第28話戦いのゆくえは
僕は族長の館に向けて黙々と歩を進めていた。
部下のキルスコアを含めると、倒した敵の数は20を超えている。この辺にいた敵はあらたか片付けたはずだ。
「なあ、お前」
……下手なナンパかよ。
「おい、待てよ」
「うるさいな」
声の方向に剣を向けた僕にそのゴブリンは慌てて後ずさった。
見覚えのある顔だ。多分だが、この集落のゴブリンだろう。
それ以上の情報は持ち合わせていない。部下はいるようだが、きっと覚えるに値するゴブリンではないのだろう。
そう考えると自然に対応も雑になる。
「なんだ?」
剣を下ろして僕は問いかけた。
「なんだって、お前な……。お前たちも族長の所に行くんだろ?」
「そうだとしたら」
「俺たちと一緒に行かないかってこと」
僕は出来るだけ急いで思索し、快諾することにした。
「わかった。私たちはこのまま真っ直ぐ向かうつもりだ。それで問題ないな?」
「もちろん」
人柱、ゴブ柱の増加は素直に歓迎すべきことだ。特にこの状況では少しでも安全性を高める必要がある。
そもそも敵である可能性はあるが……
「お先にどうぞ」
「悪いね」
僕の勧めに従い、ゴブリンは素直に前に出た。一番警戒していたすれ違いも無事に済んだし、裏切られても問題ない、と思う。
そもそも、味方がいきなり敵になるから裏切りなのだ。元から敵だと思っておけば、裏切りはただの戦闘の勃発を意味する。予定調和に過ぎないのだ。
例えば、先ほどのゴブリンたちのリーダー縮めてゴブリンリーダーに、その死角から襲いかかっているゴブリンのように。
て、おい。
「
無意識で放った魔法はその威力を遺憾なく発揮した。
トマトのように真っ赤な花を咲かせた敵兵の頭にゴブリンリーダーは完全に怯えている。
結構なスプラッタな光景に冷静な表情を崩していない実は僕も内心ビビっている。
槍ゴブリンには命中しなかったからここまで威力が高いとは思わなかった。
へっ、きたねえ花火だ。
「びっくりした……お前魔法が使えたのか」
「びっくりしたじゃなくてビビったの間違えだろう」
「なんだと⁈」
完全に僕の魔法について忘れているゴブリンリーダーに手で前進を勧めた。
時間的制約、つまり僕たちがたどり着くまでに族長が負けていたら終わりだということを理解しているのか、舌打ちしただけでゴブリンリーダーは追及を諦めた。
しかし、その前に……
「ステータス」
と小声で唱えた。
—————————————————-
種族:ゴブリン
位階 :部隊長
状態:通常
Lv :2/40
HP : 171/180
MP :110/172
攻撃力:51
防御力:49
魔法力:52
素早さ:47
魔素量:D
特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv4][仲間を呼ぶ][指示:Lv2][瘴気付与Lv1]
耐性スキル:[毒耐性Lv1]
通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2][無属性魔術Lv1][呪術Lv1]
称号スキル:[邪神の教徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ]
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
単純計算であと5回魔法の矢を放てる魔力があるわけだけど、瘴気を付与するための魔力も残しておきたい。
魔法の矢はあと3回くらいにしておくのが無難だろう。
散発的に襲撃を加える敵と戦って北端から族長の館がある中心に向かっているうちになぜか22匹ほどの大所帯となっていた。
意味がわからないけど、それ自体は構わないのだ。館に近づくごとに大きくなっていく戦闘音を鑑みれば大所帯であること、肉壁が増えることは歓迎する。
それとなく集団の中央に入った僕は内心の恐怖が悟られないように注意しながら進んでいる。
いや、進んでいた。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン。
重苦しい足音が、僕の鼓膜を叩く。
ジュラシックな公園の映画を観ていた時は足音が聞こえたならさっさと逃げろよ。とか思っていたが、すまない。動けないよな。こういう時。
