第51話決裂
子狼を左手で抱えながら僕は洞窟へと歩いていた。
右手には冒険者から略奪した謎アイテムを抱え、背嚢を重ねて背負っている。
欲張りすぎた気もするけど仕方ないじゃない。ゴブリンなんだもの。
「腕が疲れる……」
ただ、これかなりも重い。
子狼の呑気な顔を眺めながら僕は愚痴を溢した。
……というか文字通りの意味で自立してくれませんかね。あなたも割と重いんですけど。
なに?とばかりに小首を傾げる子狼の頭を人差し指で軽く突く。
ま、いいんだけど。
「ステータス」
——————————————-
種族:ゴブリン呪術師
位階 :族長
状態:通常
Lv :12/40
HP : 186/190
MP :98/201
攻撃力:65
防御力:58
魔法力:77
素早さ:56
魔素量:D
特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv4][仲間を呼ぶ][指示:Lv2][瘴気付与Lv2]
耐性スキル:[毒耐性Lv1]
通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2][無属性魔術Lv1]呪術Lv1]
[水属性魔術Lv1]
称号スキル:[邪神の使徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ][
————————————
ついにMPが200に乗った!
魔法の矢で8発分か。僕も強くなっ……てないか。ないな。
多分数時間前に戦った駆け出しっぽい魔術師とステータスならどっこいどっこいだと思う。
それで勝てたのは……魔術の才能とか?
冷たい風が吹き、世界が僕に現実を諭した。
うん、数と経験か。
知ってるし。現実とか超知ってる。知りすぎてゴブペディア作り始める勢い。誰も使わんな。
下らない考えを小石とともに蹴り飛ばし、ゴブリンリーダーに話しかけた。
「お前は森から出たことはあるか?」
「森から……ないな。ただ、渡りの奴から外は草ばっかりだって聞いたことがあるぞ」
ゴブリンリーダーのまるで自分たちは渡りでないような言い方に僕は皮肉気に唇をつりあげた。
「なるほど。ついには私たちも渡りとして草原に出るわけだ」
沈みゆく太陽が輝きを失い始める。
猛きゴブリンもついにはなんとやら。まして雑魚ゴブリンなんざ最初から滅びているようなものだ。
冷たい風の中、ゴブリンリーダーがポツリと溢した。
「そんなことねぇだろ」
「は?」
「俺たちは渡りじゃなくて立派な群れの一員ってことだよ」
突然強木々の間からさした陽光に子狼が驚いたように飛び上がった。
照れたように顔を逸らせたゴブリンリーダーに僕はゆっくりと顔を微笑みに染める。
徹頭徹尾は美徳だが、やれやれ。
ようやく洞窟に帰着した僕はゆっくりと腰を下ろした。
「見回りに行ってきます」
近寄ってきた斥候がそう進言した。
「ご苦労。頼んだ」
短く答えて、直属の一人に斥候と同行するように合図。
僕の直属と、ゴブリンリーダーの部下の一人を連れた斥候が洞窟を出るのを見ながら、軽く肩を回す。
血液が流れ始める心地よい感覚でやっと僕は人心地ついた。
にしても斥候のやつは勤勉だ。超過労働気味ですらある。昇給なしで管理職扱いにして残業代を節約しようかな。……どこのブラック企業だよ。
部下を働かせながら僕は壁に寄りかかりながら腰を下ろした。
部下たちも思い思い寛いでいるようだった。
「見張りの順番はどうする?」
伸びをしていたゴブリンリーダーが聞いてきた。
「斥候が帰ってきたら決める」
「そのほうがいいか」
軽く頷いたゴブリンリーダーがゴロリと寝っ転がった。
僕も習って寝っ転がる。冷たい岩の地面が殺し合いで火照った体を心地よく冷やした。
初めてまともに人間を殺した。すれ違いざまに攻撃するのではなく面と向かってだ。
罪悪感はあまり湧かなかったが、それでも知的生物との戦闘は純粋に肝が冷えた。
