姿を待ち続けた。


 今一度、彼の口吸いに浸りたくてしかたがない。私には時間などない。


 我儘なのは承知の上。彼に会いたい一心で、私は伝え聞いた探偵に委ねることにした。

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