第62話悪夢を後に

 暗闇の中で僕は顔を隠したゴブリンと戦っていた。


 大気中の瘴気の支配権を奪い合う。ダメだ。瘴気への干渉能力に差はない。


 千日手になることを悟った僕は踏み込んで両手に握った杖をゴブリンの頭に振り下ろす。


 振り下ろした杖はゴブリンの頭に命中する寸前で防がれ、泳いだ僕の体にゴブリンは肩から突っ込んできた。


 無理な体勢で受け切ることはできない。即座に判断を下した僕は無様に床を転がった。


 反撃を警戒して後ろに下がったゴブリンに僕は細剣のように杖を構える。


 半身になった僕に今度はゴブリンの方が踏み込んで僕の杖に自分の杖を叩きつける。


 衝撃に耐えかねた僕の右手をものともせずゴブリンは更に一歩前へ。


 隠れているゴブリンの顔は暗い愉悦に笑み崩れていることだろう。僕はその気配を本能的に感じた。


 同じように僕の顔も歪んでいることも。


 僕が左手に隠し持つナイフを認めてようやくゴブリンは回避しようと後退を試みるが僕が進む方が速い。


 苦し紛れに放たれたゴブリンの打撃を肩で受け腹にナイフを突き刺す。


 反射的にゴブリンの体は硬直し直ぐに弛緩する。魂を失ったゴブリンの体が僕に寄りかかってきた。


 容赦なく跳ね除け床に横たえる。


 焦燥感に焼かれながら僕はナイフを握り直した。


 言語化もできない狂った衝動のまま僕はゴブリンのそばにしゃがみ込んだ。


 ゴブリンの心臓辺りに浅く刺し穴を開けて穴から心臓を抉り出す。

 

 心臓には毛が生えていた。


「あ、あ、ぁぁぁぁ」


 僕は思わずゴブリンの体を放り出しだ。


 地面に叩きつけられた衝撃でゴブリンの顔を隠す布が取れる。



 現れたのは僕の顔だった。


「うぁぁぁぁぁぁあ」


 叫んだまま僕は飛び起きた。不整脈だと言われても納得してしまう程に鼓動が速い。


 何が起こった。


「おい大丈夫か?」


 横にいたゴブリンリーダーが心配そうに僕の顔を覗きこんだ。


 僕はいつもの洞窟の一室にいた。


「あ、ああ大丈夫だ」


 反射的に大丈夫と返して僕は再び体を横たえた。冷たい岩が僕の思考を冷やしてくれる。


 そうでもしないと耐えられそうになかった。


 なんだ今の夢は。リアルでなんとも気色悪い。記憶にある限り最低な夢だ。


 自分を殺す夢なんて縁起も悪いし幸先も悪いし健康にも悪い。最悪だ。


「そうかよ。……それで会議じゃ何か決まったのか?」


「大枠は決まったな」


 段々と頭がはっきりしてくる。会議後に仮眠を取ろうとしたら悪夢を見ねしまったというわけだ。


 悪いことは起こる。例え夢の中でも……。どこぞの黄色い熊の言葉を思い出してしまった。


 黄色い熊の夢より数倍恐ろしいことが起きたんだし蜂蜜でも奢ってくれないかな。最近甘味食べてないし。今度探してみるか。


「族長、聞いてるのか?」


「悪い。聞いてなかった」


 僕の現実逃避をゴブリンリーダーは一瞬で吹き飛ばした。その勢いで敵も吹き飛ばして欲しい。


「なにか作戦は決まったのか?」


「釣り野伏せを採用した」


 ゴブリンリーダーの問いに僕は小声で返した。


「釣り野伏せ?だって?」


「ああ、そうだ」


「なんだそりゃ」


 あっけらかんと聞いてきたゴブリンリーダーに僕は再度声を抑えて説明を始める。


 釣り野伏せには緊密な、しかも的確な同意の形成が必要なのだ。


 頭を使えば気も紛れる。


「まず」


 僕は指を一本立てた。


「味方を三隊に分ける。左右の伏兵と中央部隊だ。中央部隊は敵に一当たりしてから味方が伏せている所まで逃げるフリをする。味方が伏せている所に着いたら反転して囲んで叩き潰す」


「ほぉ……で、うまくいくのか?」


 ゴブリンリーダーの問いに僕は顔を顰めざるを得なかった。


「かなり難しい。多分完璧にこなすのは無理だ」


「おい!」


 ゴブリンリーダーの驚きと呆れの入り混じった目で僕を見つめる。そんな目で見られてもどうしようもない。


 大体、包囲殲滅の成功例なんてそれこそ学生がなんとか学べる程度の数しかない。失敗例の方が多いのだ。


 指揮官がアホか兵の信頼が足りないかで中央部隊が本当に逃げ出したり、敵が追いかけて来なかったり地形の問題で上手く殲滅できなかったり。


 ただ、家を守るのだ。コボルトたちの士気は高いはず。指揮官の問題は士気で対処できるはずだ。敵も僕の挑発に乗るだろう。地形は問題ない。


 しかしながら数が違う。練度も低い。中央部隊待ち伏せしている場所に着くまでに中央部隊が突破される恐れすらある。


「甘く見積もっても成功率は4:6実際3:7くらいだろう」


「それで大丈夫なのか?」


 大声を出したゴブリンリーダーに声を抑えるようにゼスチャーする。部下に聞かれたい話ではない。


「大丈夫だ」


 今度は僕は強く肯定した。幸先も悪いし運も悪いが負ける気はしなかった。


 根拠のない勘だ。説明しろと言われても論理的な説明はできない。


 だが、


「ならいいか」


 果たしてゴブリンリーダーはあっけらかんと簡単に頷いた。


「いいのか?」


 説明しないくいいのか?この作戦で大丈夫なのか?


 複数の意味を含んだ問いにゴブリンリーダーはしっかりと頷いく。


「いいんだよ。言っただろ俺はあんたを信じるしあんたが許す限り俺はあんたに着いて行く」


 論理的でも合理的でもない感情の結晶に僕は黙って頷くことしかできなかった。


「ただよ、俺はそれで良いとして他の奴にはどう説明するんだ?」


 感情的でも現実は直視ししている。ある種理想的ですらあるその姿に僕は目を逸らした。


「そのためにお前にまず相談した」


「……今のって相談だったんだな」


 微妙な表情で溢すゴブリンリーダーに僕はようやくいつもの調子を取り戻した。


「気付かなかったのか?」


「誰が気づくかよ」


 ゴブリンリーダーは肩をすくめた。何か言う前に言葉を続ける。


「それで、俺に任せてくれるんだな」


「ある程度はな」


 僕の言葉を鼻で笑ってゴブリンリーダーは立ち上がった。


 やる気十分と言った風だ。


「よし、じゃあ任せとけ」

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