第69話見えすいた攻撃
「ああ、ちくしょう。なんでゴブリンってのはこんなに多いのかね」
後ろから飛びかかってきた敵兵を切り捨てたゴブリンリーダーが苦り切った表情でこぼした。
「お前もゴブリンだろうが」
「そうだけどよ。こっちは9人しかいないのにあっちは掃いて捨てるほどいるんだぜ。温厚さに定評がある俺でも嫌になるよ」
兵器になるまで濃縮した青汁を飲んだような表情でゴブリンリーダーが吐き捨てた。
気持ちはわかる。いくらなんでも多すぎるだろ。
ゴブリンの軍勢の追撃は予想通り、いや予想以上に執拗で的確だ。
かなりの数のコボルトが脱落した。そのお陰で中程を走っていたはずの僕らにも足の速いゴブリンが追いついてきたのだ。
「確かにそろそろ——」
言い終える前にゴブリン特有の下品な鳴き声が僕の鼓膜を打った。咄嗟に前に転がる。
錆びたナイフが僕の首筋を撫でた。
痛みに眉を潜めながらも体勢を立て直す。数は2。武装はナイフと棍棒のみ。大きさからして強さも問題にならない。
ただの雑魚だ。
「
動かれる前に魔術を飛ばす。恐ろしい力の込められた神秘の結晶はその名に恥じぬ威力を発揮した。
吹き飛んだゴブリンたちが木に叩きつけられグッタリと動かなくなる。
「飽きてきた」
言葉を繋いだ僕にゴブリンリーダーが同感だと頷く。
心配そうに近寄って来た子狼を指の腹で撫でて無事を知らせる。
曇ってきたせいで正確な時間はわからないがもう遠くないはずだ。
「あと、少し。カップラーメンを食べるだけの時間を生き残ればいい」
「カップラーメン?」
「怠惰と堕落の象徴だ」
出来るだけ手間をかけずにラーメンを食べたいという欲望が具現化した食べ物だ。間違ってはいまい。……言い訳してるのはゴブリンリーダーが真に受けてるからじゃないよ。本当ホント。ゴブリン、嘘つかない。
「族長?」
「つまり、もう少しということだ」
訝しげに僕を見つめるゴブリンリーダーに自信ありげな顔で言い含める。
子狼にも胡散臭げに見られているのは気のせいだと信じている。
「ならいいけどよ」
誤魔化されてくれたゴブリンリーダーに頷いて返した。
……どうでもいいことを話してしまった。
ゴブリンリーダーの物言いだげな視線を躱して前を向いた僕の視界に近づいてくるコボルトが写った。
「友ヨ」
声の主は勿論ラダカーンだ。目線で用を問うと軽く呼吸を整えてから口を開く。
「先頭ガ所定ノ位置ニツイタ間モナクダ」
「それは良かった」
僕は心からそう言った。あとは僕たちが追いつくだけだ。大した時間も掛からない。
目標が近くなると自然足も速くなる。僕たちは驚くほどの速さでコボルトの巣の前に到着していた。
巣を隠す鬱蒼とした木々を抜け、窪地に入る。
切り倒した木で作られた簡易な阻塞の狭い出入り口に身を滑り込ませた。
「時ハ満チタ。最後ノ枷ハ外サレタノダ。使徒ト共ニ儀式ヲ完遂サセル」
恍惚とした表情で語るラダーカーン。嫌に詩的な表現に危険な感じがする。特に儀式という言葉だ。
使徒と人間、邪教徒に儀式。呪わしき繋がりである。
「アオォォォーーーン」
しかし——どうやら問いただす時間はなさそうだ。
最初の遠吠えに続いて各所から次々と遠吠えが聞こえる。
突然予想外の動きを見せたコボルトに追いかけて来ていたゴブリンたちが思わず足を止める。
「ギガキャ?」
追いかけて来ていたゴブリンが首を傾げるのが見えた。……全く可愛くない。むしろ吐き気しか感じない。
だが奴らが首を傾げるのも当然だろう。木々を抜けたらそこは敵の本拠地だったのだ。僕なら回れ右して後ろに転進だ。逃げないだけ勇敢とまで言えた。
しかし悲しいかな。勇敢で間抜けなゴブリンの運命は決まっている。
周囲を何かが駆ける音に気を取られたゴブリンは部下の放った矢の餌食となった。止まってキョロキョロしているのだからいい的である。
『矢を放てぇ!』
部下に続く形で指揮官コボルトが命令を下した。命令に応じてコボルトの阻塞からありったけの矢が放たれる。
一つ一つの作りは悪く精度も最悪だが、ゴブリンを相手には十分だ。
放たれた矢が呆然と上を見上げるゴブリンたちに容赦なく突き刺さった。
ゴブリンたちの悲鳴を印に左右からより正確な矢が放たれた。ゴブリンの伸びきった隊列では突如逆転した形勢に的確な対応ができない。
『矢を放て』
そしてそれを目印に以下略。
かくして獣よろしく本能のままに突っ走ったゴブリンは矢の洗礼を受けることとなった。
『放てぇ!』
更に第三射。矢の在庫からにしなければ気がすまないのかよ。
だが、この執拗な第三射が決定打となった。
「ギギガキャ?」
「ギギャガ」
「ギャギャ!」
あまりに下品な言葉で会話されているために日本語訳する気が起きないが概要はこうだ。「逃げようぜ?」「殺されるぞ」「知ったことか」
『突撃ぃぃ!』
だが、悲しいかな。指揮官は客を帰らせない田舎のおばちゃん型のコボルトのようだ。
礼儀正しいことに定評がある僕も異論はない。
「突っ込めぇぇ」
部下に号令を下してから我先に経験値稼ぎの絶好の機会に駆けて行く。
魔術に頼るまでもない。コボルトによる誤射に気を付ければ背中を見せるゴブリンを倒すなんて朝飯前どころか寝る前5分の楽々エクササイズた。
後頭部にひたすら杖を叩き込み続ける。
ゴブリンリーダーを筆頭とする部下たちも気持ち良さそうに後ろから攻撃している。
どう見ても仲間割れしたゴブリンにしか見えない。絵面が酷いぞ。それより酷いのは実際仲間割れに近いことか。
まあ戦う理由なんて今は重要じゃない。
今重要なのはどれだけのゴブリンを殺すかだ。
感情を抑えて体を機械的に動かす。追いつき、足を払って頭を踏みつける。
僕たちを追い越したコボルトがゴブリンの背に剣を突き刺した。
ゴブリンが倒れる前に別のゴブリンへ向かう。逃げきれないと悟ったゴブリンは振り向いて迎え撃った。そこまではよかった。
棍棒を思い切り振りかぶり強烈な一撃を放った。が、棍棒は空を切る。
当然である。あれほど見えすいた攻撃に当たる方がおかしい。
見えすいた攻撃を当てるには圧倒的な筋力が不可欠だ。例えばあんな風に。
「ガァァァァアァァァァァ」
耳がおかしくなるようなウルズの咆哮と共に戦いは最終フェイズに移行した。
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