第37話マッド

「単刀直入に申し上げます。制作の技能を持つ人材を都合していただきたい」


 鋭く息を吸ってから僕は半ば挑むような口調で言葉を叩きつけた。


「……構わんぞ」


「ですが、現状我々の職務はより……は?今何とおっしゃいました?」


「構わないと言ったんだ」


 族長の顔にはなんの表情も浮かんでいない。実験台でも部下でもなくただ一個の存在を見つめている。


 構わない、か。思ったより遥かに簡単に承諾された僕は肩透かしを食らったような気分だった。

 

「は、はあ、ご高配感謝いたします」


 なんとか頭を下げた僕はボロボロになってきた靴を眺めながら心中で首を捻っていた。


 技術者の貸し出しなんてそう簡単に行くものではないと思ったんだけどな。


「奴らは外で待たせている。連れて行っていい」


「はっ」


「待て」


 部屋を出ようとした僕の背中に声がかかる。


 振り返れば、族長の手には魔術師の持つようなワンドが握られていた。


 問題は……。


「お前にくれてやろう」


「よろしいのですか」


 それがどう見ても最下級の魔法しか使えないゴブリン呪術師シャーマンの持つものではないことだった。


 端的に言えば、立派すぎるのだ。


「そう言っているだろう」

 

 族長は立ち上がって僕に杖を押しつけてくる。


「では、ありがとうございます」


 それを両手で恭しく受け取ると族長は僅かに満足そうに目を細めた。


「お前の働きは見事だった。これは働いた分だけ褒賞をやることにしている。それに則ればお前にはその杖をやらなければなくなる」


 そこまで言われれば、もう断る方が失礼だ。


 もう一度頭を下げ、僕は部屋を辞した。


 興奮冷めやらぬ心持で冷えた廊下を渡り、案内された部屋には5匹のゴブリンがいた。


 族長はかなり僕を買っているようだ。


 席を立った彼らに座るように促し、僕も席に着く。


「君たちが族長のおっしゃっていた技術者だな」


 僕の確認に慣れた風に技術者たちが頷いた。


 族長の口ぶりからして技術者と言っても大したことはできないのだろうが、いるだけマシだ。


「早速で悪いが君たちの中で一番熟達しているのは誰だ?」


 4匹の視線が1匹に集まった。視線が集まったことを確認してから1匹が名乗り出る。


「なるほど、出来れば自己紹介をしてくれるか」


 立ち上がったゴブリンは嗄れた声で話し始めた。よく見れば所々生えた髪は白く、力ない。


 ただ目だけは危険な輝きを宿している。


「ワシはラーツ。サルバトの群れに入る前は渡りだった。バラボス様についてきたゴブリンの一人じゃ。人をたくさん殺す武器を作るのが特技かのう」


 初対面でのいきなりのカミングアウトに僕は目を丸くした。


 いや、カミングアウトではないのか。そもそも隠していないのだ。


 周りを盗み見れば案内のゴブリンすら平然とした表情を崩していない。ゴブリンでは普通のことらしい。


「そうか。私に名前はない。好きなように呼ぶといい」


 そう言うとラーツは大袈裟に驚いた表情を作る。


「なんじゃと!貴方ほどの方が名無しじゃと。これはこれは……」


 先程から乱暴に打ち鳴らされた警鐘が強く反応する。


 こいつは、不味い。近づかない方がいいと全力で叫んでいた。


「ともかく、よろしく頼む」


「いえいえ、こちらこそ」


 僕の差し出した右手は老いたネズミのような体に似合わない万力で強く強く握り締められた。


 薄く笑うラーツの顔はゴブリンにふさわしく、醜い。


 たっぷり10秒は握手してから、お互いに椅子に戻った。


「早速で悪いが斧とスコップをそれぞれ1ダース用意して欲しい」


「はて、すこっぷとな」


 首を傾げるな可愛くない!僕は心の底からの絶叫を喉に押しとどめる。


 どう説明したものか悩んでいた僕の視界に、使用人の姿が見えた。


 折りよくメスゴブリンの持ってきた水を指に取り、木のテーブルにスコップを描く。


 素材剥き出しな木のテーブルは素直に水を吸ってスコップを映し出した。


「こんな奴だ。この平面部分は金属製の方がいいな」


「なるほど、なるほどこれの用途は……」

 