家々の隙間からぬっとその巨体が現れた。
3メートルはある身長に、その辺の大樹に匹敵する太さを持つ腕、脂肪がついていながらも、その後ろにある筋肉が僕たちを威圧している。
ゴブリン、だと思う。もし、もしゴブリンの集落と戦っていなかったら僕は奴をこう表現しただろう。
鬼、と。
その長い角と手に握られた刺々しい金棒はまさに鬼と表現するべきものだった。
「ガァァァァァァァァァ」
僕たちが何もできないでいる間に鬼は金棒を振るう。
恐ろしい速度で振るわれた金棒は一瞬で3匹のゴブリンを赤いシミにした。
僕を邪魔する奴は全員殺す。
そう殺意と決意を固めたはいいものの、世の中精神論でまかり通るほど甘くない。
米海軍のハリネズミのように機銃を装備した空母に自爆突撃をかましても意味はほとんどない。
つまり、何が言いたいか、
やっぱり逃げてもいいですかね⁈
「散開!奴を囲めぇ!」
全力で出したはずの僕の声は驚くほど頼りなかった。
しかし、ゴブリンたちは命令に従い鬼をジリジリと囲み出す。
が、
「ゴォォォォォォォォォォォォオォォ」
凄まじい密度の息を吐いき、足を伸ばす。
瞬時に彼我の距離を食い尽くし、金棒を二振り。先ほどの攻撃を含めるとごく短時間で5人の部隊が丸々一つ潰された。
何というか、逃げたい。とても逃げたい。なぜだか狙われている気がするのでものすごく逃げたい。
ようやく包囲を完了したゴブリンたちに突撃の命令を下す。
「いくら強くても完全包囲には対応できまい。囲んで殺せぇ!」
脚本というのがわかっているゴブリンリーダーが悪役のような命令を出した。やられ役っぽいのが玉に
僕もなり振りかまわず突撃した。
「ガァァァァァァァァァ」
地面を撫でるように振るわれた金棒が僕の所に到達する前に限界まで瘴気を限界まで付与した文字通り全力の一撃を放つ。
僕の攻撃は狙い違わず脇に刺さった。
苦悶の声を上げる鬼はそれでも金棒を振るう。
「馬鹿力がっ!」
僕は咄嗟に隣のゴブリンを盾にして身を守ったが盾にしたゴブリンは内臓が潰れた時特有の嫌な音を立ててスプラッタな肉塊と化した。
この攻撃で良かったことは1点。
僕を中心とした部隊長級のゴブリンたちがそこそこの傷を与えられたこと。
悪かったことは2点。
まず、部隊長級を含む、7名ほどのゴブリンたちが行動不能になったこと。
そして、鬼の傷が回復しつつあること。回復速度こそ遅いが厄介だ。
睨み合っている鬼1匹対ゴブリン10匹。
時間の経過は不利になることを悟った僕は僕の部下を含めた数少ない遠距離攻撃の可能なゴブリンたちに攻撃の命令を出した。
幸い、後衛は5匹ほどいる。これで充分だろう。
拾っておいた弓矢が今役に立つとはね。死蔵していた戦利品を背中から下ろして矢をつがえる。
これでもアーチェリーを嗜んだこともある。
突貫してきた鬼にゴブリンリーダーが率いる前衛部隊が応戦する。
回避を徹底された前衛部隊は少しでも多くの傷を刻むために果敢に戦っているが、単純に身体能力が違いすぎる。
次々と前衛は金棒の餌食になっていた。
そんななか、柔らかい目に照準を定めた僕は後衛部隊に命令を下す。
「撃て!」
単純な命令だが弓を引いている時に長々と喋ることはできないのでご容赦願いたい。
僕が放った矢は……目には当たらなかったものの、鬼の左鼻に突き刺さる。
2本ほど弾かれたものの、他の術師が放った魔法の矢を含め他の矢は命中した。
「キィォィィ、ガァァァァァァァァァ」
鬼の悲鳴はすぐさま怒りの咆哮に変わり、鬼の肌が血ではない赤に染まっていく。
「
今度こそ悠長に吠えている目に命中した魔法の矢は、目の周りを削った。
それでも立っている鬼にもう一度放つ。
「
後衛の第二射と重なった魔法の矢を受けても、鬼はまだよろよろと歩み寄ってくる。
僕は剣を抜いて大きく振りかぶり、鬼のアキレス腱を切り裂いた。
思わず膝をついた鬼……ただの大きなゴブリンに死を宣告する様に剣を掲げてから、全力の一撃を持ってゴブリンの首を切り飛ばした。
お前はただのゴブリンだ。そしてゴブリンに僕は負けない。
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