知恵比べで負けたら僕に勝ち目はない。
僕のそばでしばらくうろついていた子狼は、洞窟の奥へと向かい、腰を下ろした。
そのまま前足を組んで顎を乗せる。
図太い奴だな。
僕ならそんなことできないと思うんだけど。
「なあ、これからどうするんだ?」
ゴブリンリーダーが視線を彷徨わせながら聞いてきた。
「計画に変更はない」
素っ気なく答えた僕にゴブリンリーダーが背中を起こして向き直った。
その顔には少なくない焦りがある。
珍しい表情に僕は思わず顔をしかめた。
「今森を出てどうなる?森の外側には人間が溢れてるんだぞ⁈」
「森を出ることを提案したのはお前じゃないか」
「ああそうだ。でも最初に考えた時は人間の戦士がこの辺りにこんなにいるとは思ってなかった!」
ゴブリンリーダーの押し殺した声はまだ彼が理性を保っている証拠だ。
そう自分に言い聞かせ僕は理性を保つ。今後の計画でゴブリンリーダーとぶつかってるなんて部下に聞かれたら士気はどん底だ。
「それでもだ。他にマシなプランがあるか。森の奥に行くのか?それこそ自殺行為だ」
渋面を作った僕に、ゴブリンリーダーがもどかし気に頭を掻いた。
「ウルズ様と合流するのはどうだ?」
伺うようなゴブリンリーダーの視線に生暖かい洞窟の中で僕の心が一瞬冷えた。
「それが本音か?」
怒りのままに僕は低い声を出していた。
「どういう意味だ?」
「あのゴリラに擦り寄ろうとするのか?」
僕の鋭い視線にゴブリンリーダーが不本意そうに顔を歪めてから、立ち上がった。
僕も立ち上がる。
「俺が裏切ると⁈」
自分がなにを考えていたか知って僕の内心は嫌悪と焦りに包まれる。
言い過ぎた。
ただ、ここで退くことはできなかった。
「そうは考えたくないものだ」
表情に怒りを張り付け、僕は歯を食いしばる。
部下たちが心配そうに眺めていた。
森神官がいれば……。僕はそんなありえないIFを想像してしまった。
お互いの引っ込みがつかなくなるなんて、そんな馬鹿げた事態に陥らなかっただろう。
しかし、現実、ストッパーはいない。
「俺がいなければあんたはいない」
「それはどうかな」
しかも悪いことに部下の目があった。ゴブリンの社会で部下に弱いところを見せるわけにもいかない。
そしていくら尊重していても、部下の増長を許すことはできない。
「なんだと?だいたいあんたはいつもそうだ。なんでも一人で決めちまう」
ミシリ、と心のどこか生まれた直後から抑えていた理不尽への怒りの堤防にヒビが入った気がした。
唇をひき結んでいるゴブリンリーダーを前に、僕は最後の理性を酷使するが、止められない。
「僕がなんでも決めてきたって?ふざけるなよ。僕になにを選べた。誰かの決定を押し付けられてそれでも生きられるように努力したんだ。だいたいお前が僕に決定を求めたんだろ」
決壊した感情の波が徐々に凍りついていく、ゴブリンリーダーの刺された表情を見ても心は晴れなかった。
数秒睨み合う。重苦しい沈黙が辺りを包んだ。
誰かが不用意な行動をしたらすぐに崩壊する空間を切り裂いたのは——洞窟に飛び込んできた部下の金切り声だった。
「裏切った。あの
見れば確かにゴブリンリーダーの部下がいない。
これは、まずい。
「なにがあったってんだよ?」
大声を張り上げたゴブリンリーダーに部下が怒鳴り返す。
焦燥の炎に焼かれた顔は明らかに冷静ではなかった。
「ウルズの所へ行くように誘われました。もう一人は迷ってるところをバッサリ」
裏切ったか。なぜ?
そんなことり今は対策を練らなければ。くそどうする?
僕は極力ゴブリンリーダーの方を向かないように注意しながら手早く命令した。
「すぐに出発する。2分で準備を整えろ」
斥候一人が相手ならなんの問題もないが、ウルズには勝てない。
急がなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます