第6章 9 混在する過去と今
「あの集落は・・・焼き払われていたんだ・・・。」
オスカーはまるで血を吐くように言った。
「えっ?!そ、それではあの方たちは・・・?」
私の脳裏に出迎えてくれた2人の青年や足の怪我の治療をしてくれた神官の姿が浮かんだ。
「ああ・・・。でもあいつらは皆強い。恐らくはどこかに逃げ延びて生きていると思う。絶対いつか会えると信じている。だが・・他の連中は・・。あいつらほど強くはない。」
「・・・。」
私は黙ってオスカーの話を聞いていた。
「まだあの集落は煙がくすぶっていたんだ。焼き払われてさほど時間も経過していなかった。だから俺は仲間がまだその辺りにいるのではないかと思って探していたところ・・・。」
そこでオスカーは一度言葉を切ると言った。
「王級直属の兵士達がまだあの集落に残っていたんだ。あいつらは・・・俺を見て襲ってきて・・・必死で応戦したが、あっちは10人近くいたからな・・。たった1人で立ち向かうのは無謀だった。俺は捕まり・・・父の前に引きずり出されたんだ。」
「国王陛下の前に・・・。」
「父は俺を見ると言った。あの集落で一体何をしようとしていたのかを。勿論そんな事口が裂けても言うはずないがな。それだけじゃない。父は・・・アイリス、お前を城に連れてこいと・・・・言ったんだ。」
「!」
「もちろん・・・俺は断固として拒んだ・・。すると父は俺を地下牢へ閉じ込めたんだ。」
「そ、そんな・・・。」
「そこで俺は・・・精神的拷問を受けた・・。」
「精神的・・拷問・・?一体それは・・・?」
「ウィンザード家には魔術師が多く使えていて・・彼らが魔術を駆使して幻覚を見せるんだ。相手を苦しめるための幻覚を・・・。そこで俺は・・・!」
オスカーは私の左手を強く握りしめると言った。
「幻覚の中で・・・アイリス。お前は酷い目に遭っていた。鞭で打たれたり、水の中に顔を沈められたり・・だが、中でも一番堪えがたい幻覚があったんだ・・・。」
オスカーは私の瞳をじっと見つめた。
「耐え難い・・・・幻覚・・?」
「ああ・・・。俺はお前に酷い暴力をふるい、牢屋に閉じ込めた。そしてお前の罪をでっちあげ、裁判にかけて・・お前を流刑島へ・・その間にも何度も何度も俺はお前に暴力をふるって痛めつけていたんだ・・・。」
オスカーは声を震わせながら私の手を握る力を強めた。
「!」
その話を聞いて私は衝撃を受けた。今の話は・・まぎれもなく過去にあった事実だ。タイムリープする70年前の出来事を・・・魔術師によって幻覚として見せられた?そんな馬鹿な・・・っ!
「あれは・・・とても幻覚とは思えなかった・・・。お前を殴りつけるあの生々しい感触・・俺は幻覚の中でお前に暴力をふるいながら・・心の中であざ笑っていた・・!」
そしてオスカーは突然起き上がると、私を強く抱きしめると言った。
「アイリス・・・俺は自分が恐ろしくてたまらない・・・。以前までの俺ならたとえ人格が入れかわっても、その時の自分の記憶を引き継ぐことが出来ていたのに・・・最近はそれが出来なくなってきた。別人格の自分が何をしていたのか分からないんだ。もし・・また人格が入れかわったら?その時・・狂暴化した俺が・・お前を幻覚で見たとおりに傷つけてしまうのではないかと思うと・・・怖くてたまらない。本来ならこんな危険な俺からお前を引き離すべきなのだろうが・・・父はお前を狙っている。俺は・・・父からお前を守りたいんだ・・・っ!」
オスカーは震えながら、私を強く抱きしめたている。
「オスカー様・・・。」
この時になって私は初めてオスカーに同情した。ひょっとすると・・・70年前も同じ状況だったのかもしれない。あの時の私はなすすべもなく島流しにされ、イリヤ家は悲劇をたどったけれども、今回は違う。だって私にとっては2度目の人生なのだから。私はもう同じ過ちは繰り返さない。その為には・・・まず目の前のオスカーを助ける事なのだ。
私はそっとオスカーの背中に手を回すと言った。
「オスカー様・・・私は仮とは言え、婚約者です。なので2人でこの先どうすればいのかを考えましょう。1人では無理かもしれないけれど・・・2人で知恵を出し合えば解決の糸口が見えてくるかもしれません。」
「アイリス・・・お前・・・俺の傍にいて・・・くれるのか・・?」
オスカーは私に尋ねてくる。
「はい、私からは・・・離れません。約束します。」
そう・・・オスカーが私から離れていくことはあるかもしれないけれど、私からは・・・決して離れない。
「ア・・アイリス・・・。」
オスカーはいつまでも肩を震わせ、私を抱きしめていた―。
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