第20話バトルロワイアル下
木影に身を潜めながら1匹のゴブリンが歩いていた。表情からは恐怖を感じるが、瞳の奥には確かな期待があった。
勝てばきっと強くなれる。強くなれればきっと欲しい物を全部奪える。
悍しい笑みを浮かべながらもそのゴブリンは慎重に動いている。
同世代の中で自分は特別に強い方じゃない。弱く醜いゴブリンは幸いなことにそれだけは承知していた。
だから影に潜んでいるのだ。勝つ方法がそれしかないと知っているから。
しかしーー残念ながら森の端で芋ってもらっては困るので僕はそのゴブリンの潜んでいるキツツキの巣のような木の凹みに僕の拳ほどの石を投げつけた。
飛び出したゴブリンが戦闘範囲に戻るまで全力で投げ続ける。
多分当たってはいない筈だ。ハンガー○ーム的に行けば設置してある火炎放射器的なやつか、せめて魔法でやりたかったがないので仕方ない。僕は魔法を使えないし、僕に手を貸してくれるゴブリンなんざいないからな。
言っておくが、これはいじめでも変な俺ルールでもなくバトルロワイヤルでありがちなエリア制限を手動でしているだけである。セーフゾーンと言えばわかりやすいかもしれない。
どうでもいいけど、バトルロワイヤルでセーフゾーンに入れずに死んだ時ってものすごく虚しくなる。一人でカラオケに行ってふと、僕は何をやってるんだろうと我に帰った時のレベル。超どうでもいい。
手の上で占い師の露店にありそうな水晶を転がした。
これなるアイテムの名は遠見の水晶。遠くを見られるという名前の通りの効果がある。
族長に貸してもらった道具だが、結構役に立っている。
よし、いいだろう。
水晶をスクロールしながら他のゴブリンを探す。言っていなかったな。僕は理不尽だ。
☆
そのゴブリンは荒い息を吐きながらも怯えるように周囲を見回した。
なんで?どうして?そんな言葉が脳を埋め尽くしかけたが周囲から聞こえる怒号が一瞬で思考を打ち消した。
まずい。早く隠れなければ。でも本当に隠れてもいいのか?わからない。わからない。
目についた石を拾ってキョロキョロと周囲を窺う。よし、周りには何もいない。
「ギギガャャャ!」
背中に強い衝撃が走りそのゴブリンはなす術もなく前に倒れた。
振り返ればいつの間に現れたのか。今にも木の実を投げつけんとするゴブリンがいた。勝利の芽は失われた限りなく薄い。
☆
「おー、だいぶ削れてきたな」
日暮れまであと僅かだ。
だと言うのにまだ8匹ほど残っていた。勝利条件は日暮れに元の場所に集まること。6匹なるまでにはあと2匹削る必要がある。
さて、慎重に立ち回っているゴブリンたちもここからは戦わなければならない。
☆
ゴブリンは冷たい息を押し殺していた。初めて殺した同族の血はまだその体から流れ落ちていない。
バラバラになりそうな思考を必死に纏める。
粗悪な棍棒に尖った石が二つ。背部と顔面に小さな負傷あり。
まあまあいい方じゃないのだろうか。
ゴブリンはそう思うことにした。
日暮れは近い。早く行きすぎれば広場の近くに潜んでいるだろう輩の攻撃を受けるだろう。
しかし、遅すぎれば意味がなくなる。
ダメだ。ゴブリンはその矮躯に似合わない大きな頭を抱える。そもそも考えるのは苦手なのだ。
ため息をついて、よしと結論にならない結論ーーすなわち取り敢えず近づいてみることに決める。
登っていた木からスルスルと降りて最初よりずっと静かに森を歩く。
居た。茂みに隠れるているゴブリンが一匹。
いけるか。出来る限り静かにかつ迅速に背後に近づいて棍棒を振り上げーーまずい!咄嗟に身を投げ出すとついさっきまでゴブリンの胴があった場所を鋭い木の槍が貫いていた。
ゴブリンは浮かんで来た嫌な想像を打ち消す。
一体に長く時間はかけられない。
無言の睨み合いは自分から破り捨てた。
「ガカギャ!」
怒声を上げて突き出された槍に棍棒を叩きつけ距離を詰める。
「ギグギャ(死ね!)」
「グギャ!」
罵声と共に放たれた適当な蹴りが股間に当たり、無理な体制を維持できなくなったゴブリンは咄嗟に相手の槍を掴み相手ごと地面に倒れた。
「グギャャャ」
「ギギガャャャ」
相手の槍を持つ右手を左手で押さえ、自分にのし掛かったくる相手の顔を手当たり次第に殴りつける。
相手が怯んだ隙に鋭い石を取り出した。
流石に石で殴られては堪らないと思ったのか石を持つゴブリンの右手を左手で押さえた。
「ギギギ••••••」
相手の槍の先が徐々に自分の頭の方に動いているのを感知した。
その槍の鋭さと相手の、敵の悍しい嘲笑に慌てて左手にさらなる力を込める。
それでもまだ足りない。
「ギガャャ!」
恐怖によってガムシャラに動かした足が運良く敵の急所に当たったのか、敵の拘束が一瞬緩む。
その一瞬を見逃さずゴブリンは大きく転がってマウントポディションを奪い取った。
と同時に左耳に灼熱が走る。
見るまでもない。敵の持っていた槍が顔を掠めたのだろう。
痛い。痛い痛い。でも今を逃せば次はない。
「グギャャャ!」
全力を振り絞って敵の手を振り払い、鋭い石をこめかみに振り下ろした。
「ギャャ!」
甲高い悲鳴を上げる敵に構わず何度も振り下ろす。
ゴブリンが手を止めたのは悲鳴が聞こえなくなってから少し経った後だった。
よろめくように立ち上がって広場を目指して歩き始めた。まだ間に合う筈だ。
☆、
「おめでとう諸君」
パンパンと軽く手を叩いて勝者たちを祝った。
いやはや、結構血が流れていたが二十人中十三人は生き残っている。上々な結果だろう。
「この勝利が諸君にとってかけがいのないものとなることを祈ろう」
ゴブリンたちは何の反応も示さない。疲れ果てていて反応できないのか、僕が嫌いだから反応しないのか。
多分どっちもだと思う。まあいい。好かれる上司になろうとは思っていない。
「さて、諸君らの疲れはわかる。詳しい話しはまた明日にしよう」
それから、と僕は続けた。
「諸君らに朗報がある。これから諸君には我が家の一室を貸そう。そこで寝泊りするといい」
ようやく、ゴブリンたちの目に光が灯った。
あの場所の酷さは思うに現代日本に住んでいた僕が一番知っている。
よし、好かれる上司にはならなくていいが嫌われない程度にはやろう。
目標は好きじゃないけど対抗馬も好きじゃないからマシなあの人にする。と選ばれる人間だ。
「では諸君。移動を開始しよう」
そう言って僕は歩き出した。
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