第52話こいつ話通じねえ

 背嚢をいくつも背負いながら、僕は極力足音を殺して走っていた。


 癖になってるんだ。音殺して歩くの。


 残念ながら僕は癖になっていないので、忍足はストレスが溜まる。


 どうして、いつもこうなんだ。


 せっかく良好な関係を築いた族長は倒され、行く宛もなくなったら今度は部下に裏切られる。


「はぁぁ、クソッ」


 月を眺めながら僕は小声で毒を吐いた。


 ままならないのが世の常と言えども、流石に僕だけ仕様が違くない?


 止めとばかりに……


 僕がゴブリンリーダーの方を向けば、苛立たしげに視線を逸らした。


 このタイミングでゴブリンリーダーと関係に問題が発生中。


 なに安っぽい週刊誌見たいな言い方。芸能人のカップル破局の見出しかよ。


「森の奥に向かっても大丈夫なのでしょうか」


「心配ない。森の奥を経由してゴブリンの集落の北に抜ける」


 不安げな部下にそう断言して返す。


 部下も不安がっていた。


 あまり良くない兆候だ。


 裏切られたことに腹は立つが、同時に理解もできる。


 敵前逃亡を図ったのは僕だ。非はこちらにあり、ゴリラゴブリンには裏切り者を殺すという大義名分がある。


 その上こちらの方が弱いときている。


 裏切られないためには強くあればいい。弱ければ裏切られるのだ。


 誰の言葉かは知らないが残酷な人間もいたものだ。

 

 くそ、考えたくないことがあるとどうも思考を脇にそらしてしまう。


 今本当に考えるべき問題はこれからどうするかだ。


 森の奥に逃げれば一時的に問題を解決することはできても根本的な問題解消には至らない。


 それに逃げるとなればさらに多くの脱走者が出ることは確実だ。


 逃げるわけにはいかない。じゃ、戦うか?