 目をギラつかせてスコップの絵を眺めるラーツに若干引きつつ僕は説明を加えた。


「穴を掘るための物だ。それから武器としても使えるな」


「ほうほうほう。いや、それは実に、実に素晴らしいぃ」


 こいつ、マッドか⁈


 武器として使えると言う言葉に目をさらに輝かせるラーツに若干の恐怖すら覚えるが、ここで逃げるわけにはいかない。

 

 どんなマッドだろうと族長が手配した技師を蹴っていいことなど何一つないのだから。


「ああ、後は……切り出した木を杭に加工してほしい」


 ラーツは僕の言葉など聞こえなかったかのように、目をギラつかせて席を立ち、ブツブツと一人で呟いている。


 見かねたのか、代わりに一匹が手を挙げて答えてくれた。


「了解しました。斧の方は在庫があるのでお渡しできます」


 案内すると立ち上がったゴブリンはラーツのことなど見ていない。


「あれをこのまま放置してもいいのか?」


「良くはないでしょうが、出来ることなどないので」


 諦めたような感情を押し殺した声に、上司に振り回される部下の図を見てとった。擦れた苦笑を浮かべる技師に思わず同情してしまう。



「大変だな」


「ええ、まあ」


 途中で部下たちや森神官たち合流しつつ、斧を置いてあると言う倉庫に向かった。


 所々血の乾いた跡のある集落は生々しい事実を僕に突きつけた。


 お前が、これをあの地獄のような場所を作ったのだと。


 あの凄惨な跡を、焼け爛れたゴブリンの死体を見て僕は一人で吐いたのだ。


 ゴブリンの焼ける匂いをいい匂いだと思った自分がたまらなく恐ろしかった。


「こちらです」


 案内してくれたゴブリンの言葉に僕ははっと我に返った。


 頑丈そうな建物に見張りが二匹立っていた。


 珍しく丁寧にあつらえられた扉を開き、中に入れば様々な武器が保管されている。


「これは……」


「斧はこちらに保管されています」


 案内人が指し示した棚には大小様々な詰め込まれ、それでも溢れた分が壁に吊るされていた。


「斧は何に使うのですか?」


「木を切りたいと思っている」


「この辺りの木を切るなら厚みがある方がいいですね」


 案内人は二段目の棚を指差した。


 この辺り……か。


「君は渡だったのか」


 僕の質問未満の独り言に案内人は表情を変えずに頷いた。


「ええ、ラーツに拾われてそれ以来方々で鍛治を学んでいました」


 ああ、と僕の気のない返事を聞き流し、鍵のかかっていた棚を開ける。


 金臭い部屋の中で一際無骨な斧が姿を現した。


 部下に運ぶよう命じた僕を眺めていた案内人に森神官が突然切り出した。


「木を切るのなら鋸と鉈もあったほうがいあのではないですか?」


「……そうですね。忘れていました、すいません」


 この野郎、わざと教えなかった。絶対。


 取ってつけたように謝る案内人に僕は心の中で盛大に罵声を飛ばした。


 別の棚に移動しようと案内人が背を向けた隙に、


「かなりの曲者かと」


 と森神官が耳打ちした。


 小さく頷いて同意を示し、さりげなく部下に警戒するように合図を出す。


 倉庫の中には僕とゴブリンリーダーと森神官に僕の直属の部下4人がいるし、外には森神官とゴブリンリーダーそれぞれの部下が控えている。


 この状況でおかしな真似をするとは思えないが、こいつは元はサルバトの配下、そしてマッドの直属だ。警戒して損はない。


「鉈と言ったら。この辺りでしょう」


 そんな空気に気づいたのか気づかないのか、案内人は平然とした表情で鉈を見せる。


「よろしければ、これで終わりにしてラーツを迎えに行きたいのですが」


「ああ、ご協力感謝する」


 会釈した僕に返礼し案内人はスタスタと歩き去った行った。


 またしても肩透かしを食らった。


 僕の心が汚れすぎて他人の行動の裏にも悪意を錯覚したのかな。


 日頃の行いを反省しつつ、部下たちに運び出すように命じ、僕も両手に鉈を持った。


 さあ、大工仕事と洒落込もうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る