恋焦がれ、交じる色 —花ノ探偵•槐太門—
空草 うつを
恋焦がれ
秋霖は止む気配すら見せない。残暑の名残を全て打ち消してしまうほどに、冷酷だ。
私は東屋の中にある長椅子に腰掛けて、雨樋からつたつたとこぼれ落ちる雫をぼんやりと眺めていた。
ふっと、芳しいお香が鼻腔を通り抜けた。誰の香りかと見渡せば、見知らぬ男が瞬ぎもせずに私を見下ろしていることに気づく。
その男は、
一見すれば
「貴女の香りに誘われてやって来ました」
私達を取り巻く空気は雨が導いた肌寒さを纏っている。それなのに、寒さを感じなかったのは、私を見つめる男の瞳が酷く熱を持っていたからだろうか。
体が触れ合うほどの距離に、腰をかけてくる。間近に香る彼の匂いに、異常なほどに体が火照り、呼吸すら危ういほどに胸の奥が軋む。男の微笑みしか、私の視界に映らない。
「一目見て、貴女に惚れてしまいました」
深く染み入る低音が、聴覚を支配する。
私の手を包んだ男の手の温もりに、胸が高鳴り続けておかしくなってしまいそうだ。それなのにまだ触れていたい。離されたくなくて指を絡めた。彼が欲しいという熱情が、瞬く間に心を席巻する。
たった今会ったばかりの男に、心の奥から惹かれている。
嗚呼、きっと私は彼に会うためにこの世に生を受けたのだ。そう思えてならないほどに。
「私もです」
震える声で思いを告げれば、頬を撫でた男の細く綺麗な指が髪の隙間に滑り込み、後頭部を包み込んだ。
抗うことを許さぬほどの色香に、私の体は張りつけられてしまう。
整えられた顔立ちが間近に迫れば、雨の音さえも聞こえないほど、私の鼓動が煩く打ち鳴らされた。
私の全てを味わうように、口を吸う。
時に柔く、時に貪るように、緩急をつけて吸われる快楽に、溺れていく。
熱に浮かされたようだ。もう、彼しか感じない。
「僕以外に吸わせてはなりませんよ」
耳朶を掠める低い声音は、快楽を知った体を痺れさせた。
「貴方だけでございます」
先ほどまで情熱的に吸いついてきた薄い唇が、艶かしく緩む様を惚けたように見つめてしまう。
男は、また明日も同じ刻に来ると約束して去っていった。
——しかし、待てども待てども、彼が来る気配もなく十日が経つ。男の言いつけを守り、誰にも触れさせることなく東屋の中でひとり、愛しい方の姿を待ち続けた。
今一度、彼の口吸いに浸りたくてしかたがない。私には時間などない。
我儘なのは承知の上。彼に会いたい一心で、私は伝え聞いた探偵に委ねることにした。
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