第21話毒味

 階下の騒がしい声を聞いて僕は渋々目を開いた。


「うるさい…」


 草を纏めて動物の皮で包んだ粗末なベットからゆっくりと立ち上がった。


 僕は基本的に寛大だが安眠を妨害するのは戦争ものの悪行だ。殴られるより腹が立つまである。


 眠い目を擦りながら梯子を降りる。


「うるさい。お前ら」


 ギガギガうるさい部下たちを黙らせながら、武装し始めた。あまりの眠さに昨日は放置していたが、貴重品は二階に置いておくべきだな。


 こいつらに盗む度胸があるとは思えないが念には念を入れて。


「もう、行く、ですか?」


 部下の辿々しい言葉に頷いて答える。さっさとレベルを上げたいし集落に居るのはリスクが高い。


 集落居心地悪いし。


 族長の狩りに付いて行くよりは不安だが部下たち肉壁の試運転に族長を引っ張り出すことは出来ないだろう。


 完全武装となった僕は部下たちの装備を確認する。


 どうやら昨日手に入れた棍棒をそのまま使う気らしい奴が三人と尖った木の棒を持ったのが二人、石を腰の袋に入れているのが一人。


 どう見ても雑魚だけどまあいいか。


 強烈な既視感、具体的にはRPGでモブ敵に遭遇した時の記憶を刺激され心の中でちょっと泣いた。


 雑魚の王道を進んでいる。って雑魚に王道があってたまるか。


「行くぞ」


 涙を飲み込んで乱雑に声を掛けて率先して歩き出す。


 族長と狩りをしている間は付けなかったが、この人数にこの戦力だとやはり不安だ。



 あれを付ける必要がある……付けるの?マジで?と囁く自分を無視して薬草の群生地に足を向けた。ヨモギっぽいから勝手にそう呼んでいるだけなんだけど。


 そう。薬草といえばこれだけ実験台がいるのだ。ようやく色々とやりたいことがやれる。


 無理やり自分を奮い立たせて、僕は集落を離れた。







    ☆





「これを、付ける?」


「聞こえなかったのか?」


 甲高い声に若干顔をしかめながら頷く。


 黙り込んだ部下たちの顔を睨みつけて言った。


「付けろ。二度と言わせるな」


 露骨に嫌そうな顔をした部下たちが互いに視線を遣り合ってから諦めたように僕の真似をして全身にその、刺激的な臭いの液体を塗り付けた。


 おっと。


「待てお前だけは塗るな」


 全員の顔が希望に輝いた。

 

 そんなに嫌なのかよ。いいじゃんミントっぽくて。僕も嫌だけどさ。


「お前だ。木の棒を持った」


 変に期待を持たせたからなのか、一匹のゴブリンを除いてガックリと膝をつきそうなほど沈んでいる。


 嬉しそうに顔を綻ばせている一匹に向かって心の中でそっと手を合わせる。


 一番危ないのはお前だ。


 意気消沈している部下たちを出来るだけ意識から外して僕は一路北に向かう。


 出来れば今回はコボルトを狩りたい。


 茂みから飛び出して来た蛇の頭を踏んで抑えながら胴体に剣を叩きつける。


 ワームより若干強いくらいだな。


 田舎に住んでいた頃に三軒隣の幽霊屋敷が潰れた時のことを思い出した。


 こんな風にゴキブリだのが撒き散らされて本当に……。


 やめよう。嫌なことは忘れるに限る。


 八つ当たりついでに動かなくなった蛇を強く握りしめた。


「食うか?」


 棍棒を持ったゴブリンの一匹に蛇を差し出す。


 首を振って拒否した部下にもう一度差し出す。


「食え。毒はない」


 多分ね。


 ゴブリンにパワハラなんて概念は存在しないので諦めて部下は蛇を口に運ぶ。


 鱗を避けるためかあまり見ていて気持ちのいい食べ方ではなかったが毒味なのだ。仕方ないと割り切った。


 他の五匹のゴブリンも歩みを止めてジッと眺めていた。


 一口目でゴブリンは目を見張り、飲み込む時間すら惜しいかのようにもう一口食べた、

 当然美味い。さらに頬張る。


「美味いか?」


 ようやく僕の存在を思い出したゴブリンが蛇を口に入れたまま頷く。


「そうか」


 2、3時間様子を見て問題がなさそうなら次からは僕が食べよう。


 これでようやく生肉だけの生活から脱出できるかもしれない。蛇肉も肉だけど。


 そう考えると俄然やる気になるのが人というもの。


「次は……あれにするか」


 少し先にある木に歩み寄った。


 紫に近い赤色の木の実をもいで部下の一匹に差し出す。


「食べてみろ」


 期待に顔を輝かせながら果実を口に含む。実にうまそうに咀嚼しているところを見ると多分食べられるのだろう。


 ……羨ましい。ちょっと、ほんのちょっと小指の爪の先ぐらい羨んでしまった。


 次は僕が食べようかな。


「次はあの黄色い木の実をーー」


 僕が言い終わらないうちに部下の一匹、先ほど木の実を食べたゴブリンが痙攣し始める。


 即座にゴブリンの体を押さえ込んで口に手を突っ込んだ。


 ゲエゲエと嫌なことを立てながらゴブリンが嘔吐した。


 ちょっと掛かった。


 どことなく街で酔っ払いが吐いた後を踏んだ時の虚無感を思い出した。


  毒を食べたら吐き出せばいいという単純な考えだったが、それに間違えはなかったらしい。


 ゴブリンは苦し気に咳き込んでいるものの痙攣は治っている。


 あの木の実はハズレか。美味しそうだったのにな……


 部下たちが怯えた目で僕を見つめていた。


 誤解してほしくないのだが僕は小鬼ゴブリンだけれども悪魔じゃない。


 手を出したら不味そうなキノコの類は避けたし、明らかに毒がありそうな木の実も避けた。


「悪いな」


「……いいえ」


 背をさすりながら謝るがこれは絶対に深く怒っているやつ。


 まあそうだよな。こんなことされたら僕でも怒るわ。


「私の不注意だった。すまない」


 返答を待たずに立ち上がった。遅れて部下も立ち上がる。


 他の部下たちはやはり怯えている。


 背中には気をつけよう。背中の傷は剣士の恥だし、言うまでもないけど、僕は刺されたら多分死ぬ。


 族長とかなら多分、死なないかな。


「よし」

 

 仕切り直すように僕は言った。


「コボルトを狩りに行こう」

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