第71話踏み出す一歩
「私も老いたか」
寂し気に呟いたゴブリンがいた。何者も敵わぬ巨軀にそれに見合うだけの大剣。主からの信頼を示す鎧。
装飾品を持たないのは実直な性格の表れだろうか。
敵が目の前で交わす言葉に耳を傾けながらウルズ。
ふと自分が呑気に会話を聞いている理由がわからなくなった。
若い頃なら何も考えずに剣を振るっていただろう。族長——バラボスに仕えていた頃ならば会話を聞きながら有利な位置を取っていたはずだ。
どちらにせよこのように何をするでもなく立っていることはない。
感傷的になっている?
馬鹿な。
戦うこと以外は心を動かさないと思っていた。ウルズを睨み据えている魔術師に苛立ったこともあった。しかしあれは考えて苛立ちを作っていたはずなのだ。
こんな風に無意識に感情に支配されていたわけではなかった。
「私も老いたか」
もう一度繰り返したウルズ。案外魔術師の挑発は的を射たものかもしれない。だから彼もここまで度を失ったのだ。
それを正しく認識したウルズは愕然として膝の力が抜けるような衝撃を味わう。
ああ、罠など食い破るという腹できたのが間違いか。何せ目の前の敵に剣を向けられぬほど心の剣が錆び付いたのだ。
「決着か」
漏れ聞こえてきた言葉を呟く。ウルズは何の決着をつけられたのだろうか。
いずれ決着を付けねばならぬと考えていた故郷は異人に滅ぼされ、信じた主も同じく失った。
自分は何も決着を付けられていない。そう結論付けたウルズは最後の希望として目の前のゴブリンを見やる。
あいつとだけは決着がつくだろう。望もうと望むまいと。
————————
「お待たせしましたか?」
彼は自らを育てたゴブリンにそう問いかけた。
族長との話し合いには終わった。後は戦うだけだ。
「いや、始めようか」
そう言ってウルズは大剣を構えた。遅れて彼も構え直す。
しどりと、冷や汗が垂れた。どこにも打ち込む隙がない。ジリっと距離を詰めたウルズに彼は押されるように後ろに下がった。
「私と戦うことを躊躇しているならそれは余計な斟酌だ。異なる主を持つ戦士は必要であれば殺し合わなくてはならない。例え相手が誰だとしても」
「それは分かっています」
自らに言い聞かせるウルズだが彼は既に割り切っていた。あの日誓ったのだ。族長のためにどんなことでもすると。
問題は戦っても勝ち筋が見えないことである。
間合いが違う。パワーが違う。耐久力が違う。
戦士としての技量で彼はウルズに劣っている。
「来ないのなら、こちらから行くぞ」
言うが早いかウルズは獣のように敏捷な動きで地面を蹴った。咄嗟に計算し振り下ろされる大剣の軌道から外れた。
一息吐く間もなく第二撃が飛んできた。
受け止め——無理だ。無様に地面を転がりすんでのところで水平斬りを躱す。
石でも蹴るかのように無造作に足が飛んできた。反射で剣を突き出すも鎧の硬い部分で受け流されてしまう。
いよいよ切羽詰まった彼は咄嗟にウルズの足を蹴って空へと飛び上がる。
追撃の来るギリギリで難着陸した彼は勢いのまま地面を転がった。
転がることで衝撃を緩和したのだ。目論見通り衝撃自体はそこまで深刻ではなかった。
無論この一連の攻防のせいでもう節々が痛いのだが。防戦一方だと言うのが更に痛い。
「腕を上げたな」
「幸運のおかげです」
ウルズの賞賛に謙遜ではなくそう答えた。
運が良かった。昔同じような敵と戦っていなければ多分死んでいた。
「運も実力の内よ」
それだけ言うとウルズは大地を蹴って襲いかかってきた。地を這うような斬撃に身を擦る跳躍して対応。
返す刀で飛んできた斜めからの振り下ろし。
「くそぉぉぉ」
腕に衝撃が走る。何とか受け流すことはできたが痺れがひどい。
あと何度受け止められるだろうか。多くはできない。勝負を決めなければ。生半可な意思では今度こそやられる。
覚悟を新たに今度は彼の方から踏み出した。
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