 どうやって?以前殺した鬼よりゴリラゴブリンは強い。


 勿論、こちらの戦力も上がってはいるだろうが、それでも一匹対全員で勝算はトントン。


 ゴリラゴブリンが部下を連れていることを考えると、なかなかどうして絶望的だ。


 ゴリラゴブリンが弱いことに期待して一戦挑むか……。そんな馬鹿げた考えを一瞬で否定する。


 死なないために戦うんだ。勝算が少ないなら挑まない方が賢い。本末転倒だ。


 ああ、くそ。いっそのこと人間どもが北の集落も滅ぼしてくれれば簡単なのに。


「クゥン」


 腹が減ったのか、情けない声を出す子狼の背を撫でた。


主の悩みも知らずに……気楽な奴め。


「ヒュンヒュンキューン!」


「あ、おい」


 突然暴れ出した子狼がヒュンヒュン言いながら僕の腕から飛び出す。


 ふわりと自然な体勢で地面に着地した子狼は岩に向けてまっしぐらに走り出した。


 あまりにも唐突な子狼の逃走に頭が真っ白になって立ち尽くす僕を尻目に、子狼は茂みに向けてキャンキャン言いながら尻尾を振っていた。


 訳もわからず硬直していた僕の耳に、茂みを掻き分けるガサガサという音がした。遅れて鼻も獣臭を知覚する。


 なにか、いる。


「グルルルル」


 岩の後ろから低い唸り声が響いた。


 獣、それも厄介な手合いに違いない、


「キュンヒューン」


「……会話している、だと?」


 答えるような子狼の声。狼の鳴き声に意思疎通の機能はないはずだけど。勘違いだったのか。


 手振りで部下に武器を取るように命じる。相変わらずゴブリンリーダーはふてたように目を合わさないが剣を抜いた。


 さらに茂みが鳴り、ぬっと茶色い鼻面が見えた。そして、所々ハゲた毛に、血走った目が見えた。


「コボルトっ!」


 部下が思わず呟いた言葉が、僕の初陣を思い出させた。


 そう言えば、コボルトなんぞと戦ったこともあったな。


「グルルルル」


 牙を剥いて猛るコボルトに部下が殺気立つ。というか考えるのをやめて、戦いに走ろうとする。


 単純だが他に選択肢がないのも確か。ゴブリンとコボルトに挟まれ、裏切り者が出て士気はどん底。


 全くもって我がゴブ生はいつも通り最高にクソッタレである。


 唇を吊り上げる。余裕を見せろ、部下には強い自分として接しなければならない。


「落チ着キタマエ、我ガ友ヨ」


 僕が号令をかける前に低く嗄れた呼びかけがコボルトの後ろから聞こえた。


 茂みからワンコそばよろしくコボルトが溢れてくる。


 ひい、ふう、みい……ちょっと多すぎじゃない⁈


 内心悲鳴を上げた僕に構わず、構ってきた方が怖いが、続々とコボルトが姿を見せた。


 なに?一匹買うとセットで付いてくるの?そんなにいらないんですけど。


 どこぞのピザ屋よりサービス精神旺盛なコボルトたちは合計7匹。内一匹が、多分声をかけてきた魔術師だ。


 ……これ、僕が応対しなきゃいけないんですよね。そうですよね知ってました。


「我々に声をかけたのは誰だ?」


 見たところゴブリンはいない。ゴブリン語を話せる存在なんて僕顔も見たくないんだけど。


 水面とか最悪。ゴブリンが写ってるんだぜ。あ、それ僕か。


「我輩ダトモ友ヨ」


 こんがらがった思考の糸を強引に紡ぐ。


 そろそろお前の友達じゃないと突っ込んでもいいだろうか。


「あー、どこの誰か聞いてもいいか?」


「勿論ダトモ我ガ友ヨ」


 我が意を得たりと頷くコボルト。


 なんでそんなに友を強調するんだよ。映画版のジャイアントかよ。


「我輩ハコボルトノ邪神崇拝者デモニストラダカーン、デアル」


 月夜を背景に堂々と名乗りを上げたその姿は古の邪悪な魔術師といった風采があったのだが、コボルトの声帯のせいか、なにぶん聞き取りにくい。


 邪神崇拝者から友達呼びかよ。ら、らだ、なんだっけ?


 ラダなんとかに親しまれる言われはないだけど。


 僕が使徒だからとかふざけたこと言わないよな。


 遠い目をしている僕を放っておいて、ゴブリンリーダーがラダなんとかに噛み付いた。


「デモニストだかなんだか知らないが、ゴブリンに何のようだ。コボルト」


 ラダなんとかの自己紹介をまるで無視してゴブリンリーダーは剣を握る手に力を込めた。


 言葉は通じないだろうが、剣呑な雰囲気を感じ、コボルトたちも一歩前に出た。


 ラダなんとかは、邪神崇拝者はケタケタと嗤うだけだ。


「何がおかしい」


 ゴブリンリーダーの低い恫喝にも、ラダなんとかは禍々しい嗤いを崩さない。

      

「ナンノ、信仰ノ前二種族ナド関係ナイ」


「信仰、だと?」


「ムロン、我ラガ栄光アル邪神ヘダトモ」


 ゴブリンリーダーに可哀想なものを見る目を向けるラガなんとか。


 本物の狂信者は神を信じないものを哀れむものだとか聞いたことがある。こんな形でそれを実証するのは本意じゃないけれど。


「それで、ラガ、ラガ……」


「ラダカーン」


「失礼、ラダカーン。何の用かな」


 名前を間違えた挙句に相手にもう一度言わせてしまった。


 ラダカーンが気分を害していないならいいものの、あり得ない失態である。自分への苛立ちに内心舌打ちした。


 でもまあ、しょうがないよね。ラダカーンのゴブリン語、そんなに上手くないし。


「我ガ用、我ガ用トナ。語ルベクモナイモノダ友ヨ」


 クックック、と含み笑いをしながらの言に僕はちょっと心配になる。


 こいつさっさと排除するべきだったか。


「我ガ用トハ、ムロン邪神ノ意ニ従イ世ニ混沌ヲ齎スコトデアル」


 ……………………あっ、こいつ話し通じねぇ。

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