第5章 5 緊迫した馬車の中
タバサが馬車に乗り込んでからは、先程よりも馬車の車内がより一層、重苦しい雰囲気に包まれてしまっていた。しかし、当の本人はその事に気付いているのか、いないのか・・先程から一方的にオスカーに向って話続けている。
「オスカー様。さすが王族の方の乗る馬車は乗り心地が最高ですね。揺れはほとんどないし、隙間風は全く入ってこないし・・・ああ・・本当に夢のような時間ですわ。まさか憧れのオスカー様と同じ馬車に・・しかも私の隣の席に座っているのですから・・。」
タバサは必死でオスカーに熱い視線を送りつつ話しかけているのだが、オスカーの対応はそっけないものだった。
「ああ」「うん」
先程からこれくらいしか返事を返していない。しかも徐々に眉間に青筋が立ってきているのが私の座っている場所からも良く見える。
・・・これ以上タバサが余計な事を話し続ければ、今にオスカーの堪忍袋の緒が切れてしまいそうだ。早くアカデミーに着かないだろうか・・・。
私が何気なく窓の外を眺めた時、ふいに向かい側に座っていたオスカーが声を掛けてきた。
「アイリス。」
「はい、何でしょう?」
「帰りも送ろう。この馬車に乗ると良い。」
どうしよう・・・今日のオスカーは信用してよいオスカーかどうか今の状況では判断が付かない。一瞬返事に迷っていると、突然タバサが会話に入って来た。
「オスカー様。私も帰り一緒に乗せて頂けないでしょうか?」
するとオスカーはジロリとタバサを睨み付けた。
「俺はアイリスを誘っているのだ。本来、俺は大勢で馬車に乗るのは好まない。今・・この瞬間でもな。」
オスカーはレイフとタバサを睨み付けるように言う。するとタバサはとんでもないことを言ってきた。
「それならば私だけ乗せて頂けませんか?馬車が壊れてしまったので帰りまでに直っているかどうか分からないので。お願いします。オスカー様。」
「そうですね。それが良いかと私も思います。私とアイリスは私の馬車で送りますよ。」
何とレイフまでもが口を挟んでくる。
「お前たち・・・。」
オスカーは鋭い視線でタバサとレイフを睨み付けると言った。
「そうだ、なら良い事を思いついた。レイフ、お前がタバサを馬車に乗せろ。そして俺がアイリスを馬車に乗せて連れて帰る。いいな?アイリス。」
オスカーは何故かレイフとタバサにではなく、私に言って来る。そして3人は強い視線で私をじっと見つめている。
・・どうして私が一人で馬車に乗って帰るという選択肢は与えられないのだろう?
しかし、私はオスカーに確認したい事がある。
「分りました。オスカー様・・・帰りも乗せて頂けますか?」
「・・・・。」
その途端、隣に座っているレイフから非難めいた視線が向けられるのを感じた。それどころかタバサまで鋭い視線を浴びせて来る。非難の目を向けるのは出来れば私にではなく、オスカーに向けて貰いたいのに・・・・。
そして私は馬車がアカデミーに着くまでの間、息を潜める用意馬車に乗る羽目になるのだった―。
「オスカー様、到着致しました。」
御者台を降りた御者が馬車のドアを開けると言った。
やっと・・・着いてくれた・・・。あの後馬車に乗っている時間は恐らく10分ほどだったのだろうが、針の筵状態のは私には永遠に長く続く時間の様に感じられ、苦痛以外の何物でも無かった。
一番真っ先に馬車から降りたオスカーは私に向かって右手を差し出して来た。
「降りるぞ。」
一瞬躊躇していると、タバサが私をまるで押しのけるかのようにオスカーの右手を取ると言った。
「ありがとうございます、オスカー様。」
そしてニッコリと笑う。
「!お、お前という女は・・っ!」
しかしここがアカデミーと言う事もあってか、オスカーはそこで言葉を飲み来みタバサに言った。
「ほら、早く降りろ。」
「はい。」
タバサが降りた瞬間を見計らい、私は反対側の馬車のドアを開けてさっさと一人で降りてしまった。
「おい、アイリス。お前1人で降りるなよ。」
レイフがぼやきながら後ろから降りて来る。
「あら、どうして?」
するとレイフが言った。
「別に・・・。」
その時、馬車の反対側にいたオスカーが怒りの形相で私の方に向かって歩いて来た。そして左腕を掴まれる。
「アイリス!勝手に1人で降りるなっ!男に恥をかかせる気か?!」
恥・・・。私には毛頭そんなつもりは無かった。どうやら私は未だに70年前の記憶に振り回されているようだ。流刑島で死を迎えるまで生活していたあの苦難の日々を・・・。1人で何もかもするのが当然の暮らしだったので誰かに頼るという概念が大分欠落していたのかもしれない。
「申し訳ございませんでした・・・。」
素直に謝るとオスカーの態度が少し和らいだ。
「いや・・分かればいいんだ。それでは教室へ行くぞ。」
私はそのままオスカーに腕をつかまれ、校舎へと連れて行かれる。
そして後ろを振り向いた私の目には恨めしそうな目でこちらを見つめるタバサとレイフの姿が映っていた―。
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