第1章 10 アイリスの過去 3

「アイリス・・・目が覚めたのか?具合はもういのか?」


言いながらレイフは私の右手をとり、もう片方の手で私の額に触れてきた。


「え、ええ。もう大丈夫よ。心配してくれてありがとう。」


レイフに感謝の言葉を述べたが、内心レイフの今私に取っている態度は正直迷惑でしか無かった。

ここは学院であり、そして白衣の女性が私達の様子を見守っている。私がアイリス・イリヤであり、オスカー王子の婚約者であることは学院関係者なら誰もが知っている。

そんな状況の中、レイフのこの態度は周囲の人間を誤解させるだけだった。恐らく世間はこの様子を見ても、責められるのは私だけ、婚約者がいるくせに男を誘惑する悪女だと囁かれるだけに決まっている。幾ら私が公爵令嬢と高い身分であろうとも、この世界はまだまだ男尊女卑の厳しい時代なのだから—。


 そんな私の考えを知ってか知らずか、レイフの話は続く。



「それにしても今朝は驚きの連続だったよ。朝お前を迎えに屋敷に行ってみれば、もうオスカー王子の馬車に乗ってアカデミーへ向かったと聞いたんだからな。アイリス・・・お前、王子の事をあれ程避けていたじゃないか?それなのに何故王子がよこした馬車に乗ったりしたんだ?王子とあの狭い馬車の中でずっと一緒だったんだろう?だから気分が悪くなって、あんな所で倒れてしまったんじゃないか?それにしてもやはり噂通りの酷い男だったんだな。オスカー王子は・・・。倒れてしまったアイリスを放っておいて自分一人で入学式へ向かったんだからな。」


ぺらぺらと自分勝手に話し続けるレイフを私は半ばあきれ顔で見つめていた。しかも出て来る言葉はどれもオスカー王子を責め立てるような言葉ばかり・・・。この会話の内容がオスカー王子の耳に入ったら一体どうするつもりなのだろう。


そろそろこの辺でレイフの口を封じておかなければ・・・。


「ねえ、レイフ。心配してくれているのはありがたいけれども、これ以上オスカー様の事を憶測で悪く言うのはやめてくれる?」


私はレイフの顔を真っすぐ見つめながら言った。するとその瞬間、レイフの身体が固まった。


「お、おい・・・アイリス。お前・・今何て言ったんだ?」


レイフは声を震わせながら私を見た。


「もう一度言えばいいのかしら?これ以上オスカー様の事を憶測で悪く言うのはやめてくれる?って言ったのよ。」


「う・・嘘だろう?!本気で言ってるのか・・・?」


私の言葉にレイフは大袈裟な素振でグラリと身体を傾けた。


「ええ。本気よレイフ。」


答えながら私は70年前のあの日の事を思い出していた―。



 あの日、私はオスカー王子が迎えによこした馬車には乗らずに父が用意してくれた馬車に乗るつもりでいた。しかし馬車の用意をして貰っている最中にレイフが迎えにやって来たのだった。

当時の私は気持ちこそ伝えなかったが、幼馴染のレイフに密かな恋心を抱いていた。約束もしていないのにレイフが迎えに来てくれたことが嬉しくてたまらなかった私は後の事を考えず、この馬車に乗り込んでしまった。

2人で乗った馬車の中・・・今ではどんな話をしたのかも覚えていないが、その後に起こった出来事は鮮明に今も思い出す事が出来る。


 馬車がアカデミーの門に近付いてきた時、私は異様な光景を目にした。門の前にはオスカーが腕組みして立っていたのだ。そして彼の制服にはあちこちに血が飛散っていた―。


 オスカーは婚約者である私が自分のよこした馬車に乗らずに別の男の馬車に乗ってやって来た事に激怒し、激しく罵るだけ罵るとさっさと立ち去って行ってしまった。


でも・・・今にして思えばオスカーが私に辛くあたるようになったのはこの事がきっかけだったのかもしれない―。







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