第5章 4 飛び出してきた人物は

「キャアッ!」


突然急停車した馬車で車体が大きく揺れ、私は座席から危うく転げ落ちそうになった。


「危ないっ!」


そこを抱きとめたのがレイフだった。


「あ、ありがとう。レイフ・・・。」


レイフを見上げて礼を言うと、彼はフッと笑った。


「おい!貴様・・・危ないだろうっ?!なんて走らせ方をするのだっ!」


オスカーが御者に向って怒鳴りつける。


「も、申し訳ございません。オスカー王子。実は急に人が路地から飛び出してきて・・・。」


オスカーに怒鳴られた御者の男性は気の毒なくらいビクビクしながら頭を下げている。


「人が飛び出してきただと?一体どこのどいつだ。この馬車の紋章が目に入らないのか・・?」


私たちが乗っている馬車には王家の紋章が描かれている。馬車から窓の外をながめてみると、いつの間にか『リオス』の都市を抜け、アカデミーのある『リーベルタース』へと入っていた。


その時、馬車のドアがコンコンとノックされた。


「申し訳ございません。ここを開けて頂けないでしょうか?私…タバサ・オルフェンです。」


え?タバサ・・・?一体何故急に彼女が・・?


オスカーは溜息をつくと、ガチャリと馬車のドアを開けた。するとそこには息を切らせ、アカデミーの制服を着たタバサが立っていた。そしてオスカーを見上げると言う。


「申し訳ございません・・私もこちらの馬車に一緒に乗せて頂いてもよろしいでしょうか?」


オスカーの鋭い視線にひるむことなく、タバサはじっとオスカーの目をそらさずに見つめている。


「お前・・自分が乗ってきた馬車はどうしたのだ?」


「それが・・・乗ってきた馬車の車輪が突然外れてしまって動けくなってしまったのです。今朝は聖歌隊の合唱の練習があり、早めにアカデミーに行かなければならないので、困り果てていたところ・・・オスカー様の乗った馬車を偶然目にして・・・。」


「それで乗せてもらおうと思い、強引に馬車の前へ飛び出したのか?」


「はい、そうです。」


タバサは私とレイフの事などまるで眼中にないかの如く、オスカーだけを見つめて話をしている。するとオスカーは言った。


「お前が馬車の前へ飛び出したせいで、俺たちの乗っていた馬車は急停車したのだぞ?アイリスは危うく座席から落ちそうになるし・・・運が悪ければこの馬車は倒れていたかもしれないのだぞ?そんなことは考えなかったのか?!」


最後は強い語尾でオスカーはタバサに言った。


「も、申し訳ございませんでした・・・。そこまでの考えには至りませんでした。」


タバサはオロオロした様子で、今にも泣きそうになっている。するとそれを見兼ねたのか、レイフが口を挟んできた。


「オスカー様、もう良いではありませんか・・・。彼女は本当に急いでいるのでしょう。聖歌隊の合唱の練習は厳しく、遅刻厳禁とも言われておりますし・・・遅刻させてしまっては気の毒です。」


「レイフ様・・・。」


タバサは潤んだ瞳でこの時初めてレイフを見た。するとオスカーは何故か私を見ると言った。


「アイリス。お前はこの女のせいで危うく座席から転げ落ちそうになったが・・・・どうする?乗せてやるか?」


「ええ、遅刻してしまってはお気の毒ですから。」


私はタバサの方を向いて言うが、何故か私を見つめるタバサの目には・・・敵意が込められているように見えた。


「・・分かった。乗れ。」


オスカーの言葉にタバサは笑顔になると車に乗り込み、オスカーの隣の席に座る。

御者は馬車の扉を閉め、御者台に乗ると私達に声を掛けてきた。


「それでは出発致します。」


そしてピシッと鞭をふるう音が聞こえ、再び馬車はガラガラと走り出した―。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る